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26 【サイド】ウンディーネ 2
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深夜――。
魔王はこっそり、リンの部屋に足を踏み入れた。
月明かりが差し込む静かな空間に、リンの寝息……は、ない。
「……あれ? どこだ……どこに転がっていった?」
きょろきょろと辺りを見回す。
ベッドの下も見てみるがいない。
ベッドには布団だけが残され、部屋はしんと静まり返っている。
「こらっ!!」
――突然、背後から声が飛んだ。
「女の子の部屋に、深夜に忍び込むなんて!」
振り向けば、そこには怒りの形相のウンディーネが立っていた。
「いやいや!ちがっ、リンだよ!? そんな“女性の部屋”って……!」
あたふたと両手を振る魔王。
「忘れてるようですけど、リンはもう充分“年頃”です。そして、忘れてるようですけど――あなたの嫁候補です」
「わ、わかってるよ……」
すごすごと項垂れる魔王。しょんぼり。
魔王さま、本当にリンちゃんに恋煩いしてるじゃないの。
気づいてないのかしら?
ウンディーネはため息をついた。
「たまには……寝顔じゃなくて、起きてるリンちゃんに会ってあげたら?あの子、日中、話す人がわたしかエアリアしかいないでしょ。喜ぶわよ。今は台所で、ネズミイからお夜食をもらってる」
「そっか……ちゃんと、ごはん食べてるかな」
魔王は、少し心配そうな顔でわたしにリンちゃんの様子を聞いてくる。
「いろいろあるけど、普段はスネクと一緒に食べてるみたいよ。あの人がいる前じゃ、さすがに嫌がらせする子もいないし」
「……美味しいご飯を食べて、ちゃんと眠って、安心していてほしい。それだけなんだけどね」
その声に、ウンディーネは少し目を細めた。
「それだけ……ね。それだけなら、奥方になったら、生涯、衣食住は安定じゃないの?」
皮肉めいた言葉だったが、そこにほんの少しウンディーネの過去の寂しさが滲んでいた。
その声の様子に気づいたのだろう。
「そういえば、リンの曰く付きゴミ山……すごいペースで片付けてるんだって?」
魔王は、自分の気持ちには鈍感なのに、他人のことにはよく気づく。
ウンディーネは苦笑いしながら答えた。
「ええ。あの子、私の手なんて必要ないかもね」
ウンディーネの指先が、遠くのゴミ山の方を見る。
まだ見えない思い出の品をみたら、私はどうなるのだろう
なんてことはなかったと思えるだろうか?
それとも、また彼に許せない思いを持つだろうか
魔王はゆっくりと微笑む。
「リンをあの世界に置いておかないでくれ、と、この世界に連絡してきたのは……彼だよ」
「…………」
「そして、“人間の世界に戻してはいけない”と言ったのは君。二人とも……相変わらず似ているくせに、すれ違ってる」
「なによ……」
ウンディーネは、微笑みながらも、ほんの少し泣きそうだった。
「……ねぇ、マクライア、今、何してるの?」
その名を口にするのは、何年ぶりだろう。
愛した男。
裏切った男。
想いを残して、二度と会えないと思っていた相手。
「あれから、まだ50年しか経ってないのにね。
でも……人間の50年は、長い」
誰かと結婚したかもしれない。
子どもが生まれて、何なら孫もいるかもしれない。
きっと私のことなんて、とうに――
「街で、小さなギルドを開いたらしい。冒険者のバランスを見張って、搾取の起きないパーティを作らせてる。あの時の後悔からかな。
……そして、毎月の月命日には――君の墓に、花を手向けてるよ」
「…………えっ?」
ウンディーネの時間が、止まった。
心の奥で、波のように感情が揺れた。
怒り。悲しみ。愛しさ。
何年も押し込めてきた感情が、ひゅう、と息を吹き返す。
「ダメ……それ以上は、今はまだ……」
声が震え、肩が揺れる。
魔王はそっと手を差し出すと、ウンディーネの胸から立ちのぼる怨念の塊を、優しく吸い上げた。
冷たい瘴気が空気に混じり、ふっと消える。
「……少し、情報が多すぎたかな」
「……ありがとう」
ダメだ。まだ、私は彼を許していない
怨念が立ち上っている。
怒りに身を任せたら、再び怨霊になってしまう。
「リンが、君とマクライアとの思い出のものを見つけるまでは、ちゃんと気持ちを整えておいてね。
もし……リンを傷つけるようなことがあったら、たとえ君でも、許さない」
魔王の姿がふっと揺れ、風のように掻き消えた。
しん……と静まる部屋に、ひときわ明るい歌声が遠くから響く。
「おっにぎり~♪ おっにぎり~♪ う~れし~いな~♪」
リンが帰ってきたのだ。
無邪気な足音が近づくたびに、ウンディーネの胸のなかに、少しずつ、温かさが戻ってきた。
「……もう。こんな夜に、そんな顔で帰ってくるなんて」
そう呟いた彼女の瞳には、ひとしずくの涙がにじんでいた。
魔王はこっそり、リンの部屋に足を踏み入れた。
月明かりが差し込む静かな空間に、リンの寝息……は、ない。
「……あれ? どこだ……どこに転がっていった?」
きょろきょろと辺りを見回す。
ベッドの下も見てみるがいない。
ベッドには布団だけが残され、部屋はしんと静まり返っている。
「こらっ!!」
――突然、背後から声が飛んだ。
「女の子の部屋に、深夜に忍び込むなんて!」
振り向けば、そこには怒りの形相のウンディーネが立っていた。
「いやいや!ちがっ、リンだよ!? そんな“女性の部屋”って……!」
あたふたと両手を振る魔王。
「忘れてるようですけど、リンはもう充分“年頃”です。そして、忘れてるようですけど――あなたの嫁候補です」
「わ、わかってるよ……」
すごすごと項垂れる魔王。しょんぼり。
魔王さま、本当にリンちゃんに恋煩いしてるじゃないの。
気づいてないのかしら?
