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第128話 北の森、嘆きの谷 拙者は……この湿った空気が、関節にきますな
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木々のざわめきが風に溶ける、北の森。晩秋の気配を孕んだ空気が肌を撫で、遠くで梟が鳴いていた。
「ふふーん♪ いい風ねぇ。やっぱり、こういう道を歩いてると“冒険してる!”って感じがして好きよ、わたし!」
桃色の髪を揺らしながら、エリーゼ=アルセリアが朗らかに歩く。その足取りは軽やかで、背には黒鞘の大太刀。金に輝く右腕と銀に煌めく左足が、木漏れ日を受けて幻想的に光っている。
「ボクはもう……汗ひとつかかないように魔法障壁を張っているからね。野趣を楽しむのは君たちに任せるよ」
隣を歩くのは、金色の髪を撫でつけたアリスター。白のローブを翻しながら、優雅な笑みを浮かべていた。
「拙者は……この湿った空気が、関節にきますな……。北の森など、できれば避けて通りたかった……」
青い髪に銀縁の眼鏡、神官服を着たダリル=ベルトレインが、肩を丸めてつぶやく。
「やれやれ。お前らほんとにバランス悪ぃな……エリーゼは元気すぎ、アリスターは優雅すぎ、ダリルは後ろ向きすぎ。もうちょいオレに合わせろっての」
そう言って木の枝を払うのは、黒髪で筋肉隆々のマスキュラ―。大剣を背負い、ぐいぐいと先頭を進んでいた。
彼らは今、“嘆きの谷”へと向かっていた。
そこは北の森を越えた先、かつて魔族と人間が激しく争ったとされる古戦場である。夜になると呻くような風が谷を渡り、人々はそれを“嘆き”と呼んだ。
「今回の依頼、何だったっけ?」
エリーゼが跳ねるように歩きながら訊ねると、アリスターが指先をひと振りして魔法で巻物を開く。
「はいはい、ご確認を。依頼内容は――“嘆きの谷に出没する黒き影の調査および殲滅”。報酬、銀貨三百枚。依頼主は近隣の村の領主代理ね」
「黒き影、か……。気になりますな。もしや魔族の残党では……いや、魔族に擬態した何か、あるいは……新種……」
ぶつぶつと不安げに呟くダリルに、マスキュラ―が肩を叩いた。
「びびってんじゃねぇよ、神官。オレたちゃ“スプレーマム”だぜ。お前の回復がないと、全員共倒れだってのに」
「うっ……わ、わかっておりますとも!」
叫んだものの、眼鏡の奥の瞳は不安に揺れている。
「でも大丈夫よ、ダリル。わたしもいるし、アリスターもいるし、マスキュラーもいる。誰かが倒れても、わたしたちが何とかするから!」
エリーゼの笑顔に、ダリルは思わず顔を赤らめた。
「エリーゼ殿は……心が強い。まさに剣聖にして乙女、かつての聖女クラリスに匹敵する……」
「……また妄想が始まったな」
マスキュラ―が呆れたように呟き、アリスターは微笑んだ。
「まぁ、妄想だろうと幻想だろうと、現実を乗り越える糧になるなら歓迎すべきじゃない?」
「……なぁ、ボク。いや、アリスター。お前、最近……ちょっと変わったよな」
「ふふ。結婚したからね」
アリスターはさらりと言い、マスキュラーの心が一瞬ざわめいた。
“エリーゼとアリスター。お似合いなのは……わかってる”
それでも、苦い想いを胸の奥に沈めて、前を向いた。
木々の切れ間から、遠くに岩肌がのぞく渓谷が見えた。
「見えてきたな。あれが“嘆きの谷”か」
マスキュラーの声に、仲間たちも足を止めた。
そこには、地面が裂けたように続く灰色の谷が広がっていた。地形は不自然なほど歪み、辺りには野鳥の鳴き声ひとつない。
「……何か、おかしいわね」
エリーゼの瞳が鋭くなる。
「魔力が歪んでいる。ここ……“封印痕”の残滓があるわ」
アリスターが地面に手をかざすと、薄い魔力の流れが波紋のように拡がった。
「誰かが……あるいは何かが、封じられていた。そして、それが破られた……?」
「ま、まさか……例の“紅の仮面”の関係者が……?」
ダリルの声が震える。
「警戒を強めよう。この任務、ただの影退治じゃ済まないかもしれない」
アリスターの声に、皆が頷く。
“スプレーマム”の足取りは、自然と一列になった。かつてバラバラだった心が、今は同じ方向を向いている。
「じゃ、行こうか。――冒険者らしくね!」
エリーゼが笑い、マスキュラ―が大剣を背から引き抜いた。
「おうよ。やっと戦えるな。オレの剣が鳴ってるぜ!」
アリスターが魔法陣を展開し、ダリルは聖印を掲げた。
霧のような風が谷を抜ける。どこかで、誰かのすすり泣く声が聞こえたような気がした。
