2 / 27
幼き婚姻
しおりを挟む
急な病に倒れ、懸命な治療や看護も虚しく、オリオル国王ヴィスマルクがこの世を去った。
享年三十二歳。当時まだ十歳であった王太子エゼキエルを遺して。
長年に渡り国王を支えてきた宰相のマーク=モリス侯爵は、次代の王としてエゼキエルの即位を公表した。
僅か十歳の、幼き王の誕生である。
それと同時に宰相は亡き国王の遺言の名の下に、オリオル最大の兵力を誇る騎士団を有するベルファスト辺境伯家の令嬢アンリエッタとの婚姻も発表。
新国王が幼すぎる事を懸念に思った一部の貴族達から、身罷った前国王の王弟であるアバディ公爵の即位を望む声を封じる為であった。
オリオルの頭脳と呼ばれる宰相のモリス侯爵と、
西方大陸でも屈指の兵力を誇る国境騎士団を有するベルファスト辺境伯の二大諸侯が幼いエゼキエルの後ろ盾となった事を明らかにされ、アバディ公爵を新国王にと推す声は鳴りを潜めたという。
こうして急拵えで結ばれた婚姻。
新国王エゼキエル十歳。
ベルファスト辺境伯令嬢アンリエッタも十歳という、おままごとのような夫婦の出来上がりであった。
二人の初顔合わせは、婚姻の儀を結ぶ当日の事だった。
急に故郷であるベルファスト辺境伯領から連れて来られ、
数年したら帰れるからなどと言いくるめられながら花嫁衣装に身を包んだアンリエッタが夫となるエゼキエルを初めて見た時、
新しい王様は神話に出てくる神様の使いの様だと思ったのだった。
黒に近い濃紺の髪にガーネットのような深く赤い瞳。
その面差しは繊細で美しく、およそ辺境の地ではお目にかかれないような神秘的な美少年であったからだ。
全体的に華奢で線が細く、下手したら辺境地で走り回っていたアンリエッタの方が逞しいのではないかと心配になるくらいだった。
アンリエッタが何も言えず目を丸くしてエゼキエルを凝視していると、彼の方から声を掛けてきた。
「キミがアンリエッタ?いや、訊くまでもないか。この王宮で花嫁姿の子どもなんてベルファスト辺境伯令嬢でなくして誰だという話だな」
ーー美しいだけでなく言っている事も難しくて驚いてしまうわ!
アンリエッタは目だけでなく口も開いてしまった。
そんなアンリエッタに父であるベルファスト辺境伯アイザックがコホンと一つ、咳払いをする。
それにハッとしたアンリエッタは慌ててカーテシーをした。
「はじめまして国王陛下。アイザック=ベルファストが娘、アンリエッタと申します。末永くよろしくお願い申し上げます……あ、末長く、ではないのですわよね?期間限定でよろしくお願いします…と申し上げればいいのかしら?」
素直に思ったままを口にすると、当のエゼキエルは唖然としてアンリエッタを見据え、父のアイザックはこめかみを押さえていた。
誰の目から見ても今の国王を取り巻く不安要素を払拭する為のとりあえずの婚姻なのは明らかだが、それを口にしてしまうと身も蓋もない。
すると部屋の入り口から軽快な笑い声が聞こえた。
「あははは!さすがはアイザックの娘だね。率直で度胸もありそうだ」
そう言って部屋に入って来たのはこの国の宰相であり、亡き前国王とアイザックの腹心の友でもあるマーク=モリス侯爵であった。
アンリエッタは再びカーテシーをして礼を執る。
その姿を見て、宰相閣下はこう告げた。
「アンリエッタ嬢、貴女はこれからこのエゼキエル陛下と婚姻の儀を結ばれ、国王の妃となられるのですよ。臣下に礼を執られる必要はございません」
初対面で、しかも宰相閣下にそのような事を言われて、アンリエッタは少々困ってしまう。
その様子を見かねたのか、エゼキエルがそっとアンリエッタに手を差し出した。
「では行こうか、我が妃どの」
エゼキエルの顔に笑顔が貼り付けられているわけではない。
だけどアンリエッタにはエゼキエルの柔らかな心が手に取るように感じられたのだ。
そっとその手に自分の手を重ねる。
ほとんど同じ大きさの温かい手。
この手の温もりが失われてはいけない、アンリエッタはその時そう思った。
急に国王と結婚しろなんて言われて驚いたけれど、
生来世話好きの性分を持つアンリエッタはこの王様を守れるのは自分しかいない!などという変な使命感に燃えたのだった。
こうしてアンリエッタとエゼキエルは王宮敷地内にある大聖堂にて、形だけの婚姻の儀を行った。
それは二人の温かで優しい日々の始まりであった。
享年三十二歳。当時まだ十歳であった王太子エゼキエルを遺して。
長年に渡り国王を支えてきた宰相のマーク=モリス侯爵は、次代の王としてエゼキエルの即位を公表した。
僅か十歳の、幼き王の誕生である。
それと同時に宰相は亡き国王の遺言の名の下に、オリオル最大の兵力を誇る騎士団を有するベルファスト辺境伯家の令嬢アンリエッタとの婚姻も発表。
新国王が幼すぎる事を懸念に思った一部の貴族達から、身罷った前国王の王弟であるアバディ公爵の即位を望む声を封じる為であった。
オリオルの頭脳と呼ばれる宰相のモリス侯爵と、
西方大陸でも屈指の兵力を誇る国境騎士団を有するベルファスト辺境伯の二大諸侯が幼いエゼキエルの後ろ盾となった事を明らかにされ、アバディ公爵を新国王にと推す声は鳴りを潜めたという。
こうして急拵えで結ばれた婚姻。
新国王エゼキエル十歳。
ベルファスト辺境伯令嬢アンリエッタも十歳という、おままごとのような夫婦の出来上がりであった。
二人の初顔合わせは、婚姻の儀を結ぶ当日の事だった。
急に故郷であるベルファスト辺境伯領から連れて来られ、
数年したら帰れるからなどと言いくるめられながら花嫁衣装に身を包んだアンリエッタが夫となるエゼキエルを初めて見た時、
新しい王様は神話に出てくる神様の使いの様だと思ったのだった。
黒に近い濃紺の髪にガーネットのような深く赤い瞳。
その面差しは繊細で美しく、およそ辺境の地ではお目にかかれないような神秘的な美少年であったからだ。
全体的に華奢で線が細く、下手したら辺境地で走り回っていたアンリエッタの方が逞しいのではないかと心配になるくらいだった。
アンリエッタが何も言えず目を丸くしてエゼキエルを凝視していると、彼の方から声を掛けてきた。
「キミがアンリエッタ?いや、訊くまでもないか。この王宮で花嫁姿の子どもなんてベルファスト辺境伯令嬢でなくして誰だという話だな」
ーー美しいだけでなく言っている事も難しくて驚いてしまうわ!
