婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス

文字の大きさ
128 / 179

第127話 アルスラーン・ヴァン・テオドリック公爵から見た甥のアリスター

しおりを挟む
窓から差し込む陽光が、深紅のカーテンを透かして室内を染めていた。書類を捌く手を止めたアルスラーン・ヴァン・テオドリック公爵は、ゆっくりと椅子に背を預けた。

 扉の向こう、足音が近づいてくる。

 「叔父上、お時間をいただけますか?」

 かつて「ボク」と自称し、天真爛漫に笑っていた少年の声が、今や凛とした響きを伴って響いた。アルスラーンは静かに「入れ」と応じる。

 扉が開き、入ってきたのは、礼装に身を包んだアリスター。金の髪は整えられ、胸元には一輪の白薔薇が飾られている。背筋は伸び、足取りには迷いがない。

 ほんの数年前まで、宴の席で小鳥のように舞い、言葉巧みに人心をくすぐっていた“王子殿下”とは、まるで別人だった。

 「――まるで、別人のようだな」

 ぽつりと、アルスラーンが呟いた。

 アリスターは驚いたように目を見開く。

 「そう見えますか?」

 「見えるとも。特にその目がな」

 確かに、アリスターの目は変わっていた。かつての煌びやかさと自負心は影を潜め、その奥に確固たる意志と覚悟が宿っている。

 「女は男を変えるというが……エリーゼ殿は、実に良い伴侶を得たようだ」

 アリスターは少し照れたように笑った。

 「彼女がいなければ、ボクは……いや、私は、今こうしていられなかったでしょう。彼女が、世界を変える目をしていたから、私も変わろうと思った」

 「そうか」

 アルスラーンは微笑みながらも、その胸に去来する感慨を噛みしめる。

 彼がアリスターを初めて抱いたのは、まだほんの赤子の頃だった。小さな命は、兄――先王の腕に抱かれ、微かに笑っていた。

 その子が、やがて王となる。そのことに何の疑いもなかった。だが、運命は残酷にも裏切った。

 冤罪。追放。婚約破棄。命さえ狙われ、名誉は地に堕ちた。

 ――それでも、この子は折れなかった。

 「王族とは、生まれながらにして責を背負う存在だ。栄光も、汚名も、その身に刻まれる」

 「ええ……痛いほど、わかりました」

 アリスターは手袋を外し、左の手の甲を見せた。そこには、かつて尋問の際に刻まれた焼印の跡がわずかに残っている。

 「この傷は、私が愚かだった証です。ですが……」

 彼は微笑み、静かに語る。

 「もう、隠すつもりはありません。これは、過去を背負った証であり、王たる者として忘れてはならぬ痛みなのですから」

 その言葉に、アルスラーンは目を細める。

 「……王たる者、か。そうだな、ようやく“その口”が語るに相応しい重みを得たようだ」

 部屋の静寂に、時計の針が微かに時を刻む音が響く。

 「私はな、アリスター。……兄上が即位された頃より、何度も思った。“この王国は、果たしてこのままで良いのか”と」

 「叔父上……?」

 「だが、私は従い続けた。王に忠誠を尽くすことが、弟であり臣下としての道だと信じた」

 その声音には、悔恨にも似た苦味が滲む。

 「だが――お前が、こうして目の前に立った今、私はようやく自分の選ぶべき道を知った気がする。お前こそが、王たる資格を持つ者だ」

 アリスターは、深く頭を垂れる。

 「そのお言葉に恥じぬよう、命をかけて応えます」

 「その意気だ。……だが、忘れるな。今の王都には、お前を陥れようとする者たちが蠢いている。中には、王家の血筋を引く者さえ含まれているのだ」

 アリスターは静かに頷く。

 「“紅の仮面”の動向も探っています。岩宿ダンジョンの封印の鍵が、結婚式で帝国に引き渡される計画も、阻止しなければならない」

 「その情報屋――ヴェルトとか言ったか。奴は信用できるのか?」

 「……信用はしていません。ただ、彼には彼なりの“大儀”がある。利用する覚悟はあります」

 それを聞いたアルスラーンは、ふっと笑う。

 「随分と“王らしく”なったものだ」

 その言葉に、アリスターはわずかに微笑んだ。

 「“王子”としての人生は、追放された時に終わりました。今はただ、皆と共に未来を作る“人間”でありたいのです」

 その言葉にこそ、真に王たる資格が宿っていると、アルスラーンは感じた。

 かつては守られる存在だった少年が、今や人を守り、導く男へと変わった。

 それは、王としての威厳ではなく、血の重みでもなく――

 ただ、一人の人間として誰かを守ると誓った覚悟。

 その覚悟こそが、“王の資質”なのだと。

 「アリスター。お前が進むその道は、険しく、時に裏切りと孤独に満ちるだろう。だが……このアルスラーン・ヴァン・テオドリックは、お前にすべてを託す覚悟だ」

 「……ありがとうございます、叔父上」

 アリスターは深く礼をし、扉を開いて部屋を去っていった。

 その背に、陽光が差し込む。

 アルスラーンは、しばしその光を見つめた。

 ――あれが、テオドリック王国の未来を照らす光であることを、彼は確信していた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

婚約破棄で追放されて、幸せな日々を過ごす。……え? 私が世界に一人しか居ない水の聖女? あ、今更泣きつかれても、知りませんけど?

向原 行人
ファンタジー
第三王子が趣味で行っている冒険のパーティに所属するマッパー兼食事係の私、アニエスは突然パーティを追放されてしまった。 というのも、新しい食事係の少女をスカウトしたそうで、水魔法しか使えない私とは違い、複数の魔法が使えるのだとか。 私も、好きでもない王子から勝手に婚約者呼ばわりされていたし、追放されたのはありがたいかも。 だけど私が唯一使える水魔法が、実は「飲むと数時間の間、能力を倍増する」効果が得られる神水だったらしく、その効果を失った王子のパーティは、一気に転落していく。 戻ってきて欲しいって言われても、既にモフモフ妖狐や、新しい仲間たちと幸せな日々を過ごしてますから。 ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

妹が聖女に選ばれました。姉が闇魔法使いだと周囲に知られない方が良いと思って家を出たのに、何故か王子様が追いかけて来ます。

向原 行人
ファンタジー
私、アルマには二つ下の可愛い妹がいます。 幼い頃から要領の良い妹は聖女に選ばれ、王子様と婚約したので……私は遠く離れた地で、大好きな魔法の研究に専念したいと思います。 最近は異空間へ自由に物を出し入れしたり、部分的に時間を戻したり出来るようになったんです! 勿論、この魔法の効果は街の皆さんにも活用を……いえ、無限に収納出来るので、安い時に小麦を買っていただけで、先見の明とかはありませんし、怪我をされた箇所の時間を戻しただけなので、治癒魔法とは違います。 だから私は聖女ではなくて、妹が……って、どうして王子様がこの地に来ているんですかっ!? ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

婚約破棄され森に捨てられました。探さないで下さい。

拓海のり
ファンタジー
属性魔法が使えず、役に立たない『自然魔法』だとバカにされていたステラは、婚約者の王太子から婚約破棄された。そして身に覚えのない罪で断罪され、修道院に行く途中で襲われる。他サイトにも投稿しています。

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

処理中です...