恋人が聖女のものになりました

キムラましゅろう

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それぞれの断罪、贖罪、やり直しのはじまり①聖女ルナリア

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聖女ルナリアは柔らかな日が降り注ぐサンルームでお茶を飲んでいた。

「っ熱っ……!」

いつもは程よい飲み易さの温度で淹れられているお茶が今日は灼熱で口の中を火傷してしまう。
おまけに変な香りもする。

ルナリアは辺りを見回して、近くにいた聖女付きの騎士に告げた。

「お茶がとても熱くて飲めないわ、美味しくもないし、淹れ直して頂戴?」

小首を傾げてあざとらしさ満開で騎士を見ると、
その騎士は悍ましいモノを見るような目でルナリアを見ていた。
まるでナメクジ魔獣を見るかのように。

「な、何?」

そんな視線など向けられた事もないルナリアが驚いて騎士に近付く。

するとその騎士は、
「寄るな、醜いバケモノめ」
と言ってルナリアの肩をドンと押した。

ルナリアは後ろに倒れ、尻もちをつく。
そして騎士を仰ぎ見て非難した。

「どうしてこんなひどい事をするのっ?貴方はわたくしの騎士でしょうっ?その大切なわたくしに乱暴するなんて、頭がおかしくなってしまったのかしらっ?」

ルナリアのその言葉を聞き、その騎士は怒りを露わにしてルナリアの胸ぐらを掴み上げた。

「きゃっ……!?」

「頭がおかしいのは貴様だ。よくも俺の精神に土足で入ってくれたなぁ……兄と比べられて両親に愛されなかった俺の隙間に入り込みやがって……おかげで俺はっ…幼い頃から俺を支え、妻になってくれた彼女を突き放して放置したっ……!」

そう言って騎士はルナリアを投げ捨て、その場に崩れ落ちた。

「何故だっ……何故俺は彼女への想いを忘れてしまっていたっ……俺の心は……こんなにも弱く脆いものだったのかっ……」

両手をついて項垂れる騎士の下に、一つ二つと雫が落ちてゆく。

ルナリアは掴まれていた胸元の乱れを治して騎士の側から逃げ去った。

「なによっ、なによあれ、どうして急に態度を変えたのよっ」

小走りで行くルナリアの前に他の騎士達が次々に現れる。

そして皆が、先ほどの騎士と同じように侮蔑の眼差しを向けて来た。

「よく見るとちんちくりんで貧相な女ではないか。こんな女に一瞬でも下心を抱いた所為で俺の人生はメチャクチャだ」

「あの恋心が作られたものだったなんて……」

「心が醜いから顔まで醜くなってますよ?」

「消えろっ!もう俺に近付くなっ!」

騎士達が口を揃えてルナリアを罵倒する。

轟くような怒号も浴びせられ、ルナリアはびくびくしながら彼らから距離をとり後退った。

「ど、どうしたの?みんなどうしたの?どうしてわたくしにゴミを見るような目を向けるの?みんなわたくしに夢中だったじゃない!愛してるって、指先にキスをするしか出来ない崇高な愛が尊いって、言ってくれていたじゃないっ!」


