恋人が聖女のものになりました

キムラましゅろう

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駄犬、狂犬になる

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その日は朝からよく晴れていた。

前国王の葬儀の為、聖女ルナリアの警護として随行していたライルがバレスデンへ戻って来る日だ。

総本部は聖女を出迎える為に朝から騒然としている。

アマンディーヌも枢機卿夫人としての務めがあり、ユラルもその手伝いとして忙しく振る舞っていた。

バタバタと動き回っていると余計な事を考えずに済んで良い。

ユラルは頭の中を空っぽにしてルナリアが到着する時間までやり過ごした。

やがて刻限となる。

少し前に聖女を乗せた馬車がバレスデン市街に入ったと連絡を受けた。

「そろそろ、ザマスね……」

アマンディーヌが椅子から立ち上がる。
それを合図としたかのようにロアンヌがユラルを気遣いこう告げた。

「ユラルちゃん、無理して出迎えなくていいのよ。ライル卿の様子は私達が見て来るから、貴女は部屋に居たら……?」

その言葉にユラルは返事と共に笑みを返す。

「ありがとうございます。でも大丈夫です。自分の目できちんと見て、現実を受け入れます。まぁもちろん、釘バットで二、三発は殴る所存ですが」

アマンディーヌがユラルの肩を抱いて言った。

「ユラルさん……きっともうすぐ、全てが変わる日が来るザンス。捻じ曲げられ、歪められた想いから解放される時が来るザマスから、少しだけ耐えて欲しいザマス……」

「アマンディーヌ様……」

ユラルにはアマンディーヌの言葉の真意はよく分からなかったが、自分を気遣い勇気付けてくれているのだと思った。

そして聖女ルナリアを出迎える為に、アマンディーヌとロアンヌと共にエントランスへと向かう。

国教会関係者の馬車が次々と到着する。

やがて聖女を乗せた六頭立ての馬車が到着した。

馬車の扉が開き、数名の聖騎士が降りて来る。

そしてライルが他の騎士より後に降りて来た。


ーーライル……!


馬車を降りたライルは直ぐに馬車の出入り口の横に立ち、すっ…と手を差し出す。

そしてその手に白く小さな手が置かれ、聖女ルナリアが馬車から降りて来た。

ライルの手を取り、優しげにライルに微笑みかけている。

ライルは普段の彼からは想像もつかないような無機質な表情で淡々と聖女をエスコートしていた。

やがて聖女を筆頭に、本部の建物に入るべく一向は歩き出す。

ルナリアはアマンディーヌをはじめとする出迎えた皆に言葉掛けをしていた。

ユラルはその他大勢のギャラリーに紛れてその様子を遠く眺めていた。

平気だと言ったものの、やはり間近で聖女の神聖力により変わってしまったライルを見るのは辛い。

だからユラルは他の参拝者や教会勤めの者と一緒に居る事にしたのだ。

遠く離れた場所からライルを見つめる。

王都とバレスデン、物理的な距離は解消されたのにも関わらず、とても遠く隔たりを感じる。

感情が込められていないその瞳はもう、ルナリアしか映していないのだろうか。

ーーライル……

ユラルが大好きだったあの屈託のない笑顔を、もう向けてくれる事はないのだろうか……

目頭がじん…と熱を帯びる。

ーー泣いてはダメ。
こんな日が来ると分かっていて、それでもと執行猶予に同意したのはわたし自身でしょ!

