恋人が聖女のものになりました

キムラましゅろう

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国王の葬儀

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この国の王が崩御された。

長く患っていた病が悪化した王が公の場から姿を消して久しいが、それでもやはりこの国の君主としてその存在は大きかった。

後継は嫡女である第一王女デルフィータ(42)の即位が決まっていたという。

女王の誕生だ。

新たな君主は先鋭的な思考の持ち主であるらしい。
時代遅れの悪き慣例や慣習を嫌い、意味がなく実態の無いものに人々の心が惑わされているこの国の在り方に、長く疑問を抱かれているそうだ。

そんな女王の即位と共にきっと、執政に新たな風が吹くだろうと言われている。

しかしその前に国葬だ。

新女王として最初の仕事は自身の亡き父王の弔いを国を挙げて執り行う事であった。

そして当然、国葬には国教会も深く携わる事となる。

もちろん聖女ルナリアも例外ではない。

国と教会が定める聖女として王都に赴き、国葬に参列するという。

それには勿論、聖女を守る聖騎士パラディン達も同行するわけで……。


「……十日間も………」

ユラルは昏い気持ちでその事をライル本人から聞いていた。

「それは聖騎士全員が行かなくてはならないものなの?」

「漏れなく全員なんだって。多くの者が参列する中で聖女を守るにはそれでも数が足りないくらいらしくって、他にも数名聖騎士団から派遣されるらしい」

十日。十日間もライルはずっと聖女と行動を共にするという事になる。

今までは朝から夕方まで。
定時上がりのサラリーマンのような職務体制であったからこそ、ライルは聖女の神聖力に耐え得る事が出来ていたのかもしれない。

それがほとんど一日中側にあり、しかも十日間となると……

ーーもう、ダメかもしれない。

それにしても頭に浮かんだ“サラリーマン”って何かしら?と思考の端にそんな事も引っかかるユラルであった。

「いつバレスデンを立つの?」

「明日にはだってさ」

「そう……」

「ユラ、土産は何がいい?」

駄犬の発言にユラルは一瞬耳を疑った。

ーー土産?戻った時にはもう聖女の神聖力に侵されている可能性が高いというのに?

「ユラ、口が開いてるぞ」

「開いた口が塞がらないとはこの事なのね。ライル、あなたこの状況が分かっているの?」

「分かってるよ?さくっと王都に行って土産を買って帰って来るよ」

「……戻って来たら丁度三週間が過ぎる頃ね。執行猶予期間が終わるけど……」

「おう!戻って来たら即男爵に結婚の申し入れをして即婚姻誓約書を提出するからな!」

「………」

ユラルはもう何も言う気になれなかった。

ライルはあくまでも自分はユラルしか好きにならないと思っている。

聖女の神聖力によってそうでなくなるとは考えもしないようだ。

ーー戻った時に全て明らかになる事よ。そして……


これが最後かもしれない。

彼の瞳に自分だけが映るのは。

ユラルはライルの瞳の中の自分を見つめた。
そして………

「ユラ?」

ユラルはつま先立ち、そっとライルの唇に触れ、最後かもしれないキスをした。
触れるだけの優しいキスを。


……まぁ盛りのついた駄犬にそんな事をして、
ついばむだけの微笑ましいキスだけで終わるはずなないのだけれど。



こうしてライルは、

聖女ルナリアと共に王都へと旅立って行った。



◇◇◇◇◇


「ふんっ!ふんっふんぬっ!」



「……ユラちゃん、今日も釘バットの素振りをしているのね……」

「釘バットを振り回して邪念やモヤモヤを打ち払っているそうよ……」

「もう一週間になるものね……不安で堪らないでしょう……」

「……誰か今のライル卿の状況が分かる人はいないの?」

「オクレール枢機卿の忘れ物を届けに屋敷の執事見習いが王都に行ったんでしょう?その時にライル卿の様子を確認して来るようにアマンディーヌ様が命じたらしいのだけれど……」

「ならそろそろその人がバレスデンに戻って来る頃よね?」

「大丈夫だといいんだけど……」

枢機卿夫人友の会の皆が、いつもの会合中にいきなり素振りを始めたユラルを心配して話していた。

手には「ライル卿観察日記」を携えて。

その日記帳には、これまで観察したライルの聖女に対する接し方などが事細やかに書かれている。

例えば、階段の登りと降りで聖騎士の中で誰がルナリアの手を取りエスコートするか……のくじ引きを皆が談話室でしていた時にライルが、
「いやいや、先輩方を差し置いて俺なんかが聖女サマをえすこーとなんて出来ませんて。俺の事はクジから外してくれていいっすよ~」と言っていたとか。

聖女はライルがいつもキリっとしていて凛々しいと評しているのだが、
ユラルを見ている時のライルは目尻の垂れ具合と鼻の下の伸び方が格段にだらしなくなっているだとか。

聖女に呼ばれて駆け足で駆けつける時のスピードが、ユラルを見つけて駆け寄る時のスピードと比べて15秒ほど遅いのだとか。

とにかく細部に渡り、ライルの一挙一動を見逃す事なく記載されているのである。

彼女たちも望んでいるのだ。

誰か一人くらい、この世に聖女に靡かない男がいて欲しいと。

それが聖女に近しければ近しいほど、自分たちの気持ちの在り様が変わってくると、彼女たちは考えている。

夫達が聖女に心を奪われたのは、聖女の神聖力だけが原因ではなく、その力を受け入れてしまう下心が元からあったという事が証明されれば……

彼女たちは気持ちの上でキッパリと夫と離別出来る、そう思っているのだ。

法律上離婚出来ないとしても、夫の事など居ないものとして忘れ去って、こちらも好き勝手生きる……そう踏み切れるきっかけが欲しいのだ。

そうやってどこか自分達夫婦とも重ねてユラルとライルを見守っている会員たち。

だけど願わくば……

ユラルだけはライルと幸せになって欲しい。

誰もがそう思っていた。



そんな中、王都にいる枢機卿の元に使いに出ていた執事見習いが戻って来た。

執事見習いはライルの元にも足を運び、彼の様子を直接見て来てくれたそうだ。

そしてアマンディーヌがその報告を受ける時にユラルも同席させて貰う。

その執事見習いは逡巡しながら言った。

「……ライル卿からはごっそりと表情が抜け落ち、別人のようになっていました。覇気がなく、聖女の言いなり、人形のように無気力で警護に当たっている様子でした……そして……」

ユラルは自分の冷たくなってゆく唇をなんとか動かし、話の続きを促した。

「……そして?」

「ユラル嬢に何かお伝えしましょうかとお訊きしたところ……『俺が甘くみていた、とだけ伝えて欲しい』と……」

「そう、ですか……」

「ユラルさん……」「ユラルちゃん……」

アマンディーヌとロアンヌの気遣う気配を感じる。

「わたしなら大丈夫です。お心遣い、ありがとうございました」

ユラルは二人に笑って告げた。



そう、大丈夫。

分かっていた事だ。

それがやはりそうなっただけ。

結果が変わらなかっただけ。



三日後にはライルは予定通り戻ってくるという。

その日のうちに会って、ライルときちんと別れよう。

ユラルはそう決めたのだった。


































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