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12 戻ってきてくれ
しおりを挟む「ランドルフ、どうしてここにいるの」
「迎えにきたんだ」
ぎこちなく笑うランドルフの顔は痩せこけて、いつも自信満々の目は虚ろになっている。けれども瞳の奥は熱く燃えているのを感じた。
「迎えにって、私たちはもう離縁したはずでしょ」
「まだ離縁状を提出していない。離縁は成立していない。俺たちは夫婦だ」
「そんなこと今さら言われても困るわ」
「俺たちは永遠の約束をした。神に誓っただろう?」
なぜ今になって、ランドルフは現れたのだ。なぜこのタイミングで!
「出て行けとあなたも言ったじゃない」
「俺が間違っていた。不貞の事実などない、嘘だったとアガトンから聞いたよ」
真っ黒なハットを脱いで胸元に手を置く。
「君のことを信じきれなかった。俺が全て悪かったんだ」
ランドルフから謝罪の言葉を聞く日が来るとは思わなかった。あの日の怒りようは相当なものだったからだ。私が何を言ってもとりつく島もなく、誤解を解くことはもうすでに諦めていた。
そしてアガトンの復讐について説明された。誤解だった、俺が悪かったなどと。
でもいまさら謝られたところで私の気持ちは変わらない。
「もう遅いわランドルフ」
「君を愛しているんだ」
「全てが遅すぎたのよ」
「君の、俺たちの子どもも失ってしまった。これ以上俺は何も失いたくない」
ぎくり、と肩が揺れた。
ランドルフはまだ知らないのだ。私が彼に内緒で彼の子を産んだことを。
もし、あの時の子どもが生きていると知ったら彼はどうするのだろう。
不安しかなかった。
「もう帰って。私は戻らないわ。あの頃には戻れないの」
彼の大きな体をドアの向こう側に押し戻そうと、硬い腹筋あたりを両手で押した。私の力じゃ彼の巨体を押し出すことなんて出来るはずないけれど、ランドルフの体はいとも簡単に引いて行った。
あなただけを愛していた2人の関係にはもう戻れないわ。守るべき存在がいる。私には愛する娘がいる。
「俺にチャンスをくれないか」
ランドルフは私に懇願する。欲しいものは自らの努力と力で手に入れてきたランドルフが、私であっても誰かにお願いをしてきたことに驚いた。
「帰ってちょうだい」
「戻ってきて欲しいんだ。一度だけでいい。チャンスが欲しい」
ランドルフは縋るような目で彼の体を押していた私の手を取った。きゅっと掴む力は、強引ではなく、私でも降り解けるほどの力加減だった。
彼に触れられた手がびくりと反応した。この手に翻弄され、激しく熱く触れられた夜を思い出してしまい、捨てたと思っていた彼への思いに火がつきそうになる。
振り解かなければと思うのに動けなくなった。
「今日のところは帰ってくださいませんか」
今まで私たちのやりとりをずっと見守っていたケビンがランドルフに向かってはっきりと言い切った。
私はハッとした。今自分がどこにいるかを忘れていたからだ。ケビンがいることも私の頭からすっかりと抜け落ちていた。
握られた手を動かすと、簡単にランドルフは離れて行く。それを少し残念に思う自分がいた。
だが次に、ケビンの存在を知ったランドルフに何を言われるのだろうと恐ろしくなった。
「君は?」
「この大学で教授をしています。ケビン・トンプソンといいます。物理学者です」
「そうか。私は、ランドルフ・プロミネンスだ」
「伯爵様ですよね」
「ああ、そうだ」
「申し訳ないですが、彼女も突然のことで動揺していますし、また日を改めてくださいませんか?」
「君は彼女のなんだ?」
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