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37. 空振りもたまにはいい(礼司side)
しおりを挟む川のせせらぎが遠くに聞こえる、静かな夜だった。旅館の寝室には、二組並べて敷かれた布団。
浴衣姿のまま布団に入った静香は、ほんのりと頬を染めて毛布を首元まで引き上げている。
「……静香」
小さく名前を呼んでも返事はない。隣に寝転がりながら、肩越しに眠る彼女を見つめた。
(……そういえば)
ふと、頭の片隅をかすめる記憶があった。
(確かこの辺りに、如月の病院があったはずだ)
高校時代の同級生――如月は、気まぐれで軽薄そうに見えるが、非常に頭が良い。家業でもある整形外科医としての腕は確かだと、人伝いに聞いている。
学生時代から女好きで、常に噂は絶えなかった。ある時奴の方から話しかけてきて、それから親しくなったのだが――お互いに忙しく、最後に会ったのは三年前、同窓会の場だった。
(SNSで時々流れてくる関係で動向は知っているが……懐かしいな……)
そう思ったのは、静香の頬をそっと撫でたとき。
長旅で疲れた身体、慣れない旅先。何かあってもすぐに対応できるようにと、自分でも無意識に彼女を守る手段を探していたのかも知れない。
――守りたい。この柔らかな呼吸も、揺れる睫毛も、すべてを。
「ん……んんぅ」
静香の寝ぼけた声に思わず吹き出す。
湯上がりにももう一杯追加で飲んだ梅酒のせいか、彼女はすでに深い深い夢の中にいるようだった。
胸の前で両手をそっと揃え、長い睫毛を伏せた横顔は、どこまでも穏やかで、安らかで。
その寝息があまりにも愛しくて、言葉にならない想いを胸の奥でそっと抱きしめた。
(俺に尽くしたい……だなんて。可愛過ぎるだろ、まったく)
今夜何かあると強く期待していたわけじゃない――そう自分に言い聞かせながらも、ほんの少し、心のどこかで『もしかして』と思っていたのだ。
「どうしようもないな……」
一度口にした果実の美味さが忘れられず、また一つ、また一つと貪るのをやめられないかのように、渇望が喉をせり上がってくる。
そんな自分に苦笑を浮かべながら、そっと彼女の髪を撫でた。静香はくすぐったそうに眉を顰めたけれど、起きる気配はない。
「……いい夢見られるといいな」
それだけ囁いて、静香の額に静かに口付ける。
今夜はこのぬくもりを隣で感じられるだけで充分だと、自分に言い聞かせながら。
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