公爵令嬢クラリスの矜持

福嶋莉佳

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第3話 

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侍女マリアは、クラリスの深紅の髪に結ばれたリボンを整える。

「お嬢様、今日も本当にお綺麗です♡」

マリアはうっとりとした表情で、まじまじとクラリスを見つめる。

クラリスは鏡越しに目を細め、軽く顎を上げた。

「うふふ……ありがとう。
 あなたの手つきが良いから、余計に映えるのよ」

マリアは頬を染め、指先を胸元で揃える。

「お嬢様は何をお召しになっても似合いますから……選ぶ私まで楽しくなってしまって。
 あ、そういえば——例の仕立て屋のお洋服、どうされます?」

クラリスは椅子から振り向き、扇を軽く伏せた。

「そうね……チャリティーにでも出しておいてちょうだい」

「かしこまりました♡ でも……あのお店、本当に“バカ”でしたよねぇ~」

クラリスはわずかに眉を上げる。

「バカだなんて、口にしたら駄目よ。
 自分の品位を下げる行為よ」

マリアはしゅんと肩を落とし、すぐに小さく頷いた。

「……はい。申し訳ございません」

クラリスは扇を閉じ、ゆるやかな笑みを浮かべた。

「愚かで、哀れなお店……でしょう?」

マリアはほっと微笑み返す。

「……はい」



《ラ・プルミエール》。
クラリスが幼き頃から通ってきた、王都でも指折りの仕立て屋。

扉を開けた瞬間、
店主エレーヌが、まるで見知らぬ客でも見るような目を向けてきた。

「……いらっしゃいませ、エルヴァン公爵令嬢。
 本日は……どのようなご用件で?」

(……急によそよそしくなったわね)

クラリスは一歩進み、穏やかに微笑んだ。

「新作を見せていただこうと思いまして」

エレーヌは手元の帳簿をわざとらしく閉じ、視線を逸らした。 

「申し訳ございません、“王太子妃殿下”のご注文で手が離せませんの。
 それに、こちらの布は——あら、お手を触れずに。
 高貴な方専用でして」

(……は? わたくしが“高貴ではない”とでも?)

クラリスは扇をゆるやかに開き、口角を上げた。目は笑っていない。

「あら……では、“高貴な方”の定義を、ぜひ教えてくださるかしら?」

エレーヌの喉がひくりと動いた。
クラリスは一歩踏み出し、扇の先で軽く布をなぞる。

「それに、この店——
 いつから、馴染みの客を蔑ろにするようになったのかしら。
 “流行りの派閥”で態度を変えるようでは……
 随分と落ちぶれたものね」

扇がぱちん、と小さく鳴った。
その音だけで、店の空気が一瞬凍る。

「かつては“王都一の仕立て”とも誇れた店だったのに。
 ……本当に、残念だわ」

その時、店の奥から甲高い声が響いた。

「まあ、クラリス様? あら、まだいらしたの?」

金糸のドレスをきらびやかに揺らして現れたのは、
新興貴族リズベット。
彼女の装いは、まさにこの《ラ・プルミエール》で仕立てたばかりの新作だった。
一見豪奢だが、近くで見れば縫い目は歪み、裾の重ねも甘い。

(よ、よくこんな酷いドレスを着られるものね……)

リズベットはわざとらしい笑みを浮かべ、
店主エレーヌの腕に親しげに手を添えた。

「こちらのお店、今は王太子妃殿下のご用達なんですの。
 だからもう、“お立場の変わられた方”には
 少し敷居が高いのではなくて?」

店内に小さな笑いが広がる。

(おそらく、新興貴族に取り繕うために旧貴族筋の職人を切ったのね。
 けれど、その結果がこれ……)

クラリスは、心底気の毒そうにリズベットを見つめた。
その瞳に、見下しよりも哀れみの色が混じる。

「……その縫い目、粗いわね。
 それを“ご用達”と呼ぶなら——
 王太子妃殿下もお気の毒だわ」

リズベットの頬が引き攣り、エレーヌの顔色が蒼白に変わる。

クラリスは苦笑ともため息ともつかぬ息をこぼし、扇を静かに閉じた。

「お忙しいご様子ですから、今日はこれで失礼いたします。
 そして——さようなら。
 二度と来ることはないでしょう」

紅い裾が、絹音を立てて揺れる。
店を出る直前、クラリスは振り返らずに言葉を落とした。

「仕立て屋としての志を失った店に、
 もはや用はありませんから」

扉が閉まる音だけが、店に残った。





マリアは紅茶を注ぎながら、頬をゆるめた。

「あの日、帰ってからのお嬢様……本当にすごかったです。
 元《プルミエール》の職人たちを、あっという間に集めちゃうんですもの」

クラリスはカップを傾け、紅茶の香りを楽しんだ。

「あら、あのお店が先に職人を切ってくれたおかげで、
 余計な手間が省けたのよ」

「……たしかに♡」

マリアは感嘆まじりに笑う。

「そして王都にお店を――“お嬢様サロン”を出すだなんて、
 誰も予想してませんでしたわ」

クラリスは軽く扇を揺らし、まるで些事を振り払うように笑った。 

「王太子の違約金の使い道、ちょうど考えていたのよね。
 あれくらいの額なら、店一つくらい簡単に建てられるもの」

マリアがうっとりと両手を合わせる。

「しかも……お嬢様ご自身がモデルになられるなんて♡
 まるで絵画が動いているみたいで、皆息を呑んでましたわ」

クラリスは肩をすくめた。

「皆美しい物に惹かれ、憧れるでしょう?」

マリアは陶然と頷いた。

「ええ、本当に……お嬢様が着られて王都の流行が変わりましたもの♡」

クラリスはカップを置き、紅茶の表面を眺めながら静かに呟く。

「一流の者が、一流の物を着る。
 それだけで十分よ。――ねぇ、マリア」

「はい、お嬢様♡」

陽光が窓辺に差し込み、
クラリスのドレスの縫い目が、陽光を受けて静かに光を返した。

しばし沈黙が流れる。
クラリスはふと、何気ない調子で言った。

「そういえば――あのお店、どうなったのかしらね」

「もちろん、潰れました♡」

クラリスは少しだけ眉を下げ、
扇をそっと口元に寄せた。

「そう……」

沈黙が落ちる。
その声には、ほんのわずかに残念そうな響きがあった。

(わたくしのお店が繁盛しているのを、
 惨めな顔で見てほしかったのに……早く沈みすぎ)
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