婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス

文字の大きさ
172 / 179

第170話 マスキュラ―、結婚の挨拶 娘の未来に何を与えてくれますか?

しおりを挟む
『王命の祝福』後日譚──結婚の挨拶
 テオドリック城の奥に位置する貴族の応接間は、さながら別世界だった。

 重厚な赤い絨毯が床を覆い、壁には王家の紋章と見事な風景画が飾られている。窓際には陽光が差し込み、金糸のレースカーテンが柔らかく揺れていた。

 その中心に、アルスラーン・ヴァン・テオドリック公爵と、エルドリッジ伯爵夫妻が並んで腰掛けている。

 マスキュラ―は緊張に肩をこわばらせながら、公爵のすぐ横に立っていた。背筋を正し、礼儀作法を頭の中で何度も反芻する。

 だが、隣に立つアルスラーン公爵の視線は、氷のように鋭かった。

「マスキュラ―殿。君が我が家の名を継ぐにふさわしいかどうか……今日、その覚悟を見せてもらおう」

「……はい!」

 短く返事をし、マスキュラ―は前へ一歩進み出る。向かいに座るエルドリッジ伯爵と、その妻――レオナの母であるマルグリット夫人に向き直った。

 二人の表情は厳粛で、しかしどこか静かな期待を含んでいる。

「改めまして、私……マスキュラ―は、アルスラーン・ヴァン・テオドリック公爵の養子として、エルドリッジ家の令嬢・レオナ様との婚姻を、正式にお願い申し上げます」

 深く頭を下げる。

 それは、剣を振るうこととは違う緊張だった。だが、背筋を伸ばし、言葉に誠実さを込めたその様に、エルドリッジ伯爵の瞳がわずかに細められる。

「……君は、かつて平民出の冒険者だったな?」

「はい。C級パーティーからの追放を経験し、その後、スプレーマムに拾われ、今に至ります」

「己の力のみで立ち上がったということか」

 伯爵の声は静かだが、重みがあった。

「平民が公爵家の名を継ぎ、我が娘と婚姻する――それは前例のないことだ。軽んじて許されることではない」

「承知しております。……しかし、俺は、レオナと生きたいんです。身分ではなく、人として、彼女の隣に立ちたい。その覚悟だけは、誰にも負けないつもりです」

 言い切ったその声は揺るがなかった。

 マルグリット夫人が口元に扇を当てながら、微かに微笑む。

「レオナがあのように凛とした女性に育ったのは、我が家の誇りです。彼女が選んだ人間を、わたくしは信じますわ。ただ一つだけ、お聞きします」

「……はい」

「あなたは、娘の未来に何を与えてくれますか?」

 その問いに、マスキュラ―は少しだけ迷ったが、すぐに答えた。

「“ともに生きる喜び”です。豪奢な暮らしでも、地位でもありません。彼女が、苦しい時も笑っていられるように……戦い、支え、寄り添い続けます。それが、俺の誓いです」

 沈黙が訪れた。

 だが、やがてエルドリッジ伯爵がゆっくりと頷いた。

「……君は己を飾らず、正面から我々と向き合った。よいだろう。レオナを託す」

「伯爵……!」

 マスキュラ―の瞳が揺れる。

 マルグリット夫人も静かに立ち上がり、歩み寄ってきた。

「では、わたくしからも……」

 そっとマスキュラ―の手を取り、その掌に小さな銀の指輪をのせた。

「これは、レオナが幼いころから大切にしていた家族の指輪です。今日からは、あなたのものです。……どうか、この子を幸せに」

「……必ず」

 マスキュラ―は、深く、深く頭を下げた。

 その背に、公爵アルスラーンの手がそっと置かれる。

「──よくやったな、息子よ」

 たった一言。だが、それはどんな褒美よりも、マスキュラ―の胸を震わせた。

 扉の外には、レオナが静かに待っていた。緊張と期待に揺れる瞳で、マスキュラ―を見上げる。

「どうだった?」

「……正式に、許されたよ」

 その瞬間、レオナの顔がぱっと花開いたように輝く。

「やった……!」

 マスキュラ―は彼女を抱き寄せた。

「レオナ、これからは……堂々と、肩を並べて生きよう」

「うん。マスキュラ―、ありがとう……わたし、今、すごく幸せ」

 廊下の奥からは、アリスターとエリーゼ、そしてダリルの姿が現れる。

 アリスターは、得意げに鼻を鳴らした。

「ふふん。ボクの王命は、完璧だったようだね!」

 エリーゼはくすりと笑い、マスキュラ―とレオナに歩み寄った。

「……おめでとう、マスキュラ―。レオナ。やっぱり、あんたたちはお似合いだった」

「うんうん。まことに、愛は尊きもの……ですな」

 ダリルが静かに頷いた。

 廊下にあふれる笑顔と祝福の中で、マスキュラ―は改めて誓う。

 この絆を守り抜くと。どんな困難が訪れても、彼女の隣で立ち続けると。

 そして、それは新たな始まりだった。

 冒険者としてではなく、貴族として。

 戦士としてではなく、家族として。

 マスキュラ―・エルドリッジとしての、新しい人生の幕開けが、今、始まろうとしていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

妹が聖女に選ばれました。姉が闇魔法使いだと周囲に知られない方が良いと思って家を出たのに、何故か王子様が追いかけて来ます。

向原 行人
ファンタジー
私、アルマには二つ下の可愛い妹がいます。 幼い頃から要領の良い妹は聖女に選ばれ、王子様と婚約したので……私は遠く離れた地で、大好きな魔法の研究に専念したいと思います。 最近は異空間へ自由に物を出し入れしたり、部分的に時間を戻したり出来るようになったんです! 勿論、この魔法の効果は街の皆さんにも活用を……いえ、無限に収納出来るので、安い時に小麦を買っていただけで、先見の明とかはありませんし、怪我をされた箇所の時間を戻しただけなので、治癒魔法とは違います。 だから私は聖女ではなくて、妹が……って、どうして王子様がこの地に来ているんですかっ!? ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

婚約破棄で追放されて、幸せな日々を過ごす。……え? 私が世界に一人しか居ない水の聖女? あ、今更泣きつかれても、知りませんけど?

向原 行人
ファンタジー
第三王子が趣味で行っている冒険のパーティに所属するマッパー兼食事係の私、アニエスは突然パーティを追放されてしまった。 というのも、新しい食事係の少女をスカウトしたそうで、水魔法しか使えない私とは違い、複数の魔法が使えるのだとか。 私も、好きでもない王子から勝手に婚約者呼ばわりされていたし、追放されたのはありがたいかも。 だけど私が唯一使える水魔法が、実は「飲むと数時間の間、能力を倍増する」効果が得られる神水だったらしく、その効果を失った王子のパーティは、一気に転落していく。 戻ってきて欲しいって言われても、既にモフモフ妖狐や、新しい仲間たちと幸せな日々を過ごしてますから。 ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

処理中です...