アンリエッタは目だけでなく口も開いてしまった。
そんなアンリエッタに父であるベルファスト辺境伯アイザックがコホンと一つ、咳払いをする。
それにハッとしたアンリエッタは慌ててカーテシーをした。
「はじめまして国王陛下。アイザック=ベルファストが娘、アンリエッタと申します。末永くよろしくお願い申し上げます……あ、末長く、ではないのですわよね?期間限定でよろしくお願いします…と申し上げればいいのかしら?」
素直に思ったままを口にすると、当のエゼキエルは唖然としてアンリエッタを見据え、父のアイザックはこめかみを押さえていた。
誰の目から見ても今の国王を取り巻く不安要素を払拭する為のとりあえずの婚姻なのは明らかだが、それを口にしてしまうと身も蓋もない。
すると部屋の入り口から軽快な笑い声が聞こえた。
「あははは!さすがはアイザックの娘だね。率直で度胸もありそうだ」
そう言って部屋に入って来たのはこの国の宰相であり、亡き前国王とアイザックの腹心の友でもあるマーク=モリス侯爵であった。
アンリエッタは再びカーテシーをして礼を執る。
その姿を見て、宰相閣下はこう告げた。
「アンリエッタ嬢、貴女はこれからこのエゼキエル陛下と婚姻の儀を結ばれ、国王の妃となられるのですよ。臣下に礼を執られる必要はございません」
初対面で、しかも宰相閣下にそのような事を言われて、アンリエッタは少々困ってしまう。
その様子を見かねたのか、エゼキエルがそっとアンリエッタに手を差し出した。
「では行こうか、我が妃どの」
エゼキエルの顔に笑顔が貼り付けられているわけではない。
だけどアンリエッタにはエゼキエルの柔らかな心が手に取るように感じられたのだ。
そっとその手に自分の手を重ねる。
ほとんど同じ大きさの温かい手。
この手の温もりが失われてはいけない、アンリエッタはその時そう思った。
急に国王と結婚しろなんて言われて驚いたけれど、
生来世話好きの性分を持つアンリエッタはこの王様を守れるのは自分しかいない!などという変な使命感に燃えたのだった。
こうしてアンリエッタとエゼキエルは王宮敷地内にある大聖堂にて、形だけの婚姻の儀を行った。
それは二人の温かで優しい日々の始まりであった。
106
あなたにおすすめの小説
どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。
無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。
彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。
ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。
居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。
こんな旦那様、いりません!
誰か、私の旦那様を貰って下さい……。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
※表紙 AIアプリ作成
ただずっと側にいてほしかった
アズやっこ
恋愛
ただ貴方にずっと側にいてほしかった…。
伯爵令息の彼と婚約し婚姻した。
騎士だった彼は隣国へ戦に行った。戦が終わっても帰ってこない彼。誰も消息は知らないと言う。
彼の部隊は敵に囲まれ部下の騎士達を逃がす為に囮になったと言われた。
隣国の騎士に捕まり捕虜になったのか、それとも…。
怪我をしたから、記憶を無くしたから戻って来れない、それでも良い。
貴方が生きていてくれれば。
❈ 作者独自の世界観です。
半日だけの…。貴方が私を忘れても
アズやっこ
恋愛
貴方が私を忘れても私が貴方の分まで覚えてる。
今の貴方が私を愛していなくても、
騎士ではなくても、
足が動かなくて車椅子生活になっても、
騎士だった貴方の姿を、
優しい貴方を、
私を愛してくれた事を、
例え貴方が記憶を失っても私だけは覚えてる。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ ゆるゆる設定です。
❈ 男性は記憶がなくなり忘れます。
❈ 車椅子生活です。
すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…
アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者には役目がある。
例え、私との時間が取れなくても、
例え、一人で夜会に行く事になっても、
例え、貴方が彼女を愛していても、
私は貴方を愛してる。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 女性視点、男性視点があります。
❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる