95 / 161
ミニ番外編
ワイズの唯一について
しおりを挟むワイズ侯爵家は西方と東方両大陸合わせても屈指の古い血脈を誇る家門の一つだ。
千年近く前のアデリオール王朝黎明期には既に“侯爵”という位に座していたという。
しかしそれよりずっと以前、古代と呼ばれるその時代からワイズの血筋は脈々と受け継がれてきたのだ。
その血を受け継ぐ者として最も特徴的なのがたった一人の人間に執着を見せる事であろう。
ワイズ家の性癖……ではなく一種の特徴的な能力とも呼べる“ワイズの唯一”。
初めて恋情を抱いた異性に対し、異常なまでに執着を示す……。
それは魔力の純度の高さを維持するためのものなのか、それとも高すぎる魔力を持つ人間特有の懐疑的な性質のためか。
とにかく魂が求めるままに、その唯一と定めた相手だけに深い愛情を抱き伴侶とする。
一血族の独特な性質のために詳しい研究はされていないが恐らくは魔力の相性の良い者、自分のより良い遺伝子を残せる相手を無意識に選んでいるのではないか…という説がある。
前当主アルドンまではその唯一に対する意識はそれほど強いものではく、ワイズ一門の中でも段々と薄れてゆく性質なのだと認識されていた。
が、アルドンが先祖返りなのかは定かではないが、彼とその息子や娘そして孫たちにも、祖先を彷彿とさせるその性質が色濃く受け継がれたのであった。
ルシアンの体の中にも当然、そのワイズの血が流れている。
そして父が、祖父が伯父が従兄弟たちがそうであるように彼の心の中にもたった一人の人間が存在し続けていた。
だけどまだ17歳と年若いルシアンに、幼い頃から抱くこの感情が“唯一”に対するものなのかが解らない。
なのでルシアンは一番身近な先輩である父親のフェリックスに訊ねてみることにした。
「父さん、少しいい?」
夕食も済ませ、居間の暖炉の傍で読書をするフェリックスにルシアンは声をかけた。
フェリックスは本から顔をあげて息子を見る。
「どうした?」
「ちょっと父さんに訊きたいことがあって」
ルシアンはチラと居間の中を見渡した。
母や妹たちは別室に居るようだ。
「こっちに座ったらどうだ?」
フェリックスは暖炉の傍の一人掛け用の椅子に座るように促した。
「うん」ルシアンはそう言って素直にその椅子に腰を下ろす。
「それで訊きたいこととは?」
今度は言葉を促す父親に、ルシアンは少し逡巡して言う。
「ワイズの唯一についてなんだけど……」
「この人が自分の唯一かもしれない、と思える人に出会ったのか?」
唯一という言葉を出しただけなのに。どうやら父にはお見通しのようだ。
「出会った、のはずっと前かな……」
「その人が自分の唯一なのか、知りたいんだな」
「………うん」
恥ずかしいからと逸らかすのは意味がないと感じたルシアンは素直に頷いた。
そんな息子に父は穏やかな口調で言う。
「恋情を抱いたのが最近だろうがずっと前だろうが、今その人の事で心がいっぱいであるなら、それが答えだよ」
「初恋……イコール唯一、となるの?」
「どうやらその場合が多いようだな。だからなかなか異性に対して心が動かない。父さんの初恋は母さんだから十九歳の時だ。あ、でも年齢は関係ないと思うぞ」
「なるほど……」
息子の様子を見てフェリックスは言った。
「……わかるよ」
「え?」
「その相手が自分の唯一なのかハッキリと解らないという気持ちが」
「……父さんはどうだったの?いつそれが確信に変わったの?」
「いつの間にか、だな」
「いつの間にか?」
「父さんと母さんの出会い方が特殊だったのは、もうメロディさんに聞いて知っているんだろ?」
「うん」
そうなのだ。
ルシアンはすでに父と母の馴れ初めを知っている。
少し前に17歳になった時に、事実を知らない他人から変な事を吹き込まれるよりはとメロディが話してくれたのだ。
魔物の暴走で殺されかけた母を父が救ったこと。
卒業式の夜に薬を盛られ危険な状態だった父を母が救ったこと。
そうして自分が命を授かったこと全てを、メロディが語って聞かせてくれたのだ。
「こんなのは親の口から聞かされたって反応に困るから、身近にいる第三者に聞く方がいいでしょ?」
とニヤニヤと笑いながら。
その時のメロディのニヤけ顔を思い出すルシアンに、フェリックスは言った。
「とにかく母さんのことが忘れられなかったんだ。顔も名前もどこの誰なのか何もわからなかったけど、とにかくまた会いたくて必死になって探した。探すうちにどんどん気持ちは膨らんで、いつしか母さんの事ばかりを考えている自分に気づき、母さんが自分の唯一であると悟った。そしてそれは再会して余計に強く感じたよ」
「強く、熱い想いを感じた……?」
「ああ。そしてとても優しくて温かい気持ちで溢れた。彼女と共に生きていきたい。彼女以外は考えられない。そう心から強く思ったよ」
「そうか……」
正直、そこまでの激しい感情が自分の中にあるのかは解らない。
まぁ父と母とは状況が違うのだ。
だけど優しくて温かい気持ちというのは理解出来た。
それは確かに今、自分の中にある。
「わかったよ。父さん、ありがとう」
ルシアンの中で何かの答えが出たようだ。
ルシアンは自分の心を向き合い、こう思った。
───自分の中で答えが出たのなら、後はその気持ちを大切にするだけだ。
慌てず、焦らず。大切な想いであるからこそ相手の気持ちを尊重したい。
自分はまだ、彼女には異性として意識してもらっていないのだから。
───だからといってただ手をこまねいて側にいるだけのつもりはないけどね。
出来るだけ接点を作り、自分の目の届く範囲に居てもらおう。
だからこそ東方剣術部に誘ったのだ。
そんな物思いに耽る息子に父は言う。
「もちろんその気持ちは今でも変わらない、一生変わらない。というか母さんはどうしてあんなに可愛んだ?幾つになっても初々しくて、かといって大人の女性の芯の強さや気品は年齢と共に磨かれていって……」
「うん……そうだね」
父の母に対する賛辞はルシアンもそう感じている部分があるので同意しておく。
(初々しいというのがわからないが)
すると父は「そうだろうそうだろう」と大きく頷き、さらに母の良いところを並べ立てる。
「美人で優しくて料理上手で思慮深くて懐も深い。聡明で負けん気が強く魔法薬剤師の有資格者ときたもんだ。本当に俺の妻は完璧な女性だな……」
と最後の方はぶつくさとひとり言になっている。
その時、丁度母であるハノンが居間に戻ってきたのでルシアンは「父さん、ありがとう」と礼を言ってから席を立った。
後は母に任せよう。
ルシアンが居間を出る時に後ろから
「フェリックス?何をぶつくさと言っているの?」という母の声が聞こえて、
その後に「改めてハノンの素晴らしさを認識していたんだ」という父の声が耳に届いた。
「……ふっ」
ルシアンは思わず吹き出し、
そして静かに居間の扉を閉めたのであった。
391
あなたにおすすめの小説
嫌われたと思って離れたのに
ラム猫
恋愛
私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。
距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。
私の婚約者でも無いのに、婚約破棄とか何事ですか?
