(完結) わたし

水無月あん

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わたし

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不安は的中し、たぬきと別れる日がやってきた。

「これから、あんたがどこに行くのか、私にはわからない。でも、あんたがどこにいたって、あんたの頭のずーっと上には、天がひろがっているんだよ。天は気まぐれだが、今も昔も、どこにいたって、天は天。つまり、あんたの姿がどう変わろうが、どこへ行こうが、天はあんたを見ているし、知っている。だから、大丈夫さ。きっと、天が何か教えてくれるよ。だから、天にむかって願ってみたらどうだい」

「なにを…?」

「もちろん、あんたが、自分のことを思い出せるようにだよ!」

「わたしに、できるでしょうか…?」

「ちょっと、あんた! やる前から、不安になってどうする?! 強く願えば、絶対叶うから。あきらめるんじゃないよ!」



その後、わたしは、何かにいれられたようで、またもや何も見えなくなった。
そして、また、まわりが見えるようになった時、見たこともない部屋にいた。
まわりの人間の言葉を注意深く聞いていると、どうやら、「博物館」という建物につれてこられたらしい。

まわりに意識を向けてみると、色々な仏像がいくつも見える。透明の箱にはいっているものもいる。
話しかけてみた。しかし、声は聞こえない。

たぬきの言っていたことを思い出すと、つまり、居場所が違う存在なのか、あるいは、宿っていたものが消えてしまって、からっぽの仏像なのか…。
わたしには、わからない。

どの仏像とも会話できない日々。人間たちもくるが、ただ見るだけで、ほとんどしゃべらない。静かな時間が流れるだけだ。
わたしは、外側にひっぱられて、これ以上ぼんやりしないよう、ひたすら、たぬきの話を思い出していた。

そんななか、一人の老人が、部屋にやってきた。
わたしの前で、足をとめ、わたしをじーっと見つめた後、手をあわせた。

そして、ぼそぼそと何かを話しはじめた。
耳をすましてみる。

「私のひいおばあさんは、若い頃、庄屋さんの屋敷に奉公しておりました。その頃、恐ろしいはやり病がひろまって、屋敷の方たちは、残念ながら助からなかったそうです。しかし、ひいおばあさんだけは、うつらず、助かった。ひいおばあさんは、そのお屋敷で、毎日、地蔵菩薩様のおられる部屋を掃除していたため、助けてもらったのだと信じておりました。この話を、私は幼い頃に、ひいおばあさんから聞いたのですが、すっかり忘れておりました。しかし、地蔵菩薩様のお顔を見たとたん、思いだしたのです」

…知っている。

とっさにそう思った。わたしの中に、沈み込んでいた何かが、浮かんできている気がする。
もう少しで、何か、思い出せそうだ…。

老人は、再び口を開いた。わたしは、一言も聞き洩らさないよう、更に耳をすます。

「だから、お礼を言わせてください。私のひいおばあさんを助けてくださって、ありがとうございました。おかげで、今、私はここにいます。苦難も多かったですが、今、振り返れば、おもしろい人生でした。生まれてこられて、本当に良かった…。そう言えば、ひいおばあさんを助けてくださった地蔵菩薩様は、もともと、山のほこらにいたところを屋敷に連れてこられたそうです。こんなことを思うのはおかしなことかもしれませんが、地蔵菩薩様も、とても古いお姿のようにお見受けします。人間の勝手な都合で、色々なところをまわり、ここにたどり着いたことでしょう。どうぞ、これからは、地蔵菩薩様の望むことが叶いますように。それが、私の願いです」
そう言うと、わたしの顔をじっと見て、ゆっくりと手をあわせたあと、去っていった。

わたしの望むこと…。
願っても、叶う時がくるのだろうか…?

そう思った瞬間、たぬきの明るい声が頭の中に響いた。

(強く願えば、絶対、叶うから。あきらめるんじゃないよ!)

とたんに、気持ちが、ふわりと楽になる。

そうだ。狸の言うとおり、強く願ってみよう。
わたしが本当のわたしを思いだせるように。


(完)



読みづらいところも多かったことと思いますが、読んでくださった方、本当にありがとうございます!
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