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アンリエッタとエゼキエル、十二歳

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「アンリ、アンリエッタ……キミまたそんな所に登って……」

オリオル王国の若き(過ぎる)王、エゼキエルが王宮の裏庭の木を見上げながら言った。

木の上には……

二年前に婚姻を結んだ彼の妻、アンリエッタが大ぶりな枝の上に登り本を読んでいた。

二人は今年十二歳となった。

アンリエッタは読んでいた本を閉じ、木の下で立っている彼女の夫、エゼキエルを見下ろして答えた。


「だってこの木の上が格別なんですもの。ここなら邪魔されずに本を読んだりこっそりお菓子を食べたり出来るわ」

「そりゃまさか国王の妃が木登りしてるなんて誰も思わないからね」

「こんな素敵な木、どうして誰も登らないのかしら?こんなに木登りに適した木はベルファスト辺境伯領でもそうはお目にかかれないのに」

「……きっとベルファスト辺境伯領の木はほとんどアンリに制覇されてるんだろうね」

「ふふふ。国境騎士団内の木はね」

ころころと笑いながら答えると、エゼキエルは肩の力を抜いたように笑い、降りてくるように促した。

「ほらもう降りておいでよ。そろそろ昼食の時間だ。今日はアンリの好きなハーブチキンソテーらしいよ」

「えっ、本当?こうしてはいられないわっ、早く午餐の間へ行かなくては!」

そう言ってアンリエッタは慌ただしく木から降り始めようとした。

エゼキエルは慌ててそれを制する。

「駄目だよアンリっ、ストップだ。俺が下ろしてあげるからそのままじっとしてて」

「あら、エルが魔術で降ろしてくれるの?じゃあこのまま大人しくしているわ」

アンリエッタは降りようとした体を再び木の枝の上に戻し、行儀良く座り直す。

エゼキエルはそれを見てふっと笑い、手をかざして何やら術式のようなものを小さく唱えた。

するとアンリエッタの体がふわりと浮上し、ゆっくりと木の上から降ろされた。

エゼキエルの目の前で足が地面に接地する。

「ありがとう。この頃また魔術の腕が上がったのではなくて?」

「魔力量も上がったよ。それよりアンリ、そろそろ木登りはやめて欲しいんだけど」

「あら?どうして?」

「キミもそろそろ恥じらいを知った方がいいと思うんだ。木に登り降りしている間に誰かに下着を見られても知らないよ?」

「大丈夫よ。誰も居ないのを確かめて登り降りしてるもの」

「……俺の目の前で降りようとしたじゃないか」

「あらまぁ!それもそうね、エルが魔術で降ろしてくれて助かったわ。ありがとうエル」

アンリエッタはニコニコしながらそう告げてエゼキエルの手を握った。

「行きましょうエル。チキンが私たちを待っているわ」

「………そうだね」

エゼキエルはため息を吐いてからそう返した。

片手はアンリエッタに握られながら、もう片方の手には大きな魔導書を持って。

エゼキエルは国王として出来る範囲で執務に携わり、後は宰相であるモリス侯爵が摂政として幼い王に代わり政務を執り行っている。

今のエゼキエルの仕事は勉強と体を鍛える鍛錬だ。
将来国王として国を、そして国民を背負ってゆく立場のエゼキエルはとにかく学ぶべき事が数多とあって多忙を極めていた。

その中でもエゼキエルが特に力を入れているのが魔導学である。
ハードである魔術とソフトである魔法。
この二つが合わさり、一つの力となると捉える魔導学。

エゼキエルは先祖返りと言わしめられるほどの魔力量を保有している。
その力を研鑽し、いずれは国力の強さの一つにしたいとエゼキエルは思っていた。
百年前に存在したハイラント国王のように。

一方、アンリエッタはというと……
既に妃でありながら妃教育の真っ只中にいた。
いずれオリオル王室を出て、生家であるベルファスト辺境伯家に戻って婿を取るか他家へ嫁ぎ直すとしても、最高の淑女教育とされる妃教育をマスターしておけば何処に出しても恥ずかしくない令嬢になれるからだそうだ。

王家のお金で最高の教育が受けられるのは幸運だと思うけれど、それは民から納められた税金を使っているという事。
なのでアンリエッタはそれはそれは熱心に学んだ。

ーー税金の無駄遣いなんて言われたくはないもの!

事実、アンリエッタはなかなかに優秀であった。

学術はもちろん、語学やマナー、刺繍、声楽、ピアノ、ダンス、乗馬…その他諸々講師陣を満足させられるだけの結果は出し続けていた。

そんな互いの努力をアンリエッタもエゼキエルも認め合い、励まし合ってきた。

二人は王と妃、夫婦でありながら兄妹姉弟きょうだい、そして親友のような関係を築きながら成長し続けている。



「エル、ルッコラも残さず食べなくてはダメよ」

「これは飾りだよ。苦いし、食べなくてもいいよ」

「飾りではないわ。添え物として盛られているのよ。ルッコラは風邪の予防にいいの。エルは風邪を引きやすいんだから食べなくてはダメ」

「アンリ、チキンのソースが口の端に付いてるよ」

「あら失礼。エル、ルッコラを食べなさい」

「…………」


いつものように二人仲良く食事を共にする。

世話焼きのアンリエッタが少々口煩い食事風景だが、
周りにいる侍従やメイド達はいつも年若い国王夫妻の食事風景をほのぼのとした気持ちで見守っていたのだった。






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