いつか終わりがくるのなら

キムラましゅろう

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幼き婚姻

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急な病に倒れ、懸命な治療や看護も虚しく、オリオル国王ヴィスマルクがこの世を去った。

享年三十二歳。当時まだ十歳であった王太子エゼキエルを遺して。

長年に渡り国王を支えてきた宰相のマーク=モリス侯爵は、次代の王としてエゼキエルの即位を公表した。

僅か十歳の、幼き王の誕生である。

それと同時に宰相は亡き国王の遺言の名の下に、オリオル最大の兵力を誇る騎士団を有するベルファスト辺境伯家の令嬢アンリエッタとの婚姻も発表。

新国王が幼すぎる事を懸念に思った一部の貴族達から、身罷った前国王の王弟であるアバディ公爵の即位を望む声を封じる為であった。

オリオルの頭脳と呼ばれる宰相のモリス侯爵と、
西方大陸でも屈指の兵力を誇る国境騎士団を有するベルファスト辺境伯の二大諸侯が幼いエゼキエルの後ろ盾となった事を明らかにされ、アバディ公爵を新国王にと推す声は鳴りを潜めたという。

こうして急拵えで結ばれた婚姻。

新国王エゼキエル十歳。
ベルファスト辺境伯令嬢アンリエッタも十歳という、おままごとのような夫婦の出来上がりであった。


二人の初顔合わせは、婚姻の儀を結ぶ当日の事だった。

急に故郷であるベルファスト辺境伯領から連れて来られ、
数年したら帰れるからなどと言いくるめられながら花嫁衣装に身を包んだアンリエッタが夫となるエゼキエルを初めて見た時、
新しい王様は神話に出てくる神様の使いの様だと思ったのだった。

黒に近い濃紺の髪にガーネットのような深く赤い瞳。
その面差しは繊細で美しく、およそ辺境の地ではお目にかかれないような神秘的な美少年であったからだ。

全体的に華奢で線が細く、下手したら辺境地で走り回っていたアンリエッタの方が逞しいのではないかと心配になるくらいだった。

アンリエッタが何も言えず目を丸くしてエゼキエルを凝視していると、彼の方から声を掛けてきた。

「キミがアンリエッタ?いや、訊くまでもないか。この王宮で花嫁姿の子どもなんてベルファスト辺境伯令嬢でなくして誰だという話だな」

ーー美しいだけでなく言っている事も難しくて驚いてしまうわ!

アンリエッタは目だけでなく口も開いてしまった。

そんなアンリエッタに父であるベルファスト辺境伯アイザックがコホンと一つ、咳払いをする。

それにハッとしたアンリエッタは慌ててカーテシーをした。

「はじめまして国王陛下。アイザック=ベルファストが娘、アンリエッタと申します。末永くよろしくお願い申し上げます……あ、末長く、ではないのですわよね?期間限定でよろしくお願いします…と申し上げればいいのかしら?」

素直に思ったままを口にすると、当のエゼキエルは唖然としてアンリエッタを見据え、父のアイザックはこめかみを押さえていた。

誰の目から見ても今の国王を取り巻く不安要素を払拭する為のとりあえずの婚姻なのは明らかだが、それを口にしてしまうと身も蓋もない。

すると部屋の入り口から軽快な笑い声が聞こえた。

「あははは!さすがはアイザックの娘だね。率直で度胸もありそうだ」

そう言って部屋に入って来たのはこの国の宰相であり、亡き前国王とアイザックの腹心の友でもあるマーク=モリス侯爵であった。

アンリエッタは再びカーテシーをして礼を執る。
その姿を見て、宰相閣下はこう告げた。

「アンリエッタ嬢、貴女はこれからこのエゼキエル陛下と婚姻の儀を結ばれ、国王の妃となられるのですよ。臣下に礼を執られる必要はございません」

初対面で、しかも宰相閣下にそのような事を言われて、アンリエッタは少々困ってしまう。

その様子を見かねたのか、エゼキエルがそっとアンリエッタに手を差し出した。

「では行こうか、我が妃どの」

エゼキエルの顔に笑顔が貼り付けられているわけではない。

だけどアンリエッタにはエゼキエルの柔らかな心が手に取るように感じられたのだ。

そっとその手に自分の手を重ねる。

ほとんど同じ大きさの温かい手。

この手の温もりが失われてはいけない、アンリエッタはその時そう思った。

急に国王と結婚しろなんて言われて驚いたけれど、
生来世話好きの性分を持つアンリエッタはこの王様を守れるのは自分しかいない!などという変な使命感に燃えたのだった。


こうしてアンリエッタとエゼキエルは王宮敷地内にある大聖堂にて、形だけの婚姻の儀を行った。


それは二人の温かで優しい日々の始まりであった。





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