119 / 179
閑 話 シャルル、エリーゼよ、そこまでオレ様のことが──愛され過ぎるのも罪なのか
しおりを挟む
リグレットという名のこの街は、いかにも下品だった。
石畳は割れ、通りには吐瀉物と血の匂いが混じって漂い、昼間から酔い潰れた傭兵が路地裏に転がっている。街を歩く女は目つきが鋭く、男は腰の刃に手を添えて警戒を隠さない。
だが、オレ様・シャルル=レインハルトにかかれば、こんな腐った街も舞台に早変わりだ。かつて王都の中心で栄華を誇り、貴族の令嬢どもがうっとりとその金の髪を仰ぎ見ていたこのオレ様が、今この場に降り立ったのだからな。
そして何よりも──エリーゼが、ここにいた。
「剣聖、だと?」
リグレットの宿屋のロビーで部下の報告を受けたとき、オレ様は思わず笑いそうになった。
“スプレーマム”などという妙な名前の冒険者パーティー。その一員として、聖教国マケドニアを揺るがす魔族の襲撃を退け、王都を解放し、ついには『剣聖』などと持て囃されているという。
「へぇ……やるじゃないか。オレ様の目に狂いはなかったってことだな」
オレ様は立ち上がり、宿の窓辺へと歩く。薄暗い空の下、リグレットの街並みが黒く沈んでいた。
あの女が、エリーゼが、剣聖になった。
剣聖だぞ? 大陸でもそうそういない、あの肩書きを。かつてオレ様の婚約者だった女が、あの桃髪の侯爵令嬢がだ。
だがオレ様は知っている。なぜ彼女がそこまでになったのか──理由は一つしかあるまい。
「オレ様に、愛されたいがためにだ」
そう、あの女はいつだって必死だった。王宮で訓練を重ね、男どもに混じって稽古を受け、時には血を吐くほど剣を振っていた。貴族令嬢にも関わらず周囲の冷笑に晒されても、屈することなく、ただひたすらに剣を磨いていた。
すべては、オレ様に選ばれた『特別』であり続けるため。
愚かだが、実に可愛らしい発想ではないか。
「オレ様のために剣を極めるとはな……ふふっ、あいつらしいよ」
剣聖。妻が剣聖とは。悪くない。いや、むしろ完璧だ。
民草どもは英雄譚が大好きだ。剣聖エリーゼと王子シャルルの結婚など、詩人がよだれを垂らして飛びつくだろう。そして父上──あの老獪な王ですら、さすがに再考せざるを得なくなるはずだ。
『剣聖を妻に迎えるとなれば、王子としての立場を再考すべきでは?』
そう囁く者が、いずれ必ず現れる。王宮にうごめく連中など、その程度の節操でできている。
エリーゼを連れ戻し、民衆の喝采とともに王都へ凱旋する。あの金の王冠を、再びこのオレ様の頭に戴くのだ。
「これで、オレ様の人生は返り咲いた」
言いながら、オレ様は窓辺に片肘をつき、夜風に揺れる金の髪をなでつけた。
彼女はきっと、喜ぶに違いない。
オレ様が直々に会いに行ってやるのだ。あの頃のように、胸に薔薇でも挿して現れてやれば、きっと目を潤ませて飛び込んでくる。
『シャルル様……お会いしたかった!』
そんな甘い声を上げて、剣など放り出してすり寄ってくるだろう。
オレ様の隣に立ち、王妃として、いや『剣聖王妃』として国を支えてくれるに違いない。
──なあ、エリーゼ。お前は、そういう女だったじゃないか。
誇り高く、真っ直ぐで、不器用で、どこまでも愚直で。
そのすべてを、オレ様は気に入っていた。
……それを、忘れたわけじゃない。
「なあ、キリエム」
背後に控えていた忠義の騎士に、オレ様はふと問いかける。
「あいつは、ほんとうに……オレ様のことを、忘れてなどいないよな?」
キリエムは一瞬の間を置いて、静かに首を振った。
「エリーゼ様がシャルル殿下を忘れることなど、あり得ません。剣を極める中でも、殿下の存在はきっと、常に心の内にあったはず」
「だよな。まったく……可愛い女だ」
オレ様は満足げに微笑み、椅子に深く座り直した。
剣聖と王子。完璧な取り合わせだ。もはや誰も、オレ様の価値を疑うことなどできまい。失ったはずの王位も、民の信頼も、すべて──この手に戻ってくる。
「さあ、会いに行ってやるか。オレ様のために剣を磨き続けた、可憐な剣聖にな」
夜のリグレットに、ふわりとオレ様の笑みが浮かぶ。
その笑みの裏に、ほんの僅かに残る不安を、オレ様自身もまだ──知らなかった。
石畳は割れ、通りには吐瀉物と血の匂いが混じって漂い、昼間から酔い潰れた傭兵が路地裏に転がっている。街を歩く女は目つきが鋭く、男は腰の刃に手を添えて警戒を隠さない。
だが、オレ様・シャルル=レインハルトにかかれば、こんな腐った街も舞台に早変わりだ。かつて王都の中心で栄華を誇り、貴族の令嬢どもがうっとりとその金の髪を仰ぎ見ていたこのオレ様が、今この場に降り立ったのだからな。
そして何よりも──エリーゼが、ここにいた。
「剣聖、だと?」
リグレットの宿屋のロビーで部下の報告を受けたとき、オレ様は思わず笑いそうになった。
“スプレーマム”などという妙な名前の冒険者パーティー。その一員として、聖教国マケドニアを揺るがす魔族の襲撃を退け、王都を解放し、ついには『剣聖』などと持て囃されているという。
「へぇ……やるじゃないか。オレ様の目に狂いはなかったってことだな」
