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第九話 仮面の下の微笑
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紅茶を傾けながら、アメリアが問いかける。
「ミス・フェリシア。貴女は、どちらのご出身でしたか?」
「えっ……ええと、地方の商人の家でして……
学はありませんけれど、礼儀作法などは自分で勉強を……」
「……驚くほど、完璧に振る舞われていますのね。
お菓子の食べ方、お辞儀の角度、カップの持ち方――
まるで、礼儀作法の教科書から抜け出したよう」
「……そ、それは……っ」
フェリシアの微笑みは崩れなかったが、指先がほんのわずかに震えた。
その肌は、彫像のように滑らかで、完璧すぎるほど整っている。
なのに、笑顔の奥の瞳だけは――なぜか温度がなかった。
だが、セドリックはそんなことには全く気づかず、にこやかに茶を注いでいる。
「なあ父上、どう? リシェルとは違って、ちゃんと“可愛げ”があるだろう?
リシェルはね、礼儀は完璧だったけど、なんというか……
君みたいに“従順で可憐”って感じじゃなかったからさ!」
その言葉に、フェリシアがぴくりと肩を震わせ、頬を染めて俯いた。
「お、お前……その言い方は……さすがに……いや……」
王は口を開いたが、途中で諦めて頭を抱えた。
「……だめだ、このままでは国より先に、わしの胃が崩壊する……」
ひとつ呻いてから、ひじ掛けの小皿に手を伸ばす。
無言でピーナッツをつまみ、ポリッと噛む。
それはもはや“祈り”ではなく、“現実逃避”だった。
王の胃のことなど露ほども気づかず、セドリックはご機嫌に茶を注いでいる。
……新婚夫婦ごっこでもしているつもりなのだろう。
彼の脳内には、祝福の鐘と花吹雪しか存在していないに違いない。
(これは……まるで“魅了”にかかったみたいに重症ね。
呆れを通り越して、可哀想なほど……)
ふと、ティーカップの“カチリ”という音に気づき、アメリアは視線を上げた。
サロンの一角、壁際に静かに控えていた黒の燕尾服の男――
クラウスが、無表情に紅茶の給仕を終えたところだった。
彼の瞳は伏せられていたが、注意深く全員の仕草を観察しているのは明らかだった。
「クラウス。……どうかしましたか?」
自分のカップに淹れ終えたタイミングを見計らい、そっと声をかける。
「恐れながら……空気が乾いておりますので、今一度、調整いたします」
そう言ったあと、アメリアだけに聞こえるよう小声で続けた。
「後ほど、記録院へ参ります」
「ええ、お任せしますわ」
クラウスは一礼すると、無言で窓辺に近付く。
窓を少しだけ開き、レースの裾に指をかけ、ゆっくりとカーテンを動かした。
その動作一つさえ、音を立てない完璧な礼法。
だが――彼の目はその一瞬だけ、フェリシアに向けられた。
光が彼女の白磁のような顔に差し込むその刹那の、わずかな瞳の動き。
ほんの一秒にも満たない。
だが、その瞬間だけで、彼にとってはすべてを測るには十分だった。
仮面の下で、小さく微笑む。
敵意でも、興味でもない。
そこにあったのは、ただ“観察”と“警戒”。
盤面に紛れ込んだ異物――
崩れる前に見つけておくべき、“狂い”。
仮面の下の微笑は、薄氷の上を歩く者が、
自分だけが“その音”を聞いているときに浮かべるものだった。
「ミス・フェリシア。貴女は、どちらのご出身でしたか?」
「えっ……ええと、地方の商人の家でして……
学はありませんけれど、礼儀作法などは自分で勉強を……」
「……驚くほど、完璧に振る舞われていますのね。
お菓子の食べ方、お辞儀の角度、カップの持ち方――
まるで、礼儀作法の教科書から抜け出したよう」
「……そ、それは……っ」
フェリシアの微笑みは崩れなかったが、指先がほんのわずかに震えた。
その肌は、彫像のように滑らかで、完璧すぎるほど整っている。
なのに、笑顔の奥の瞳だけは――なぜか温度がなかった。
だが、セドリックはそんなことには全く気づかず、にこやかに茶を注いでいる。
「なあ父上、どう? リシェルとは違って、ちゃんと“可愛げ”があるだろう?
リシェルはね、礼儀は完璧だったけど、なんというか……
君みたいに“従順で可憐”って感じじゃなかったからさ!」
その言葉に、フェリシアがぴくりと肩を震わせ、頬を染めて俯いた。
「お、お前……その言い方は……さすがに……いや……」
王は口を開いたが、途中で諦めて頭を抱えた。
「……だめだ、このままでは国より先に、わしの胃が崩壊する……」
ひとつ呻いてから、ひじ掛けの小皿に手を伸ばす。
無言でピーナッツをつまみ、ポリッと噛む。
それはもはや“祈り”ではなく、“現実逃避”だった。
王の胃のことなど露ほども気づかず、セドリックはご機嫌に茶を注いでいる。
……新婚夫婦ごっこでもしているつもりなのだろう。
彼の脳内には、祝福の鐘と花吹雪しか存在していないに違いない。
(これは……まるで“魅了”にかかったみたいに重症ね。
呆れを通り越して、可哀想なほど……)
ふと、ティーカップの“カチリ”という音に気づき、アメリアは視線を上げた。
サロンの一角、壁際に静かに控えていた黒の燕尾服の男――
クラウスが、無表情に紅茶の給仕を終えたところだった。
彼の瞳は伏せられていたが、注意深く全員の仕草を観察しているのは明らかだった。
「クラウス。……どうかしましたか?」
自分のカップに淹れ終えたタイミングを見計らい、そっと声をかける。
「恐れながら……空気が乾いておりますので、今一度、調整いたします」
そう言ったあと、アメリアだけに聞こえるよう小声で続けた。
「後ほど、記録院へ参ります」
「ええ、お任せしますわ」
クラウスは一礼すると、無言で窓辺に近付く。
窓を少しだけ開き、レースの裾に指をかけ、ゆっくりとカーテンを動かした。
その動作一つさえ、音を立てない完璧な礼法。
だが――彼の目はその一瞬だけ、フェリシアに向けられた。
光が彼女の白磁のような顔に差し込むその刹那の、わずかな瞳の動き。
ほんの一秒にも満たない。
だが、その瞬間だけで、彼にとってはすべてを測るには十分だった。
仮面の下で、小さく微笑む。
敵意でも、興味でもない。
そこにあったのは、ただ“観察”と“警戒”。
盤面に紛れ込んだ異物――
崩れる前に見つけておくべき、“狂い”。
仮面の下の微笑は、薄氷の上を歩く者が、
自分だけが“その音”を聞いているときに浮かべるものだった。
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