28 / 30
あなたの正しい時間になりたい
正体
しおりを挟む
1205号室に入るなり狂ったようにキスをする。
「ん…理緋都…」
「澪緒」
ジャケットを脱ぎ捨てベルトを床に放りベッドになだれこむ。
澪緒が最後にシャツを脱ぎかけたところで待ちきれない柏木が仰向けの澪緒の脚の間に割って入ってきた。
脳のリミッターが切れたようにお互いを貪り合う。会いたかった。触れたかった。それを懸命に愛撫で伝え合う。
「理緋都」
澪緒は焦点の合わない目でうわごとのように柏木の名を呼ぶ。
脱ぎかけのシャツはすでに汗や体液でところどころ肌が透けて見える。
理性と自我が剥がれ落ちていく。
「澪緒、いいか」
「う、ん。……っ!」
澪緒の中に柏木が侵入してきた。
砂漠のように枯れ果てていた体に突然与えられた癒しの雨に澪緒の体は盛大に歓喜した。
のけ反って声も出ないくらいの快感。
理緋都。
理緋都。
「ずっと会いたかった」
「澪緒…」
悦びで頬と唇を赤く染める澪緒とは裏腹に柏木はこの行為に没頭しながらもどこか悲しげだった。
「理緋都、んっ…無理して、ない?」
「…俺もずっと、ずっと、こうしたかった」
「ホントに?」
「余計なことを考えるな」
柏木が一度、ガン!と澪緒の奥まで突いた。
澪緒は盛大に喘ぎ柏木に身を任せる。
それは制御不可能な車に乗っている恐怖に近かった。
止められない。
自分でからやめることなどできない。
「愛してる、澪緒」
故障して大破しない限り、理緋都への想いを止めることなど、できない。
一度目が終わって二人でシャワーを浴びる。
揃いのバスローブを着てベッドの上でようやく一息ついた。
「本当に来てくれたからびっくりした」
「新作発表会か?かなり迷った。俺が来ることでこの発表会が台無しにならないかと」
「なるわけない!どうしてそんなこと考えるんだ。俺がどれだけ泣いたか分かってるのか?」
「泣いてくれたのか」
柏木が澪緒のイヤーカフスに触れた。
「当然だろ!俺の愛をなんだと思ってるんだ。それに、聞きたいことが山ほどある」
柏木は観念したようにうつむく。なにから切り出そうか迷うように何度か口を開きかけたが何も言えないまま閉じる。
しばらくそれが続きホテルの全館空調の音だけが部屋にわずかに響く。
柏木は窓際にあった一人がけのチェアを澪緒の寝るベッドのギリギリまで近づけて鞄から煙草を取り出し着火した。
「聞きたいこと。部屋とメッセージか」
柏木の口から出たその言葉が澪緒の中でトラウマを呼び起こすトリガーのように響く。澪緒はベッドに横になったままシーツにくるまる。
「ショックだった。正直に教えてほしい、なんでも受け止めるから。お前が身分詐称してても、企業スパイでも、犯罪者でも構わない。そうだ、発表会が終わったら言おうと思ってたんだ。俺はお前を愛してる。お前の、恋人としてそばにいたい」
澪緒の言葉を受けて柏木があからさまに無理やり笑顔を作った。
自分の心に反することはしなかった柏木の笑顔に澪緒が違和感を抱いた。振られたのかと一瞬思ったがそれとも違うようだ。
「澪緒、犯罪者と付き合うのはよろしくない」
「犯罪者…なのか?」
柏木は自分を断罪するような表情を浮かべキツく目を閉じ上を向いた。またそのまま数秒停止して決心したように目を開ける。
「こんなに辛くなったのは…初めてなんだ」
柏木の鋭い瞳から涙が流れた。
澪緒は思いもよらない展開に驚く。びっくりしすぎて起き上がり柏木の目の前で正座をする。
「どうした?辛いのか?やっぱり俺が嫌なのか?」
「違う」
柏木の厚い唇があからさまに震えてる。さすがにただならぬ状況であることが澪緒にも理解できた。柏木の左手を両手握る。
「どういうことだ?理緋都、教えてくれ。犯罪者でいい。ホラ、よく獄中結婚とかあるじゃないか」
「澪緒」
柏木は煙草を灰皿で揉み消す。
床に膝をつき正座する澪緒の太腿に顔を埋める。
「俺を許してくれ」
「は?」
「許してくれ、澪緒」
「理緋都…許す。お前を許す。許すからどんな犯罪やらかしたのか教えてくれ」
「愛してる」
「俺だって愛してる!」
澪緒の胸がいよいよざわつく。必死に柏木の広い背中をさする。
「大丈夫だ。心配することはなにもない。オールOKだから付き合おう。もう家と既読スルーなんてどうでもいい」
「澪緒…安全な場所にいろ。そろそろ奴が来る時間だ」
「は…?」
その言葉を待ち構えていたように部屋のチャイムが鳴った。
柏木がバスローブで乱暴に涙をぬぐい立ち上がった。
「理緋都」
「お前はここにいろ」
「なに言って…」
柏木がドアを開ける音がした。
しばらくして姿を現したのは副島だった。先ほどのスーツとネクタイをしたまま。
澪緒は思わず前が全開だったバスローブを隠すようにシーツを引き上げた。恐怖で声も出なかった。どうして?なんで副島さんがここに来るんだ?奥さんは?
