『今日も平和に暮らしたいだけなのに、スキルが増えていく主婦です』

118話『偶然のリンクと、社内トラブルの思わぬ突破口』

　月曜日の朝。雄一は珍しく早めに家を出た。

　「今日、ちょっと早く行かないといけなくて。プロジェクトの報告会が前倒しになったんだ」

　「うん、がんばってね。……あ、プリン入ってるから、夜甘いものほしくなったら食べて！」

　「了解。それ、俺の分ね？」

　「もちろん♪」

　いつも通りの会話だったはずなのに――
　雄一の胸の奥には、わずかな違和感が渦巻いていた。

　

　会社では、今ある“プロジェクト”の進行がうまくいっていなかった。

　海外との連携、新規取引先との契約書の調整、社内でも緊張感が高まっている。

　「田仲さん、先週の件ですが、まだ正式な返答がないみたいで……」

　「うちの条件が厳しすぎるんじゃないかって社内でも噂になってます。下手すれば、取引中止も……」

　重苦しい空気が漂う会議室。
　営業部、法務、そしてプロジェクトチームの間で温度差が生まれていた。

　

　その日の昼休み。
　雄一はぼんやりとスマホをいじりながら、自販機の缶コーヒーを片手に屋上へ向かっていた。

　（はぁ……麻衣みたいに、“誰かの気持ちが色で分かる”とか、そういう力が少しでもあればな……）

　そんなことを考えた瞬間だった。

　《スキル共鳴反応を検出：近距離・非アクティブ共鳴》
　《共有スキルデータにより、参考情報を抽出中……》

　え、スマホが勝手に光ってる！？
　びっくりして見下ろすと、麻衣のスキルアプリが、なぜか雄一の端末にも同期していた。

　（これ……もしかして、前に“連携許可”みたいなの押したから？）

　

　画面に浮かび上がったのは、契約先企業の担当者――“高瀬”という人物の名前と、
　その人物が抱える“内心の不安”らしき情報だった。

　>【共鳴補助メモ】
　> ・契約書第3項に関する誤解の可能性あり
　> ・「社内承認待ち」との説明は建前。実は前提資料が抜けている
　> ・「前回の食事会での印象が良かった」と個人的に信頼している様子

　「え……これ、めちゃくちゃ重要じゃないか？」

　

　雄一は急いで社内に戻ると、関連資料を確認し、法務部へ駆け込んだ。

　「第3項の内容、こっちの意図がうまく伝わってない可能性があります。先方が欲しいのは“保証の明文化”じゃなくて、“納期の具体的なロードマップ”です！」

　驚いたように見上げた法務部長がうなる。

　「……それ、どうして分かったんだ？」

　「ちょっと、知り合いからヒントをもらって……」

　

　結果、雄一の提案で資料を一部改訂。
　先方の不安を解消するような形で再送したところ、翌日には即座に「好意的な返答」が届いた。

　「おかげで、プロジェクト進行が再開できそうです」

　「田仲くん、ナイス判断だったね！」

　

　夜、自宅。

　雄一は、帰宅後に食卓でカレーを食べながら、ふと呟いた。

　「なあ、麻衣。……この前の“スキル共鳴”ってさ、実は俺にも影響あるのかな」

　「えっ、なにかあった？」

　「今日、スマホに変な通知が来てさ……それが、すごいヒントになったんだ。おかげで、契約話がうまくいったよ」

　麻衣は一瞬驚いて、それからぽつりと笑った。

　「もしかして……“ゆるやかな共鳴”の効果かも。私のスキルが、そばにいる人にも影響を与えることがあるみたいなの」

　「うわ、それすごすぎない？　勝手に発動してるってこと？」

　「……うん。でも、きっと“必要なとき”だけ反応してるんだと思う」

　

　そして夜。

　麻衣のスマホには、またひとつ通知が届いていた。

　《共鳴スキル“ゆるやかな共鳴”が深化しました》
　《新効果：近親者への感情共有（限定的）》
　《スキル名変化：“共鳴の環”》

　「……え、環？　つながりが“円”になるってこと……？」

　微笑みながら麻衣は、そっと家族のいるリビングを見渡した。

　みんながいて、自分がいる。
　スキルは、いつの間にか“自分のため”じゃなくなっていたのかもしれない。


---