婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス

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第110話 マスキュラーの諜報活動 昔の知り合い

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マスキュラーは、王都の裏路地を黙々と歩いていた。

 街は夕暮れを過ぎ、薄明かりの中で灯火がともる時刻。だが、彼の行く先には華やかな店や宿屋の明かりはなかった。彼が目指すのは、商人と兵士、冒険者と盗賊が混じる“中層街”のはずれ――正規の地図に載っていない“貴族の裏仕入れルート”と噂される一帯だった。

 「……さて、久々に“昔の知り合い”にでも会ってみるか」

 自嘲するように呟いて、マスキュラーは厚い扉をノックした。三度の打音――すると、中から錆びた鎖が外され、鋭い目の男が顔を覗かせる。

 「……おいおい、まさかお前、生きてたとはな。てっきり、ダンジョンで野垂れ死んだかと」

 「死ぬには惜しい命でな」

 軽口を交わしつつ、マスキュラーは扉をくぐった。中は“情報屋”というには薄汚れていたが、帳簿と地図が並ぶ机があり、壁には短剣と麻袋がぶら下がっていた。

 「頼みがある。紅の仮面ってやつの話を聞きたい。最近、王都で勧誘や取引してるって聞いた」

 「お前……命が惜しくないのか?」

 「惜しくても、仲間はもっと惜しい」

 言い切るマスキュラーの瞳に、男は少しだけ目を細める。

 「……つい最近、“紅の仮面”の使いが王都の貴族街で目撃された。見たってやつは舌を抜かれて路地に捨てられてたがな」

 「貴族街……」

 マスキュラーは考える。あの場所は、衛兵が厳重に巡回し、一般人では近づくことすら難しい。それなのに、そんな場所で紅の仮面が動いているとしたら――

 「それだけじゃないぜ。どうやら貴族の中に、紅の仮面と通じてるやつがいる。名は伏せられてたが、“王城に自由に出入りしてる大物”らしい」

 「……マジか」

 マスキュラーの額に、にわかに汗が滲んだ。冗談ではない。城に出入りする貴族といえば、政務官、親衛隊長、もしくは王族に近しい血筋の者だ。

 「そいつは“取り引き”をしてる。“魔術の禁書”や“古代の遺物”を、紅の仮面に横流ししてるらしい」

 「証拠はあるのか?」

 「ない。だが、二週間前に『城の地下倉庫から禁書が消えた』って噂が兵士たちの間で流れた。表沙汰にはなってねぇがな。火消し役が動いたって話だ」

 マスキュラーは無言で顎に手を当てた。裏社会の繋がりを活用することで、この男から得られる情報は信頼性が高い。それに、マスキュラー自身にも思い当たる節があった。

 ――ダンジョン任務で遭遇した、異常に強力な魔術の罠。あれは、通常の冒険者では扱えないレベルだった。

 「……ありがとな。助かった」

 「忠告しとく。深入りすんな。“紅の仮面”は、ただの陰謀団じゃねぇ。“何か”を解き放とうとしてる。あれは……国を滅ぼしかねん」

 背筋に冷たいものが走るのを感じながら、マスキュラーはうなずいた。

 店を出た後、彼は貴族街の外れ――供応館と呼ばれる高級料理屋の裏通りに身を潜めた。ここは、上級貴族や城の役人が密会に使う“目立たない抜け道”がある場所だ。

 ――来るかどうか、賭けだ。

 だが待つこと一刻、暗闇の中に、黒い馬車が滑るように現れた。紋章を布で隠した馬車が、裏通りに停まる。そして降りてきた男は、間違いなく上級貴族の衣を身に纏い、その顔には――紅の仮面があった。

 「……やっぱり、本当に繋がってやがった」

 息を呑んだマスキュラーは、物陰に身を沈め、細心の注意を払いながら観察を続けた。仮面の貴族は、周囲を見渡しながら建物の奥へと消えていく。その手には、長方形の黒い箱――古びた魔術書か、あるいは遺物か。

 「チクショウ……。仲間にも、すぐ知らせなきゃならねぇ」

 マスキュラーはその場を離れ、静かに拳を握りしめた。

 ――エリーゼ、お前が言ってた“地下魔術会合”と、オレの掴んだこの情報。繋がってる。しかも想像以上に、でかい話だ。

 走りながら、彼は思う。

 この国の中枢にまで染み込んでいる闇。“紅の仮面”は、ただの組織じゃない。権力と欲望、そして世界を揺るがす何かと手を組んでいる。

 だが、だからこそ――

 「止めてみせる。オレたちで」

 かつて仲間に裏切られ、無力感の中で這い上がったマスキュラーは、今度こそ仲間を守ると心に誓っていた。
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