婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス

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第151話 レオナ=エルドリッジは、平和を語る

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風が柔らかく頬を撫でる。王都テオドリックの中央広場には、かつての戦乱が嘘のように、穏やかな人々の笑い声が満ちていた。商人の呼び声、子どもたちの歓声、遠くで奏でられる吟遊詩人の竪琴の音が、春の空気に溶け込んでいる。

 レオナ=エルドリッジは、近衛団第三隊の制服を着たまま、広場の片隅の石畳に腰を下ろしていた。腰の剣こそ携えているが、今日は任務ではなく、ようやく訪れた休暇の日だ。

 「……静かだな。こうしてると、あの戦いが夢だったみたいだ」

 そう漏らしたレオナの隣には、茶髪の青年・マークス。彼女の副官であり、戦場を共に駆けた信頼の部下だ。彼もまた、今日は剣を外している。

 「夢で済めばよかったんですけどね。現実は、拙者、死ぬほど痛かったし、怖かった」

 言ってから、自分が“拙者”などと口走ってしまったことに気づき、マークスは苦笑した。

 「ダリル=ベルトレイン神官と一緒にいた時間、長かったからな。口癖がうつったか?」

 「ええ、なんだか……癖になっちゃって。あの人、ネガティブなくせに、いざという時に妙に頼りになりますよね」

 「わかる。ああ見えて芯が強い。ま、あのスプレーマムの一員だしな」

 レオナは小さく笑った。戦乱を終結に導いた“追放者たちの英雄パーティー”、スプレーマム。その中心には、かつての敵国レインハルトから来た剣聖エリーゼ=アルセリアと、現テオドリック国王アリスター=テオドリックがいた。

 「……エリーゼか。あの子は、強いよな。心も、剣も」

 「はい。拙者、正直最初は“桃髪の少女? なんか軽そう”って思ってましたけど……いやもう、剣を交えてから見る目変わりました」

 「うちの隊にも、あれくらいのが何人か欲しいな」

 軽口を叩きながらも、レオナの胸中には尊敬と、ほんのわずかな嫉妬があった。あれだけの力と明るさを持ち、それでいて人を惹きつける。エリーゼという存在は、ただの剣聖ではない。誰もが自然と、彼女の背を追いたくなる。アリスターが愛するのも無理はなかった。

 「ところで隊長、例の謁見、覚えてます?」

 マークスの声が少し低くなる。レオナの表情に、わずかな影が差した。

 「……隣国レインハルトの、あの元王子か」

 「はい。エリーゼ殿を婚約破棄して、しかも冤罪で国外追放……。いくら和平の証とはいえ、よくもまあ、ノコノコ顔を出せるもんですね」

 「あいつがここに来る理由は、アリスターに会うためじゃない。エリーゼに、だ」

 「それが一番厄介なんですよ。アリスター国王、表向きは飄々としてますけど、中身は炎の塊ですからね」

 マークスの言葉に、レオナは小さくうなずいた。確かに、あの男は一見ナルシストな言動で煙に巻くが、かつて父と弟を魔族に殺され、国を失い、再び奪還して国王となった男だ。誇り高く、愛する者には誰よりも情が深い。

 「エリーゼ殿が怪我したときなんて……地獄から這い出てきた魔王みたいな顔してましたよ」

 「ふふっ……あのときは、正直震えたな」

 レオナは笑ったが、その眼差しには警戒が滲んでいた。彼女は騎士だ。王国の秩序と平穏を守る立場として、王妃に対する無礼は許されない。

 「和平のための会談に、修羅場が混じるなんて洒落にならん。エリーゼが止めてくれるといいが……」

 「その元王子、まだエリーゼ殿に未練があるって噂もありますし……」

 「はあ……やれやれ、戦争が終わったら今度は恋の戦だってか。英雄たちも気苦労が絶えないな」

 ふと、春風が吹き抜けた。白鳩が二羽、空を横切っていく。

 レオナはその様を見上げ、目を細めた。

 「でもまあ、こうして空を見上げて、未来の心配ができるようになったってだけで、十分幸せなことだよ」

 「……ですね。あの戦いのあとじゃ、平和な日常すら信じられなかったですもん」

 「だからこそ、今度は守らなきゃな。たとえ相手が……王であろうと」

 レオナは静かに立ち上がった。腰の剣が、控えめに音を立てる。

 「マークス。……その元王子には、礼儀を教えてやらんとな。アリスターより先にな」

 「ま、まさか手を出す気ですか!? 和平会談ですよ!」

 「さすがにそれは冗談だ。だが、一騎士として、王妃を侮辱する態度は見逃せない。それだけだよ」

 そして、軽く肩をすくめた。

 「そうだ、マークス。今夜は飲みに行くか? 元王子対策でも話しながらな」

 「……お断りします! 隊長と飲みに行ったら、また鍛錬コースでしょう! こっちの体がもちませんよ!」

 その返しに、レオナは心底楽しげに笑った。

 「残念だな。今夜は鍛錬じゃなく、恋の駆け引きの方を教えてやろうと思ったのに」

 冗談交じりのやり取りの奥に、彼女の騎士としての誇りと、ひとりの女性としての揺るぎない気概が、確かに宿っていた。





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