狼狼3
恋愛
「お前のような冷たくて愛想の無い女などと結婚出来るものか。もうお前とは絶交……そして、婚約破棄だ。じゃあな、グラッセマロン。」
「いやいや。私もう結婚してますし、貴方誰ですか?」
「俺を知らないだと………?冗談はよしてくれ。お前の愛するカーナトリエだぞ?」
「知らないですよ。……もしかして、夫の友達ですか?夫が帰ってくるまで家使いますか?……」
「だから、お前の夫が俺だって──」
少しずつ日差しが強くなっている頃。
昼食を作ろうと材料を買いに行こうとしたら、婚約者と名乗る人が居ました。
……誰コイツ。
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました
四折 柊
恋愛
子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)
虐げられていた次期公爵の四歳児の契約母になります!~幼子を幸せにしたいのに、未来の旦那様である王太子が私を溺愛してきます~
八重
恋愛
伯爵令嬢フローラは、公爵令息ディーターの婚約者。
しかし、そんな日々の裏で心を痛めていることが一つあった。
それはディーターの異母弟、四歳のルイトが兄に虐げられていること。
幼い彼を救いたいと思った彼女は、「ある計画」の準備を進めることにする。
それは、ルイトを救い出すための唯一の方法──。
そんな時、フローラはディーターから突然婚約破棄される。
婚約破棄宣言を受けた彼女は「今しかない」と計画を実行した。
彼女の計画、それは自らが代理母となること。
だが、この代理母には国との間で結ばれた「ある契約」が存在して……。
こうして始まったフローラの代理母としての生活。
しかし、ルイトの無邪気な笑顔と可愛さが、フローラの苦労を温かい喜びに変えていく。
さらに、見目麗しいながら策士として有名な第一王子ヴィルが、フローラに興味を持ち始めて……。
ほのぼの心温まる、子育て溺愛ストーリーです。
※ヒロインが序盤くじけがちな部分ありますが、それをバネに強くなります
※「小説家になろう」が先行公開です(第二章開始しました)
【完結】復讐は計画的に~不貞の子を身籠った彼女と殿下の子を身籠った私
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
公爵令嬢であるミリアは、スイッチ国王太子であるウィリアムズ殿下と婚約していた。
10年に及ぶ王太子妃教育も終え、学園卒業と同時に結婚予定であったが、卒業パーティーで婚約破棄を言い渡されてしまう。
婚約者の彼の隣にいたのは、同じ公爵令嬢であるマーガレット様。
その場で、マーガレット様との婚約と、マーガレット様が懐妊したことが公表される。
それだけでも驚くミリアだったが、追い討ちをかけるように不貞の疑いまでかけられてしまいーーーー?
【作者よりみなさまへ】
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です
(完結)あなたの愛は諦めました (全5話)
青空一夏
恋愛
私はライラ・エト伯爵夫人と呼ばれるようになって3年経つ。子供は女の子が一人いる。子育てをナニーに任せっきりにする貴族も多いけれど、私は違う。はじめての子育ては夫と協力してしたかった。けれど、夫のエト伯爵は私の相談には全く乗ってくれない。彼は他人の相談に乗るので忙しいからよ。
これは自分の家庭を顧みず、他人にいい顔だけをしようとする男の末路を描いた作品です。
ショートショートの予定。
ゆるふわ設定。ご都合主義です。タグが増えるかもしれません。
「君との婚約は時間の無駄だった」とエリート魔術師に捨てられた凡人令嬢ですが、彼が必死で探している『古代魔法の唯一の使い手』って、どうやら私
白桃
恋愛
魔力も才能もない「凡人令嬢」フィリア。婚約者の天才魔術師アルトは彼女を見下し、ついに「君は無駄だ」と婚約破棄。失意の中、フィリアは自分に古代魔法の力が宿っていることを知る。時を同じくして、アルトは国を救う鍵となる古代魔法の使い手が、自分が捨てたフィリアだったと気づき後悔に苛まれる。「彼女を見つけ出さねば…!」必死でフィリアを探す元婚約者。果たして彼は、彼女に許されるのか?
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。