ユラルは自分を叱咤した。

こんな所で、ライルの側で、こんな事の為に泣きたくない。

泣くのを許すのは自室に戻ってからだ。

ユラルは思わず、直ぐ隣に居た者でさえ聞き取れないような小さな声で呟いた。

「しっかりしなさい、ユラル……」と。


その瞬間、ライルがユラルの方を見た。

ぐりんと頭だけをユラルの方に向け、大勢の人間の中に埋もれたユラルを見た。

そして………

「ユラっ!!!」

辺りに響き渡る大きな声でユラルの名を呼んだ。

「………え?」

その途端にライルはもの凄い速度でユラルの元へと駆けつけ、もの凄い力でユラルを抱きしめて来た。

「ちょっ……!?ライルっ!?」

突然の事にユラルは状況が理解出来ない。

離れた所に居るアマンディーヌが驚いた顔をし、ロアンヌが嬉しそうに口元を押さえているのが見えた。

ライルはぎゅうぎゅうとユラルを抱きしめてくる。

「ラ、ライルっ、落ち着いて?みんなが見てるわ。と、とりあえず離してっ……?」

ユラルがライルの腕の中でそう告げると、ライルは切羽詰まった声で言い放った。

「イヤだっ!!俺は深刻なユラル不足で瀕死の状態だったんだぞっ!!ホントに甘く見過ぎていたっ!!十日なんて直ぐだろうと思っていた俺の、自分の甘さを痛感したっ!!!」

間近で大声で告げられ鼓膜が死ぬかと思ったが、それよりも何よりも……

「執事見習いに『甘く見ていた』と言ったのはソレっ!?」

ユラルは驚愕した。


突然自分の元を離れ、他の女を抱きしめるライルの姿を見たルナリアが驚き過ぎて素っ頓狂な声を出す。

「なにっ?ど、どうしたのっ?なぜライルはわたしの元を勝手に離れたのっ?ライル!戻って来なさいっ!」

ルナリアのその声かけにライルはユラルを抱きしめたまま言った。

「うるせぇぞブスっ!!」

ーーちょっ、ライルさん!?

「えっ?あの人今わたくしの事をブスと言った?」

「そんな!あり得ませんっ、絶対に聞き間違えです!」

「そうよね♡わたくしがブスなわけはないものね♡」

「当然でございます!」

「ルナリア様をブス呼ばわりする者がこの世に存在するわけがないっ」

ブスだなんて言われた事がない聖女と、彼女を盲信する聖騎士達が勝手に聞き間違いだと解決してくれた。

ーーいやライルこの人間違いなく聖女あなたをブスと言ってましたけど?

ユラルはライルにがっしりと囲われながら、心の中でツッコミを入れていた。

その瞬間、体の浮遊感を感じる。

「えっ?ぎゃっ!?」

ライルが徐にユラルを横抱きにして歩き出す。

「ちょっとっ?ライルっ?どこに行くのっ?貴方まだ勤務中でしょっ?」

「無理っ!!今すぐユラルを摂取せねば死ぬっ!!イチャイチャ出来る所に行くぞっ!!」

「イチャイチャ出来る所って何処っ!?何処に連れて行く気なのっ!?ライルっ?ライルーーーっ!!」


ーーヤバい。駄犬が狂犬になった!
もしかしてもしかしなくても貞操の危機っ!?


ユラルは必死の抵抗も虚しく、そのままライルにより何処かへと連れて行かれた。


そのあまりにもあり得ない珍事に、逆に呆然として見守るしかなかった人々にアマンディーヌは言った。

パンと手を叩いて、その場を締めるように。

「まぁまぁ!素晴らしい青春でゴザーマスわねっ!!さぁ、久々に会えた恋人同士の邪魔をするような野暮な事をして、プリンの角に頭をぶつけて死ぬのもバカらしいザンスよ!皆さま解散あそばすザマスっ!」

何故か不思議な説得力のあるアマンディーヌの掛け声。

それもそうだな、と誰もがアマンディーヌに従うのも不思議で仕方なかったが、とりあえずは本当に良かった……とロアンヌは胸を撫で下ろした。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



読者サマ皆さま、いつも沢山のエールをありがとうございます!

もう嬉しすぎて嬉しすぎて……

もんどり打ってのたうちまわっている姿を、猫達に「ないわー」という目で見られております☆
それもまた良き……☆ ハァハァ♡

兎にも角にも皆さまにお礼を……!
本当にありがとうございます!












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