婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス

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第124話 ルシアからみたエリーゼ姉さま 一つだけ、聞いてもいい?

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硝子の天井越しに見える月が、やけに明るく感じられた。

 夜咲きの花々が、静かに揺れている。淡い光の下、白薔薇の蕾にそっと触れながら、ルシアは胸の奥に漂うざわめきを感じていた。

 温室の扉が閉まり、足音が遠ざかってから、しばらく――。

 もう一人の訪問者が、ゆっくりと近づいてくる気配がした。

 エリーゼ=アルセリア。兄が連れてきた、どこか不思議な雰囲気を持つ剣士の少女。

 初めて会った時から、ずっと気になっていた。いや、警戒していたと言った方が近いのかもしれない。

 彼女のことをよく知らなかった。ただ、兄が信頼し、並んで歩く姿に、これまで見たことのない“自然さ”があった。あれほど奔放で、他人に心を預けることを嫌う兄が、彼女には肩の力を抜いて接していたのだ。

 気づいていた。けれど、認めるには勇気が要った。

 エリーゼの声が、静かに響いた。

「ルシアさん……一つだけ、聞いてもいい?」

 その声には、ためらいと、覚悟が混じっていた。ルシアは振り返り、微笑んだ。応じるのは自然なことだった。だが、その問いかけを聞いた瞬間、心の奥にそっとしまっていた感情が、ふいに息を吹き返した。

『お兄様が、誰かを好きになったとしたら?』

 ――その“誰か”が、私の知らない人だったとしたら?

 ――私の届かない場所に、心を持っていってしまったとしたら?

 そんな考えは、きっと子どもじみている。でも、王家の妹としてではなく、ただ“アリスターお兄様の妹”として、私はずっと彼に憧れていた。彼の強さに、優しさに、そして孤高さに。

 けれど、その彼が、手を差し伸べ、心を重ねる相手が現れたのだ。

 それが、目の前の少女――エリーゼ。

 だからこそ、答えるしかなかった。兄の選ぶ未来を、信じるしかなかった。

「アリスターお兄様のことだから……きっと“選ぶ”と思うわ」

 その言葉は、彼に向けた誇りであり、同時に手放す決意でもあった。

 そして、エリーゼが口にしたのは、想像していた以上の告白だった。

『結婚したの』

 その瞬間、世界が一瞬だけ静止した気がした。音も光も、風さえも止まったように。

 ルシアは、何も言えなかった。胸の奥に、小さな波紋が広がっていく。寂しさか、驚きか、それとも――安心か。

 エリーゼは真剣だった。その眼差しに嘘はなかった。まっすぐで、ひたむきで、誰かのために剣を振るう覚悟を持った人間だけが宿す光が、そこにはあった。

 兄がこの人を選んだ理由が、ほんの少しだけわかった気がした。

 そっと彼女の手を取った。細くて、けれど、熱を持っていた。戦場で鍛えられた手ではあるのに、なぜだろう、こんなにも柔らかく感じるのは。

「……ふふ、そういうことだったのね。お兄様、前と雰囲気が変わって、どこか幸せそうだったもの」

 この一言に、エリーゼは戸惑い、それから少し恥ずかしそうに微笑んだ。そんな彼女を見て、ルシアは思った。

 ――この人なら、きっとお兄様を幸せにしてくれる。

 そして、自分もまた、そうありたいと願った。姉妹として、家族として、今度は隣に並ぶ者として。

「こちらこそ、よろしくね。エリーゼ“姉様”」

 そう呼んだ時、自分の中で何かがほどけた気がした。羨望も、寂しさも、全てを包み込んで、新たな絆として生まれ変わったような。

 温室の白薔薇が風に揺れる。

 ――きっと、兄はずっと孤独だったのだ。王子として、魔法使いとして、そして冤罪という絶望の中で。それを救ったのが、エリーゼだった。

 ルシアは、彼女の存在を知ろうとしなかった自分を、少し恥じた。

 だが今は違う。

 心から、彼女を迎えたいと思えた。

 月明かりの中、二人は並んで立つ。

 それは偶然でも、政治でもない。選び取った未来の、第一歩だった。
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