【完結】婚約破棄に祝砲を。あら、殿下ったらもうご結婚なさるのね? では、祝辞代わりに花嫁ごと吹き飛ばしに伺いますわ。

猫屋敷むぎ

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第十一話 探り合いのティーカップ

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「王女殿下が……ご訪問、ですの?」

侍女の報告に、手の中のカップがわずかに止まった。

リシェル・クレイモアは、静かに本を伏せて顔を上げた。
手元にはまだ香気が残っていたが、もう一口も飲む気にはなれなかった。

王女からの予告なき訪問など、貴族の儀礼上ありえない――それが宮廷の常識。
にもかかわらず、アメリアは『ただ一人で』――護衛も従者も屋敷の外に残してやってきたという。

――これはただの“社交”ではない。

クレイモア家は王国でも有数の公爵家。
あのようなことがあった以上、国王派からの離脱を懸念されているのかもしれない。

王女は、こちらの「覚悟」と「立場」を測りに来た、と考えるべきだろう。

「すぐに客間を整えて。粗相のないように……お迎えしましょう」

「はいっ」

指示を受けた侍女たちが、軽く裾を翻しながら動き出す。
客間の窓が開け放たれ、薔薇の香りが静かに漂った。

リシェルは鏡台の前に立ち、すでに整っていた髪に手をやる。
白磁のような肌に、ほんのわずか緊張の影が落ちた。

「……やはり、この件、静かには終わらないのね」

わずかに独り言のように呟く。

まもなく、王女アメリアが現れた。
王族にしては控えめな訪問着。薄青に金糸がほのかに走る――華美ではなく“品”が先に立つ装いだった。

「ご機嫌よう、リシェル嬢。突然の訪問、失礼いたしますわ」

「とんでもございません。ようこそ、我が家へ。ご来訪、光栄に存じますわ」

形式的な言葉の応酬。
だが、二人の目だけは、それぞれの“探り”を隠そうとしなかった。

琥珀色の液体が注がれ、カップに淡い波紋が広がる。
ひと口、ふた口と無難な話題が続く中、やがてアメリアがカップをそっと置いた。
金の縁が小さく鳴った音に、空気が変わる。

「……単刀直入に申し上げますと、今日は私的な訪問ですの」

「私的でございますか?」

「ええ。あなたに、個人的に――敬意を表しに参りましたの。
 一人の女性としても……あなたの態度に胸を打たれましたのよ」

リシェルは、わずかに目を細めた。
褒め言葉というには、あまりに静かで、重い響きだった。

(……なるほど。
 この方が、“王族としての器”を見せるつもりなら、確かにこれ以上ない手だわ)

「あの場で、怒ることも泣くこともなく、最後まで『公女』として言葉を選ばれた――
 それだけで、王家の一員として心から感謝したいと思っておりますの。
 ……ええ、愚弟には、わたくし自身も皮肉のひとつでも投げたいところでしたから……」

若くして公女の立場を担うこととなりはや五年――
貴族や王族の言葉を真正面から受け取るほど、幼くも愚かでもない。
けれど、それでも――少しだけ、心がほどけるのを感じた。

湯気の向こうにあるその瞳が、ほんのわずか、やわらかく見えた気がして。

(少なくとも、敵ではない……ということですのね)

アメリアはカップを持ち上げ、紅茶を一口含むと続けた。

「――それと、いくつか。あなたに伺いたいことがございます」

リシェルは姿勢を変えずに返す。

「……わたくしが、何か?」

アメリアは一拍置き、唇をわずかに結んだ。
その仕草だけで、室内の空気が静かに沈む。

濃い静寂の中、アメリアの瞳に映る自分の輪郭が、リシェルにはやけに鮮やかに感じられた。

「あなたは……。
 クレイモア家の、“本当の役割”をご存知で?」

アメリアが静かに、しかし真っ直ぐに放った質問に、リシェルはかすかに視線を落とした。
だがすぐに、何事もなかったように紅茶に口をつける。

そのとき、カップの縁が一度だけ、音もなく震えた。
その揺れが答え――アメリアは黙って受け取った。
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