ウンディーネはため息をついた。
「たまには……寝顔じゃなくて、起きてるリンちゃんに会ってあげたら?あの子、日中、話す人がわたしかエアリアしかいないでしょ。喜ぶわよ。今は台所で、ネズミイからお夜食をもらってる」
「そっか……ちゃんと、ごはん食べてるかな」
魔王は、少し心配そうな顔でわたしにリンちゃんの様子を聞いてくる。
「いろいろあるけど、普段はスネクと一緒に食べてるみたいよ。あの人がいる前じゃ、さすがに嫌がらせする子もいないし」
「……美味しいご飯を食べて、ちゃんと眠って、安心していてほしい。それだけなんだけどね」
その声に、ウンディーネは少し目を細めた。
「それだけ……ね。それだけなら、奥方になったら、生涯、衣食住は安定じゃないの?」
皮肉めいた言葉だったが、そこにほんの少しウンディーネの過去の寂しさが滲んでいた。
その声の様子に気づいたのだろう。
「そういえば、リンの曰く付きゴミ山……すごいペースで片付けてるんだって?」
魔王は、自分の気持ちには鈍感なのに、他人のことにはよく気づく。
ウンディーネは苦笑いしながら答えた。
「ええ。あの子、私の手なんて必要ないかもね」
ウンディーネの指先が、遠くのゴミ山の方を見る。
まだ見えない思い出の品をみたら、私はどうなるのだろう
なんてことはなかったと思えるだろうか?
それとも、また彼に許せない思いを持つだろうか
魔王はゆっくりと微笑む。
「リンをあの世界に置いておかないでくれ、と、この世界に連絡してきたのは……彼だよ」
「…………」
「そして、“人間の世界に戻してはいけない”と言ったのは君。二人とも……相変わらず似ているくせに、すれ違ってる」
「なによ……」
ウンディーネは、微笑みながらも、ほんの少し泣きそうだった。
「……ねぇ、マクライア、今、何してるの?」
その名を口にするのは、何年ぶりだろう。
愛した男。
裏切った男。
想いを残して、二度と会えないと思っていた相手。
「あれから、まだ50年しか経ってないのにね。
でも……人間の50年は、長い」
誰かと結婚したかもしれない。
子どもが生まれて、何なら孫もいるかもしれない。
きっと私のことなんて、とうに――
「街で、小さなギルドを開いたらしい。冒険者のバランスを見張って、搾取の起きないパーティを作らせてる。あの時の後悔からかな。
……そして、毎月の月命日には――君の墓に、花を手向けてるよ」
「…………えっ?」
ウンディーネの時間が、止まった。
心の奥で、波のように感情が揺れた。
怒り。悲しみ。愛しさ。
何年も押し込めてきた感情が、ひゅう、と息を吹き返す。
「ダメ……それ以上は、今はまだ……」
声が震え、肩が揺れる。
魔王はそっと手を差し出すと、ウンディーネの胸から立ちのぼる怨念の塊を、優しく吸い上げた。
冷たい瘴気が空気に混じり、ふっと消える。
「……少し、情報が多すぎたかな」
「……ありがとう」
ダメだ。まだ、私は彼を許していない
怨念が立ち上っている。
怒りに身を任せたら、再び怨霊になってしまう。
「リンが、君とマクライアとの思い出のものを見つけるまでは、ちゃんと気持ちを整えておいてね。
もし……リンを傷つけるようなことがあったら、たとえ君でも、許さない」
魔王の姿がふっと揺れ、風のように掻き消えた。
しん……と静まる部屋に、ひときわ明るい歌声が遠くから響く。
「おっにぎり~♪ おっにぎり~♪ う~れし~いな~♪」
リンが帰ってきたのだ。
無邪気な足音が近づくたびに、ウンディーネの胸のなかに、少しずつ、温かさが戻ってきた。
「……もう。こんな夜に、そんな顔で帰ってくるなんて」
そう呟いた彼女の瞳には、ひとしずくの涙がにじんでいた。
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