傲慢な伯爵は追い出した妻に愛を乞う

ノルジャン

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2 お腹の子ども

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 漆黒の闇から目を覚ますと、私はベッドに横たわっていた。お医者様とクリスティーナが心配そうに私をうかがう顔が見える。

「気がつきましたかプロミネンス伯爵夫人」

「奥様……!」

 ぽろぽろと涙をこぼすクリスティーナがいる。

 すぐ近くにいるはずの、お医者様の声とクリスティーナの声が遠くの方で聞こえた。階段から落ちてあちこちぶつけたせいで、三半規管がおかしくなっているのかもしれない。

 体の節々が痛んで体が思うように動かせない。起き上がろうと体を起こそうとするけれど、上手くいかずにただ上半身を痛めただけだった。

「私は、うぅ……っ」

「奥様! 横になってくださいませ」

 頭もキンキンと痛んで仕方がない。クリスティーナに優しく押さえつけられて、少しだけ上げていた頭をまた枕に戻された。

「私は、……一体……」

 そうだ、ランドルフと言い合って、それから足がもつれて階段から落ちたのだ。頭痛のする頭で段々と状況が掴めてきた。気づいた時、サァーッと血の気が失せていった。私はお腹を押さえた。

「私の赤ちゃんは?!」

 まだお腹がぽっこりとしていることがわかって少しだけ安心した。けれどまだお腹にいる子が無事かはそれだけではわからない。

「安心してください夫人、お腹の子は無事です」

「よかった……」

 お医者様がそう言ってくれて、やっと私は安心できた。ホッと胸のつかえが取れて、大きくなってきたお腹を撫で下ろす。
 落ち着いたことで、体の力も抜けた。胎動も感じられることができ、ポコポコとお腹の中で動いているのが実感できた。

 私は手をお腹に当ててずっと撫でた。

 命が私の中で生き残っていてくれたことに、私は泣き出してしまいそうだった。

「ランドルフはどこ?」

「外で待たせておりますよ」

 クリスティーナが答えたが、彼女の表情に陰りが見えた。私はそれを見て落ち着かない気持ちにさせられた。

 早くランドルフに知らせなくては。お腹も子も、私も無事だったと。
 そして抱きしめてもらうのだ。この子と一緒に。力強い腕の中にいれば、落ち着かない自分の気持ちも落ち着いてくるはずだから。
 
「クリスティーナ、ランドルフを呼んできてくれる?」

「……」

 彼女に頼んだのに、なぜか彼女は黙ったまま動かない。いつもだったら「はい、奥様」と、私のお願いを心よく引き受けてくれるのに。

「クリスティーナ?」

 険しい表情でクリスティーナは口を開いた。

「奥様、旦那様の元にいては危険です」

「何を言っているのクリスティーナ」

「旦那様の様子は尋常ではございません。このままでは、お腹の子どもに良くない影響を与えます」

 子どもに良くない影響と言われてドキリとした。思わずお腹を両手で庇う。

「そ、そんなこと……」

 最後まで言い切れず言葉に詰まった。あるわけがない、とは言い切れない自分がいたのだ。
 ランドルフのあの怒りように、危険を感じてしまっていたことも事実だったからだ。
 
 それをクリスティーナに見透かされて私は怖くなった。
 まさかランドルフが我が子に対して危険な存在になるだなんて、思いもよらなかったからだ。

「だ、大丈夫よクリスティーナ、心配しすぎだわ。だって私たちは……」

「奥様、お腹の子のためにも、この屋敷を出て旦那様と離縁なさいませ」

「クリスティーナ!」

 私はクリスティーナを非難するように声を上げた。そんなことできるはずがない。私は夫のランドルフを深く愛している。

 そして、ランドルフも私を愛してくれている。

 この子は2人の愛の結晶なのだ。それなのに、彼と別れるだなんてできるはずがない。彼と子どもを離れさせるだなんて、家族をバラバラになんてしてはいけない。

 彼の弟のアガトンと不貞を犯した事実などない。
 言われのない侮辱でしかなかった。
 出ていくなんて、そんな事実があったと、隠したい何かがアガトンと私にあったと言っているように見えるではないか。

「離縁だなんてそんなこと、できないわ」

「奥様がアガトン様や、他のどの方とも不貞を犯していないことは私が一番よく知っています。旦那様がいらっしゃる時は旦那様は奥様のそばを肩時も離れることはありませんでしたし、旦那様がいない時は私がいつもそばにおりました」

「もちろんよ。私が浮気だなんてそんなことできないことはランドルフだってわかっているわ」

 彼は目の前が見えなくなっているだけだ。少し時間を置けば、すぐにわかってくれるはず。

 
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