125 / 179
第124話 ルシアからみたエリーゼ姉さま 一つだけ、聞いてもいい?
しおりを挟む
硝子の天井越しに見える月が、やけに明るく感じられた。
夜咲きの花々が、静かに揺れている。淡い光の下、白薔薇の蕾にそっと触れながら、ルシアは胸の奥に漂うざわめきを感じていた。
温室の扉が閉まり、足音が遠ざかってから、しばらく――。
もう一人の訪問者が、ゆっくりと近づいてくる気配がした。
エリーゼ=アルセリア。兄が連れてきた、どこか不思議な雰囲気を持つ剣士の少女。
初めて会った時から、ずっと気になっていた。いや、警戒していたと言った方が近いのかもしれない。
彼女のことをよく知らなかった。ただ、兄が信頼し、並んで歩く姿に、これまで見たことのない“自然さ”があった。あれほど奔放で、他人に心を預けることを嫌う兄が、彼女には肩の力を抜いて接していたのだ。
気づいていた。けれど、認めるには勇気が要った。
エリーゼの声が、静かに響いた。
「ルシアさん……一つだけ、聞いてもいい?」
その声には、ためらいと、覚悟が混じっていた。ルシアは振り返り、微笑んだ。応じるのは自然なことだった。だが、その問いかけを聞いた瞬間、心の奥にそっとしまっていた感情が、ふいに息を吹き返した。
『お兄様が、誰かを好きになったとしたら?』
――その“誰か”が、私の知らない人だったとしたら?
――私の届かない場所に、心を持っていってしまったとしたら?
そんな考えは、きっと子どもじみている。でも、王家の妹としてではなく、ただ“アリスターお兄様の妹”として、私はずっと彼に憧れていた。彼の強さに、優しさに、そして孤高さに。
けれど、その彼が、手を差し伸べ、心を重ねる相手が現れたのだ。
それが、目の前の少女――エリーゼ。
だからこそ、答えるしかなかった。兄の選ぶ未来を、信じるしかなかった。
「アリスターお兄様のことだから……きっと“選ぶ”と思うわ」
その言葉は、彼に向けた誇りであり、同時に手放す決意でもあった。
そして、エリーゼが口にしたのは、想像していた以上の告白だった。
『結婚したの』
その瞬間、世界が一瞬だけ静止した気がした。音も光も、風さえも止まったように。
ルシアは、何も言えなかった。胸の奥に、小さな波紋が広がっていく。寂しさか、驚きか、それとも――安心か。
エリーゼは真剣だった。その眼差しに嘘はなかった。まっすぐで、ひたむきで、誰かのために剣を振るう覚悟を持った人間だけが宿す光が、そこにはあった。
兄がこの人を選んだ理由が、ほんの少しだけわかった気がした。
そっと彼女の手を取った。細くて、けれど、熱を持っていた。戦場で鍛えられた手ではあるのに、なぜだろう、こんなにも柔らかく感じるのは。
「……ふふ、そういうことだったのね。お兄様、前と雰囲気が変わって、どこか幸せそうだったもの」
この一言に、エリーゼは戸惑い、それから少し恥ずかしそうに微笑んだ。そんな彼女を見て、ルシアは思った。
――この人なら、きっとお兄様を幸せにしてくれる。
そして、自分もまた、そうありたいと願った。姉妹として、家族として、今度は隣に並ぶ者として。
「こちらこそ、よろしくね。エリーゼ“姉様”」
そう呼んだ時、自分の中で何かがほどけた気がした。羨望も、寂しさも、全てを包み込んで、新たな絆として生まれ変わったような。
温室の白薔薇が風に揺れる。
――きっと、兄はずっと孤独だったのだ。王子として、魔法使いとして、そして冤罪という絶望の中で。それを救ったのが、エリーゼだった。
ルシアは、彼女の存在を知ろうとしなかった自分を、少し恥じた。
だが今は違う。
心から、彼女を迎えたいと思えた。
月明かりの中、二人は並んで立つ。
それは偶然でも、政治でもない。選び取った未来の、第一歩だった。
夜咲きの花々が、静かに揺れている。淡い光の下、白薔薇の蕾にそっと触れながら、ルシアは胸の奥に漂うざわめきを感じていた。
温室の扉が閉まり、足音が遠ざかってから、しばらく――。
もう一人の訪問者が、ゆっくりと近づいてくる気配がした。
エリーゼ=アルセリア。兄が連れてきた、どこか不思議な雰囲気を持つ剣士の少女。
初めて会った時から、ずっと気になっていた。いや、警戒していたと言った方が近いのかもしれない。
彼女のことをよく知らなかった。ただ、兄が信頼し、並んで歩く姿に、これまで見たことのない“自然さ”があった。あれほど奔放で、他人に心を預けることを嫌う兄が、彼女には肩の力を抜いて接していたのだ。
気づいていた。けれど、認めるには勇気が要った。
エリーゼの声が、静かに響いた。
「ルシアさん……一つだけ、聞いてもいい?」
その声には、ためらいと、覚悟が混じっていた。ルシアは振り返り、微笑んだ。応じるのは自然なことだった。だが、その問いかけを聞いた瞬間、心の奥にそっとしまっていた感情が、ふいに息を吹き返した。
『お兄様が、誰かを好きになったとしたら?』
――その“誰か”が、私の知らない人だったとしたら?