“嘆きの谷”――そこは、ただの地名ではなかった。
今もなお、封じられた過去と、未だ終わらぬ怨嗟の声が渦巻く場所だった。
スプレーマムの旅路は、ここから新たな運命へと踏み込んでいく。
「ふふーん♪ いい風ねぇ。やっぱり、こういう道を歩いてると“冒険してる!”って感じがして好きよ、わたし!」
桃色の髪を揺らしながら、エリーゼ=アルセリアが朗らかに歩く。その足取りは軽やかで、背には黒鞘の大太刀。金に輝く右腕と銀に煌めく左足が、木漏れ日を受けて幻想的に光っている。
「ボクはもう……汗ひとつかかないように魔法障壁を張っているからね。野趣を楽しむのは君たちに任せるよ」
隣を歩くのは、金色の髪を撫でつけたアリスター。白のローブを翻しながら、優雅な笑みを浮かべていた。
「拙者は……この湿った空気が、関節にきますな……。北の森など、できれば避けて通りたかった……」
青い髪に銀縁の眼鏡、神官服を着たダリル=ベルトレインが、肩を丸めてつぶやく。
「やれやれ。お前らほんとにバランス悪ぃな……エリーゼは元気すぎ、アリスターは優雅すぎ、ダリルは後ろ向きすぎ。もうちょいオレに合わせろっての」
そう言って木の枝を払うのは、黒髪で筋肉隆々のマスキュラ―。大剣を背負い、ぐいぐいと先頭を進んでいた。
彼らは今、“嘆きの谷”へと向かっていた。
そこは北の森を越えた先、かつて魔族と人間が激しく争ったとされる古戦場である。夜になると呻くような風が谷を渡り、人々はそれを“嘆き”と呼んだ。
「今回の依頼、何だったっけ?」
エリーゼが跳ねるように歩きながら訊ねると、アリスターが指先をひと振りして魔法で巻物を開く。
「はいはい、ご確認を。依頼内容は――“嘆きの谷に出没する黒き影の調査および殲滅”。報酬、銀貨三百枚。依頼主は近隣の村の領主代理ね」
「黒き影、か……。気になりますな。もしや魔族の残党では……いや、魔族に擬態した何か、あるいは……新種……」
ぶつぶつと不安げに呟くダリルに、マスキュラ―が肩を叩いた。
「びびってんじゃねぇよ、神官。オレたちゃ“スプレーマム”だぜ。お前の回復がないと、全員共倒れだってのに」
「うっ……わ、わかっておりますとも!」
叫んだものの、眼鏡の奥の瞳は不安に揺れている。
「でも大丈夫よ、ダリル。わたしもいるし、アリスターもいるし、マスキュラーもいる。誰かが倒れても、わたしたちが何とかするから!」
エリーゼの笑顔に、ダリルは思わず顔を赤らめた。
「エリーゼ殿は……心が強い。まさに剣聖にして乙女、かつての聖女クラリスに匹敵する……」
「……また妄想が始まったな」
マスキュラ―が呆れたように呟き、アリスターは微笑んだ。
「まぁ、妄想だろうと幻想だろうと、現実を乗り越える糧になるなら歓迎すべきじゃない?」
「……なぁ、ボク。いや、アリスター。お前、最近……ちょっと変わったよな」
「ふふ。結婚したからね」
アリスターはさらりと言い、マスキュラーの心が一瞬ざわめいた。
“エリーゼとアリスター。お似合いなのは……わかってる”
それでも、苦い想いを胸の奥に沈めて、前を向いた。
木々の切れ間から、遠くに岩肌がのぞく渓谷が見えた。
「見えてきたな。あれが“嘆きの谷”か」
マスキュラーの声に、仲間たちも足を止めた。
そこには、地面が裂けたように続く灰色の谷が広がっていた。地形は不自然なほど歪み、辺りには野鳥の鳴き声ひとつない。
「……何か、おかしいわね」
エリーゼの瞳が鋭くなる。
「魔力が歪んでいる。ここ……“封印痕”の残滓があるわ」
アリスターが地面に手をかざすと、薄い魔力の流れが波紋のように拡がった。
「誰かが……あるいは何かが、封じられていた。そして、それが破られた……?」
「ま、まさか……例の“紅の仮面”の関係者が……?」
ダリルの声が震える。
「警戒を強めよう。この任務、ただの影退治じゃ済まないかもしれない」
アリスターの声に、皆が頷く。
“スプレーマム”の足取りは、自然と一列になった。かつてバラバラだった心が、今は同じ方向を向いている。
「じゃ、行こうか。――冒険者らしくね!」
エリーゼが笑い、マスキュラ―が大剣を背から引き抜いた。
「おうよ。やっと戦えるな。オレの剣が鳴ってるぜ!」
アリスターが魔法陣を展開し、ダリルは聖印を掲げた。
霧のような風が谷を抜ける。どこかで、誰かのすすり泣く声が聞こえたような気がした。
“嘆きの谷”――そこは、ただの地名ではなかった。
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