『貴女がそうさせたんザマス』

どこからともなく声が聞こえた。

「え……?何……?」

『貴女が魔力を使って皆の心を操ったんザマスよ』

「べつにいいじゃない、みんなも喜んでいたじゃないっ!」

『そう思うように支配されていたんザマス。それが罪だという事がまだ分からないザマスか……全く、がたいクズザマスね』

「な、な、なによっ……!」

『あ、ちなみにさっき飲んだお茶、使い古した雑巾の絞り汁を入れておいたザマスから』

「なっ……!?ええっ!?……おえっ」

自身の吐瀉物でルナリアの衣装が汚れてしまう。

だけど周りには誰も居らず何もない。

ただ空間だけが広がる虚無の世界が広がっていた。

「ぅうぅ…誰かっ……誰かっ……」


力が無くなれば何も残らない。

力を使わなければ誰も愛してくれない。

誰かいなければ自分では何も出来ない。

今まで自分の側にあったのは、この場所みたいなやかしの世界だったのだ。

ただちょっと、誰もが羨むような暮らしがしたかっただけなのに。

いいなと思った男が誰かのものだっただけなのに。

だから自分の方が好きと言わせたかっただけなのに。


ルナリアの虚栄心の果ては、

こんな何も無い何も残らない世界が広がっているだけだった。

「うっ…、うぅっ……ふっく、ひっく……」

ルナリアはその場に蹲り、涙した。

一頻ひとしきり泣いた後、ふいにまたさっきの声が聞こえた。


『オラ、メソメソあそばしている暇はゴザーマせんわよっ!』

「え……?」

泣きべそをかくルナリアの前に雑巾が一枚べちりと落とされる。

「こ、これは……?」

『今から、ここから端っこまで雑巾ダッシュをするザマス!』

「ぞ、雑巾ダッシュって何!?」

『雑巾がけしながらダッシュする事ザマスわよ』

「ここから端っこまでって、どこに端っこがあるのっ?」

『それは知らないザマス。まぁいつかは突き当たるんじゃないザマスか?』

「そんな無責任なっ、ひどいわ!それに何故わたくしがそんな事をしなくてはならないのっ?」

『それがあーたの贖罪の一つになるからザマス。胡留部さんにお聞きしたところ、この世界では痛みや苦しみ、疲労感という感覚がちゃんとあるのだとか。でも眠る必要はないザマスからずーっと雑巾ダッシュが出来るザマス。良かったザマスわね~』

「い、いや、いやよっそんな事、絶対にしないんだからっ……って、ええ?な、なぜ体が勝手に動き出すのっ?いやよ、そんな汚い雑巾なんて触りたくないわっ!いや!やめて!雑巾ダッシュなんてやりたくない!」

ルナリアの懇願虚しく、無情にも体は勝手に雑巾ダッシュの姿勢となる。

『では始めるザマスよ!せいぜいこの無限の空間を拭き清めて、自身の虚栄心や醜い心も綺麗に清めるが良いザマス!そしてムッキムキのマッチョになるが良いザマス!全てが終わって目覚めたら、その後の事はまたワタクシが考えて上げるザマスから、まぁ頑張る事ザマスわね。あ、ちなみに雑巾ダッシュをしている間にも様々な嫌がらせが入るらしいザマスからその対応も頑張るザマス。それにしてもこの嫌がらせのバリエーションの多さ……胡留部さんはなかなかに厭らしい性格をしてるザマスわね……』

「うわーん!誰か助けてぇーーっ!!」

聖女もへったくれもない素のままの声でルナリアは嘆いた。

『もう誰も貴女の言いなりにはなりませんザマスよっ!自分一人の力で頑張るザマス!ホレはいスタートザマスっ!!』


どこかで東方の国の銅鑼ドラが鳴る。
それと同時に、勝手にルナリアの足が動き出した。

「えっきゃっイヤぁぁぁ…!!」

止まりたくてもやめたくても足が止まらない。

途中バランスを崩して転んでも直ぐさま勝手に体が起き上がり、雑巾ダッシュを続行した。

「もうイヤっ!イヤだってば!!やめて!助けてぇぇ……!!」

やがて泣きべそをかきながら雑巾ダッシュで駆けて行くルナリアの姿が、遠く遥か彼方に消えて行った。



こうやってルナリアは現実世界の時間で約ひと月、精神世界で自身が力を使い始めてから今日こんにちに至るまでの四年間、様々な陰湿な嫌がらせや自身が蔑ろにしてきた人間からの罵倒、そして自身が操り我がものにしてきた人物からの蔑みを受け続けた。

もちろん、雑巾ダッシュを強制的にさせられながら。

そしてようやく術が解かれ、ルナリアが悪夢から目が覚めた時、

彼女の体は女傭兵さながらの筋肉美溢れる肉体へと改造されていたそうだ。

儚げな美貌の乙女、廃業のお知らせであった。


しかし変わったのは肉体だけではなかった。

精神世界で四年間、精神世界そこに存在していたザマス夫人により散々な目に遭って来たルナリアは、「ザマス」という語尾のアマンディーヌを神と崇め、彼女の言う事ならなんでも従順に従うようになったのだった。


そして今は、残された正当な神聖力で以前のように人々の病や怪我に治癒を施し、孤児院や救護院など救いの手が必要な場所へは進んで赴いた。
そして実に様々な活動をして援助をしたのだった。

その姿こそが真の聖女。

そう。彼女はようやく、聖女と呼ぶに相応しい存在となれたのだった。


……ムキムキマッチョだけれども。











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