オレ様は立ち上がり、宿の窓辺へと歩く。薄暗い空の下、リグレットの街並みが黒く沈んでいた。
あの女が、エリーゼが、剣聖になった。
剣聖だぞ? 大陸でもそうそういない、あの肩書きを。かつてオレ様の婚約者だった女が、あの桃髪の侯爵令嬢がだ。
だがオレ様は知っている。なぜ彼女がそこまでになったのか──理由は一つしかあるまい。
「オレ様に、愛されたいがためにだ」
そう、あの女はいつだって必死だった。王宮で訓練を重ね、男どもに混じって稽古を受け、時には血を吐くほど剣を振っていた。貴族令嬢にも関わらず周囲の冷笑に晒されても、屈することなく、ただひたすらに剣を磨いていた。
すべては、オレ様に選ばれた『特別』であり続けるため。
愚かだが、実に可愛らしい発想ではないか。
「オレ様のために剣を極めるとはな……ふふっ、あいつらしいよ」
剣聖。妻が剣聖とは。悪くない。いや、むしろ完璧だ。
民草どもは英雄譚が大好きだ。剣聖エリーゼと王子シャルルの結婚など、詩人がよだれを垂らして飛びつくだろう。そして父上──あの老獪な王ですら、さすがに再考せざるを得なくなるはずだ。
『剣聖を妻に迎えるとなれば、王子としての立場を再考すべきでは?』
そう囁く者が、いずれ必ず現れる。王宮にうごめく連中など、その程度の節操でできている。
エリーゼを連れ戻し、民衆の喝采とともに王都へ凱旋する。あの金の王冠を、再びこのオレ様の頭に戴くのだ。
「これで、オレ様の人生は返り咲いた」
言いながら、オレ様は窓辺に片肘をつき、夜風に揺れる金の髪をなでつけた。
彼女はきっと、喜ぶに違いない。
オレ様が直々に会いに行ってやるのだ。あの頃のように、胸に薔薇でも挿して現れてやれば、きっと目を潤ませて飛び込んでくる。
『シャルル様……お会いしたかった!』
そんな甘い声を上げて、剣など放り出してすり寄ってくるだろう。
オレ様の隣に立ち、王妃として、いや『剣聖王妃』として国を支えてくれるに違いない。
──なあ、エリーゼ。お前は、そういう女だったじゃないか。
誇り高く、真っ直ぐで、不器用で、どこまでも愚直で。
そのすべてを、オレ様は気に入っていた。
……それを、忘れたわけじゃない。
「なあ、キリエム」
背後に控えていた忠義の騎士に、オレ様はふと問いかける。
「あいつは、ほんとうに……オレ様のことを、忘れてなどいないよな?」
キリエムは一瞬の間を置いて、静かに首を振った。
「エリーゼ様がシャルル殿下を忘れることなど、あり得ません。剣を極める中でも、殿下の存在はきっと、常に心の内にあったはず」
「だよな。まったく……可愛い女だ」
オレ様は満足げに微笑み、椅子に深く座り直した。
剣聖と王子。完璧な取り合わせだ。もはや誰も、オレ様の価値を疑うことなどできまい。失ったはずの王位も、民の信頼も、すべて──この手に戻ってくる。
「さあ、会いに行ってやるか。オレ様のために剣を磨き続けた、可憐な剣聖にな」
夜のリグレットに、ふわりとオレ様の笑みが浮かぶ。
その笑みの裏に、ほんの僅かに残る不安を、オレ様自身もまだ──知らなかった。
4
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
妹が聖女に選ばれました。姉が闇魔法使いだと周囲に知られない方が良いと思って家を出たのに、何故か王子様が追いかけて来ます。
向原 行人
ファンタジー
私、アルマには二つ下の可愛い妹がいます。
幼い頃から要領の良い妹は聖女に選ばれ、王子様と婚約したので……私は遠く離れた地で、大好きな魔法の研究に専念したいと思います。
最近は異空間へ自由に物を出し入れしたり、部分的に時間を戻したり出来るようになったんです!
勿論、この魔法の効果は街の皆さんにも活用を……いえ、無限に収納出来るので、安い時に小麦を買っていただけで、先見の明とかはありませんし、怪我をされた箇所の時間を戻しただけなので、治癒魔法とは違います。
だから私は聖女ではなくて、妹が……って、どうして王子様がこの地に来ているんですかっ!?
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
婚約破棄で追放されて、幸せな日々を過ごす。……え? 私が世界に一人しか居ない水の聖女? あ、今更泣きつかれても、知りませんけど?
向原 行人
ファンタジー
第三王子が趣味で行っている冒険のパーティに所属するマッパー兼食事係の私、アニエスは突然パーティを追放されてしまった。
というのも、新しい食事係の少女をスカウトしたそうで、水魔法しか使えない私とは違い、複数の魔法が使えるのだとか。
私も、好きでもない王子から勝手に婚約者呼ばわりされていたし、追放されたのはありがたいかも。
だけど私が唯一使える水魔法が、実は「飲むと数時間の間、能力を倍増する」効果が得られる神水だったらしく、その効果を失った王子のパーティは、一気に転落していく。
戻ってきて欲しいって言われても、既にモフモフ妖狐や、新しい仲間たちと幸せな日々を過ごしてますから。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる