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第123話 エリーゼ、王女に重大なことを告げる。
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温室の扉が静かに閉まり、かすかな足音とともにスプレーマムの仲間たちが去っていった。夜の温室には、淡い灯りと、花々のかすかな香りだけが残されている。
その静寂の中、エリーゼは一歩、また一歩とルシアに歩み寄った。硝子の天井からは月明かりが差し込み、夜咲きの花々を銀に染めている。ルシアは花壇の前に立ち、そっと咲き始めたばかりの白薔薇に手を伸ばしていた。
「ルシアさん……一つだけ、聞いてもいい?」
エリーゼの声は囁くように小さく、それでいて真っすぐだった。ルシアは振り返り、ふわりとした微笑みを浮かべる。
「もちろん。何かしら?」
その優しさに、エリーゼは一瞬だけ躊躇した。けれど、胸の奥で育ててきた想いが、彼女の背を押した。
「もし、お兄様が……“誰か”を好きになったとして。それが、王家の立場として不都合な相手だったとしても……あなたは止めようとする?」
月明かりの下、ルシアの瞳がふいに揺れた。驚きの色が一瞬、そこに走る。そしてゆっくりと、彼女は視線を逸らし、温室の出口へと向かって歩いて行ったアリスターの背を見つめた。
「……ふふっ」
肩の力を抜くように小さく笑ってから、ルシアは答えた。
「アリスターお兄様のことだから……きっと“選ぶ”と思うわ。どんなに困難でも、たとえ誰に反対されても。彼は、そういう人だから。誰にも邪魔なんて、させない顔をして突き進むの」
それを聞いたエリーゼは、胸の奥にあった小さな棘がすっと抜けていくのを感じた。思わず微笑み、照れたように目を伏せて呟く。
「……そっか。やっぱり、そういう人なんだね」
ルシアは首をかしげた。「“やっぱり”?」
「ううん、なんでもない。私が好きになった人が、そんな人でよかったって……思っただけ」
小さな沈黙が二人の間に訪れる。けれど、その空白は気まずさではなく、静かな共鳴のような優しさを帯びていた。
そしてエリーゼは、ほんの少しだけ深呼吸をして、今度はルシアの正面に立った。真剣な眼差しで、少女を見つめる。
「ねえ、ルシアさん。わたし……アリスターと、結婚したの」
その言葉に、ルシアの瞳が見開かれる。唇がわずかに動いたが、言葉は出なかった。温室の灯りが、そのまま時間を止めたかのような静けさが落ちる。
「それって……今、なんて?」
「結婚したの。まだ国には報告してないし、披露宴もしてないけど……でも、気持ちは本物。わたし、彼を心から愛してる。だから……これからは、義理の姉になるわけだけど……よろしくね、ルシアさん」
少し照れくさそうに微笑んだエリーゼの顔を見て、ルシアは言葉をなくしたまま瞬きを繰り返す。だが、次の瞬間、彼女の目元に涙のような光が浮かび、頬がゆるやかに綻んだ。
そして、そっとエリーゼの手を取る。細く、小さな手は、想像以上に温かかった。
「……ふふ、そういうことだったのね。お兄様、前と雰囲気が変わって、どこか幸せそうだったもの」
「え?」
「ううん。こちらこそ、よろしくね。エリーゼ“姉様”」
その呼び方に、エリーゼは一瞬戸惑い、次いで嬉しそうに目を細めた。
「……ありがとう」
夜の温室は、まるでその瞬間、花々が祝福するように優しく香った。白薔薇が月明かりに揺れ、二人の少女の間に芽生えた新たな絆が、静かに、確かに育ち始めていた。
かつて出会ったばかりの頃、互いに遠い存在だった。立場も、育ちも、抱えるものも違う二人。けれど今は、アリスターという一人の男を通じて、家族として繋がることを選んだ。
それは、王家の義務でも、誰かの決定でもない。
ただ、彼を愛した女と、彼を慕う妹が、自らの意志で選び取った道。
静かな夜の温室は、そんな二人の未来をそっと見守るように、いつまでも優しく明るく照らしていた。
その静寂の中、エリーゼは一歩、また一歩とルシアに歩み寄った。硝子の天井からは月明かりが差し込み、夜咲きの花々を銀に染めている。ルシアは花壇の前に立ち、そっと咲き始めたばかりの白薔薇に手を伸ばしていた。
「ルシアさん……一つだけ、聞いてもいい?」
エリーゼの声は囁くように小さく、それでいて真っすぐだった。ルシアは振り返り、ふわりとした微笑みを浮かべる。
「もちろん。何かしら?」
その優しさに、エリーゼは一瞬だけ躊躇した。けれど、胸の奥で育ててきた想いが、彼女の背を押した。
「もし、お兄様が……“誰か”を好きになったとして。それが、王家の立場として不都合な相手だったとしても……あなたは止めようとする?」
月明かりの下、ルシアの瞳がふいに揺れた。驚きの色が一瞬、そこに走る。そしてゆっくりと、彼女は視線を逸らし、温室の出口へと向かって歩いて行ったアリスターの背を見つめた。
「……ふふっ」
肩の力を抜くように小さく笑ってから、ルシアは答えた。
「アリスターお兄様のことだから……きっと“選ぶ”と思うわ。どんなに困難でも、たとえ誰に反対されても。彼は、そういう人だから。誰にも邪魔なんて、させない顔をして突き進むの」
それを聞いたエリーゼは、胸の奥にあった小さな棘がすっと抜けていくのを感じた。思わず微笑み、照れたように目を伏せて呟く。
「……そっか。やっぱり、そういう人なんだね」
ルシアは首をかしげた。「“やっぱり”?」
「ううん、なんでもない。私が好きになった人が、そんな人でよかったって……思っただけ」
小さな沈黙が二人の間に訪れる。けれど、その空白は気まずさではなく、静かな共鳴のような優しさを帯びていた。
そしてエリーゼは、ほんの少しだけ深呼吸をして、今度はルシアの正面に立った。真剣な眼差しで、少女を見つめる。
「ねえ、ルシアさん。わたし……アリスターと、結婚したの」
その言葉に、ルシアの瞳が見開かれる。唇がわずかに動いたが、言葉は出なかった。温室の灯りが、そのまま時間を止めたかのような静けさが落ちる。
「それって……今、なんて?」
「結婚したの。まだ国には報告してないし、披露宴もしてないけど……でも、気持ちは本物。わたし、彼を心から愛してる。だから……これからは、義理の姉になるわけだけど……よろしくね、ルシアさん」
少し照れくさそうに微笑んだエリーゼの顔を見て、ルシアは言葉をなくしたまま瞬きを繰り返す。だが、次の瞬間、彼女の目元に涙のような光が浮かび、頬がゆるやかに綻んだ。
そして、そっとエリーゼの手を取る。細く、小さな手は、想像以上に温かかった。
「……ふふ、そういうことだったのね。お兄様、前と雰囲気が変わって、どこか幸せそうだったもの」
「え?」
「ううん。こちらこそ、よろしくね。エリーゼ“姉様”」
その呼び方に、エリーゼは一瞬戸惑い、次いで嬉しそうに目を細めた。
「……ありがとう」
夜の温室は、まるでその瞬間、花々が祝福するように優しく香った。白薔薇が月明かりに揺れ、二人の少女の間に芽生えた新たな絆が、静かに、確かに育ち始めていた。
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それは、王家の義務でも、誰かの決定でもない。
ただ、彼を愛した女と、彼を慕う妹が、自らの意志で選び取った道。
静かな夜の温室は、そんな二人の未来をそっと見守るように、いつまでも優しく明るく照らしていた。
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