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雨
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「私はねえ、雨が降ると嬉しかったんだ」
たぬきが懐かしそうに言った。
「あめ?」
「あんた、雨も、覚えてないのかい!?」
驚いたように、たぬきが声をあげる。
「いえ……、わかるような、わからないような……」
「雨ってのはね、天が落としてくる水のことだよ」
「天がおとす水? それって、どれくらい?」
「そんなことは、だれにもわからないさ。天の気分次第だからねえ。ちょっぴりの時もあれば、一気に落とすこともある。山に住んでいた時、寝床が流されたこともあったねえ」
たぬきの言葉が、何かひっかかった。
なんだか覚えのあるような……。
「まあ、私は運よく逃げのびたんだけどね。山に住んでいると、大雨の時は、いつだって生きるか死ぬかの瀬戸際さ」
「なら、なんで、雨がふったら嬉しかったんですか……?」
「私はねえ、雨が降ったあとの天を見上げるのが楽しみでね。運がいいと、すごくきれいなものが見られるんだよ」
「すごくきれいなもの?」
「ああ、そうさ。あんたにも見せてやりたいねえ。いくつもの色が仲良くひっついて、天にならぶんだ。それも、なだらかな山のてっぺんみたいな形でね」
「なだらかな山のてっぺん……?」
「そうか。あんたには、わかりにくい、たとえだったかね? うーん、そうだねえ……、あっ、私の目をみてごらんよ。この笑ってるような目を」
あらためて、たぬきの宿っている仏像の笑ったような目を見た。
なんか、ほっとする。
「いいな……」
自然と言葉がこぼれた。
「おっ! うれしいこと言ってくれるね。私も、この目は、特に気に入ってるのさ。ほってくれたお坊さんの、優しい心がこもってるからねえ」
たぬきは自慢げに言った。
「わかるような気がします」
「そうだろうとも。つまり、私の目みたいな形をしていて、いくつもの色がならぶ、とってもきれいなものを見せてくれるってことさ、天は。気まぐれだけどね。そんな天を、山に住むものは恐れてたいたが、私は大好きだった。いつか、また、見てみたいねえ……」
たぬきはしみじみと言った。
◇ ◇ ◇
たぬきとの会話は楽しかった。
が、まだ、自分のことは何もわからない。
自分がなんなのか、考えれば考えるほど、まわりとの境がわからなくなった。
今にも自分がとけて、消えてしまいそうで、怖い。
思わず、たぬきをまねて、自分のことを「わたし」と口にだしてみる。
すると、不思議なことに、ぼやぼやとした何もないところに、手でつかむ何かができた気がした。
まわりに溶けてしまいそうな自分が、「わたし」でつなぎとめられるような何かが……。
それから、自分のことを「わたし」ということにした。
それだけで、自分が何者なのか、わかってるみたいな気もしてくる。
だから、あわてなくても、きっと、わたしはわたしを思いだせる。
そう思えるようになった。
そんなある日、見知らぬ男が訪ねてきた。
男は、わたしを見たとたん、驚いたような目をした。そして、長い時間をかけて、じっくりとわたしを見続けた。
そして、やっと離れて行ったと思ったら、この寺のお坊さんを連れて戻って来た。
「この地蔵菩薩は、相当古い時代のものです。かなり価値があるものと思われます。是非、うちで管理させてもらえませんか?」
興奮気味に話す男の言葉を聞いて、何とも言えない不安がよぎった。
たぬきが懐かしそうに言った。
「あめ?」
「あんた、雨も、覚えてないのかい!?」
驚いたように、たぬきが声をあげる。
「いえ……、わかるような、わからないような……」
「雨ってのはね、天が落としてくる水のことだよ」
「天がおとす水? それって、どれくらい?」
「そんなことは、だれにもわからないさ。天の気分次第だからねえ。ちょっぴりの時もあれば、一気に落とすこともある。山に住んでいた時、寝床が流されたこともあったねえ」
たぬきの言葉が、何かひっかかった。
なんだか覚えのあるような……。
「まあ、私は運よく逃げのびたんだけどね。山に住んでいると、大雨の時は、いつだって生きるか死ぬかの瀬戸際さ」
「なら、なんで、雨がふったら嬉しかったんですか……?」
「私はねえ、雨が降ったあとの天を見上げるのが楽しみでね。運がいいと、すごくきれいなものが見られるんだよ」
「すごくきれいなもの?」
「ああ、そうさ。あんたにも見せてやりたいねえ。いくつもの色が仲良くひっついて、天にならぶんだ。それも、なだらかな山のてっぺんみたいな形でね」
「なだらかな山のてっぺん……?」
「そうか。あんたには、わかりにくい、たとえだったかね? うーん、そうだねえ……、あっ、私の目をみてごらんよ。この笑ってるような目を」
あらためて、たぬきの宿っている仏像の笑ったような目を見た。
なんか、ほっとする。
「いいな……」
自然と言葉がこぼれた。
「おっ! うれしいこと言ってくれるね。私も、この目は、特に気に入ってるのさ。ほってくれたお坊さんの、優しい心がこもってるからねえ」
たぬきは自慢げに言った。
「わかるような気がします」
「そうだろうとも。つまり、私の目みたいな形をしていて、いくつもの色がならぶ、とってもきれいなものを見せてくれるってことさ、天は。気まぐれだけどね。そんな天を、山に住むものは恐れてたいたが、私は大好きだった。いつか、また、見てみたいねえ……」
たぬきはしみじみと言った。
◇ ◇ ◇
たぬきとの会話は楽しかった。
が、まだ、自分のことは何もわからない。
自分がなんなのか、考えれば考えるほど、まわりとの境がわからなくなった。
今にも自分がとけて、消えてしまいそうで、怖い。
思わず、たぬきをまねて、自分のことを「わたし」と口にだしてみる。
すると、不思議なことに、ぼやぼやとした何もないところに、手でつかむ何かができた気がした。
まわりに溶けてしまいそうな自分が、「わたし」でつなぎとめられるような何かが……。
それから、自分のことを「わたし」ということにした。
それだけで、自分が何者なのか、わかってるみたいな気もしてくる。
だから、あわてなくても、きっと、わたしはわたしを思いだせる。
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そして、やっと離れて行ったと思ったら、この寺のお坊さんを連れて戻って来た。
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興奮気味に話す男の言葉を聞いて、何とも言えない不安がよぎった。
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