――私の届かない場所に、心を持っていってしまったとしたら?
そんな考えは、きっと子どもじみている。でも、王家の妹としてではなく、ただ“アリスターお兄様の妹”として、私はずっと彼に憧れていた。彼の強さに、優しさに、そして孤高さに。
けれど、その彼が、手を差し伸べ、心を重ねる相手が現れたのだ。
それが、目の前の少女――エリーゼ。
だからこそ、答えるしかなかった。兄の選ぶ未来を、信じるしかなかった。
「アリスターお兄様のことだから……きっと“選ぶ”と思うわ」
その言葉は、彼に向けた誇りであり、同時に手放す決意でもあった。
そして、エリーゼが口にしたのは、想像していた以上の告白だった。
『結婚したの』
その瞬間、世界が一瞬だけ静止した気がした。音も光も、風さえも止まったように。
ルシアは、何も言えなかった。胸の奥に、小さな波紋が広がっていく。寂しさか、驚きか、それとも――安心か。
エリーゼは真剣だった。その眼差しに嘘はなかった。まっすぐで、ひたむきで、誰かのために剣を振るう覚悟を持った人間だけが宿す光が、そこにはあった。
兄がこの人を選んだ理由が、ほんの少しだけわかった気がした。
そっと彼女の手を取った。細くて、けれど、熱を持っていた。戦場で鍛えられた手ではあるのに、なぜだろう、こんなにも柔らかく感じるのは。
「……ふふ、そういうことだったのね。お兄様、前と雰囲気が変わって、どこか幸せそうだったもの」
この一言に、エリーゼは戸惑い、それから少し恥ずかしそうに微笑んだ。そんな彼女を見て、ルシアは思った。
――この人なら、きっとお兄様を幸せにしてくれる。
そして、自分もまた、そうありたいと願った。姉妹として、家族として、今度は隣に並ぶ者として。
「こちらこそ、よろしくね。エリーゼ“姉様”」
そう呼んだ時、自分の中で何かがほどけた気がした。羨望も、寂しさも、全てを包み込んで、新たな絆として生まれ変わったような。
温室の白薔薇が風に揺れる。
――きっと、兄はずっと孤独だったのだ。王子として、魔法使いとして、そして冤罪という絶望の中で。それを救ったのが、エリーゼだった。
ルシアは、彼女の存在を知ろうとしなかった自分を、少し恥じた。
だが今は違う。
心から、彼女を迎えたいと思えた。
月明かりの中、二人は並んで立つ。
それは偶然でも、政治でもない。選び取った未来の、第一歩だった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
婚約破棄で追放されて、幸せな日々を過ごす。……え? 私が世界に一人しか居ない水の聖女? あ、今更泣きつかれても、知りませんけど?
向原 行人
ファンタジー
第三王子が趣味で行っている冒険のパーティに所属するマッパー兼食事係の私、アニエスは突然パーティを追放されてしまった。
というのも、新しい食事係の少女をスカウトしたそうで、水魔法しか使えない私とは違い、複数の魔法が使えるのだとか。
私も、好きでもない王子から勝手に婚約者呼ばわりされていたし、追放されたのはありがたいかも。
だけど私が唯一使える水魔法が、実は「飲むと数時間の間、能力を倍増する」効果が得られる神水だったらしく、その効果を失った王子のパーティは、一気に転落していく。
戻ってきて欲しいって言われても、既にモフモフ妖狐や、新しい仲間たちと幸せな日々を過ごしてますから。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
妹が聖女に選ばれました。姉が闇魔法使いだと周囲に知られない方が良いと思って家を出たのに、何故か王子様が追いかけて来ます。
向原 行人
ファンタジー
私、アルマには二つ下の可愛い妹がいます。
幼い頃から要領の良い妹は聖女に選ばれ、王子様と婚約したので……私は遠く離れた地で、大好きな魔法の研究に専念したいと思います。
最近は異空間へ自由に物を出し入れしたり、部分的に時間を戻したり出来るようになったんです!
勿論、この魔法の効果は街の皆さんにも活用を……いえ、無限に収納出来るので、安い時に小麦を買っていただけで、先見の明とかはありませんし、怪我をされた箇所の時間を戻しただけなので、治癒魔法とは違います。
だから私は聖女ではなくて、妹が……って、どうして王子様がこの地に来ているんですかっ!?
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
婚約破棄され森に捨てられました。探さないで下さい。
拓海のり
ファンタジー
属性魔法が使えず、役に立たない『自然魔法』だとバカにされていたステラは、婚約者の王太子から婚約破棄された。そして身に覚えのない罪で断罪され、修道院に行く途中で襲われる。他サイトにも投稿しています。
【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる