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第十二話 正しい祝い方をいたしましょう
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沈黙の中、アメリアはまっすぐにリシェルを見つめていた。
リシェルは無言で、カップの縁を親指でなぞった。
もう揺れはなかったが、完全な無感情でもない。
「……“本当の役割”とは、いかなる意味でございましょう?
父母ならば何かを知っていたかも知れませんが、あいにく……」
「なるほど……。では、質問を変えましょう。
あなたの執事、クラウス。
王宮付きでもないあなたの屋敷に、あれほどの男が仕える理由を、お考えになったことは?」
リシェルの表情が、初めて動いた。
それは疑問とも、わずかな驚きとも取れるかすかな揺れ。
「…………」
「彼は、ただの執事ではありません。
――わたくしの知る限り、王宮でも極めて限られた者しか任されぬ類の“影の仕事”を、彼は成し遂げてきました」
リシェルは少し考えるように目を伏せ、
一度だけまぶたの裏で、過去に交わしたクラウスとの会話を反すうした。
わずかに口元をほころばせ、静かに言葉を置く。
「……わたくしは、ただ父から預かった家を守るだけの者です。
クラウスも、それに従ってくれている。それだけのことにすぎませんわ。」
「それが真実であるなら、なおのこと。
――彼があなたに従う理由を、彼自身が知っているのかもしれませんわね」
アメリアは柔らかく笑う。
けれど、その笑みの奥は剣より鋭い。
「最後に一つ。……あの“フェリシア”という娘。あなたはどう思われます?」
リシェルはカップに手を添え、しばしその表面を見つめていた。
その琥珀色の波紋に、心のどこかがざらりと乱された気がして――
それを言葉にするまで、わずかに間が空いた。
「彼女は――美しい方ですわ。よく磨かれた宝石のように。
……でも、市井の原石とは思えない、冷たい手触りを感じました」
「同感ですわ。――ええ、“よく磨かれた”という表現。気に入りました」
ふたりの視線が合う。
それは意思の確認。むしろ――共謀の一歩手前。
「先日、王宮のサロンに彼女をお迎えしましたが……。
落ち着き過ぎていました。緊張もなく、所作は完璧すぎる。
一般庶民が王家を前にしてあれほど自然に振る舞えるものか……。
……その違和感を、あなたと共有したい。それが今日の本題ですわ」
リシェルはひと呼吸おいて視線を落とし、
そして、ごく穏やかな微笑みを浮かべて――答えた。
「……でしたら、王女殿下。今後とも、お見知りおきくださいますよう、お願い申し上げますわ」
「喜んで。もし“そのとき”が来たなら、共に“正しい祝い方”をいたしましょう――」
アメリアはカップを傾け、紅茶を一口含む。
その中で揺れた琥珀色は、静かに燃える“烽火”のようだった。
熱はなくとも、確かに戦の始まりを告げていた。
リシェルは無言で、カップの縁を親指でなぞった。
もう揺れはなかったが、完全な無感情でもない。
「……“本当の役割”とは、いかなる意味でございましょう?
父母ならば何かを知っていたかも知れませんが、あいにく……」
「なるほど……。では、質問を変えましょう。
あなたの執事、クラウス。
王宮付きでもないあなたの屋敷に、あれほどの男が仕える理由を、お考えになったことは?」
リシェルの表情が、初めて動いた。
それは疑問とも、わずかな驚きとも取れるかすかな揺れ。
「…………」
「彼は、ただの執事ではありません。
――わたくしの知る限り、王宮でも極めて限られた者しか任されぬ類の“影の仕事”を、彼は成し遂げてきました」
リシェルは少し考えるように目を伏せ、
一度だけまぶたの裏で、過去に交わしたクラウスとの会話を反すうした。
わずかに口元をほころばせ、静かに言葉を置く。
「……わたくしは、ただ父から預かった家を守るだけの者です。
クラウスも、それに従ってくれている。それだけのことにすぎませんわ。」
「それが真実であるなら、なおのこと。
――彼があなたに従う理由を、彼自身が知っているのかもしれませんわね」
アメリアは柔らかく笑う。
けれど、その笑みの奥は剣より鋭い。
「最後に一つ。……あの“フェリシア”という娘。あなたはどう思われます?」
リシェルはカップに手を添え、しばしその表面を見つめていた。
その琥珀色の波紋に、心のどこかがざらりと乱された気がして――
それを言葉にするまで、わずかに間が空いた。
「彼女は――美しい方ですわ。よく磨かれた宝石のように。
……でも、市井の原石とは思えない、冷たい手触りを感じました」
「同感ですわ。――ええ、“よく磨かれた”という表現。気に入りました」
ふたりの視線が合う。
それは意思の確認。むしろ――共謀の一歩手前。
「先日、王宮のサロンに彼女をお迎えしましたが……。
落ち着き過ぎていました。緊張もなく、所作は完璧すぎる。
一般庶民が王家を前にしてあれほど自然に振る舞えるものか……。
……その違和感を、あなたと共有したい。それが今日の本題ですわ」
リシェルはひと呼吸おいて視線を落とし、
そして、ごく穏やかな微笑みを浮かべて――答えた。
「……でしたら、王女殿下。今後とも、お見知りおきくださいますよう、お願い申し上げますわ」
「喜んで。もし“そのとき”が来たなら、共に“正しい祝い方”をいたしましょう――」
アメリアはカップを傾け、紅茶を一口含む。
その中で揺れた琥珀色は、静かに燃える“烽火”のようだった。
熱はなくとも、確かに戦の始まりを告げていた。
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