そしてなんで柏木は副島を追い払わずこの部屋に迎え入れる?
「随分派手にやったな」
副島は床に散らかったままのスーツを見てあからさまに下衆な笑みを口元に浮かべた。
副島が話し始めるとふわっとアルコールの香りが漂った。
先ほど配られた白ワインではない。もっと重厚な香りだ。澪緒と柏木は飲んでいない。
これはーー副島が酒を飲んでる。しかも、相当な量を。
副島から好戦的な空気を感じた。
「理緋都、逃げろ!」
澪緒が急いで叫んだが遅かった。
副島の拳が柏木の頬にヒットした。ゆっくり後退る柏木。澪緒の膝は恐怖で震えたがどうにか柏木に駆け寄る。
「澪緒!そこをどけ!」
副島に怒鳴られ条件反射で澪緒の体が強張る。
「柏木…お前はよくも人の可愛い飼い猫に手を出しやがって!」
そう吐き捨ててもう一度柏木を殴る。さらにもう一度。柏木は何故か抵抗せずされるがままだった。
ぱっと火花のようなものが散ったかと思った。その火花がベッドに落下すると、白いシーツの上に真っ赤な血飛沫。
柏木の口と鼻から出たものだった。
「副島さん、やめてください!」
強張ってる場合じゃない。しかし目の前で繰り広げられる暴力に全身が震え、ワンテンポ遅れたようにしか体が動かない。
何度も殴られた衝撃でベッドに手をついて座る柏木に澪緒が抱きつく。
「澪緒、どけ!」
副島の命令を聞きそうになるが必死に自分を奮い立たせる。
「理緋都、どうして」
「お前が危ない。そこをどくんだ。ちなみにここのホテル代は払ってあるから安心しろ」
「は?こんな時になに言ってんだ!」
澪緒の腕の中の柏木はこんな時でも一切隙がなく美しかった。
柏木はゆっくり立ち上がり床に放っていた自分のスーツから手帳らしきものを取り出し、ゆっくり振り向いた。
その手帳をかざす。
ドラマの中でしか見たことがなかった警察手帳。
「公安だ。副島崇史、公務執行妨害の罪で現行犯逮捕する」
は?
公安?
副島さんが逮捕?
なんの冗談?
澪緒は想定外の事象に、眼前の状況を漫画のように見ていた。
しかし副島は一気に歳をとったように全身から力が抜けその場にうずくまった。
「こんなやり方をして…マトモな死に方できると思うなよ!」
「詳しいことは後で聞く。罪を償うんだな」
「俺は必要悪だ!」
「正当化するな!お前だって罪の意識があったからいつまでも正気を保つため澁澤澪緒に執着してたんだろう!」
「澪緒…澪緒」
床を這いずって副島が澪緒の足元に擦り寄る。
「ヒッ」
感じたことのない恐怖に柏木に抱きつく。
「副島!澁澤から離れろ!」
「澪緒…澪緒、お前、減刑嘆願してくれよ。お前にはいい思いさせてきただろう?俺といて幸せだっただろう?」
「感謝はしてますが…幸せだったことはありません…」
あれだけ好きだったはずなのに、いまはどうしてずっとこの人の支配下にいたんだと澪緒は思う。
「嘘だ!柏木に洗脳されたな?」
「洗脳してたのはお前だろう、副島!」
「澪緒、俺の言うことを聞け!!」
突然激昂して副島が怒鳴る。
ドアから一般人じゃない鋭い目をしたスーツ姿の中年男性が入ってきた。
この世の終わりのような副島の空気。
どうして?
なにが起こってる?
副島さんが罪を犯したのか?
柏木がゆっくり近づいてきて乱れた澪緒のバスローブを整えた。整え終わるとゆっくり顔を上げた。
背後には、中年男性に両脇を挟まれ部屋を出ていく副島。
「澁澤澪緒、協力に感謝する」
「なんの冗談?」
「これを突破口に有川デザインオフィスの不正を暴く」
「はぁ?!いくら愛してても冗談で言っていいことと悪いことが…」
しかし澪緒は口をつぐんだ。先ほど澪緒に許しを乞う柏木の姿が脳裏に浮かんだからだ。
柏木は鞄から包みを取り出し絶句する澪緒が座るベッドにそっと置いた。
「なにこれ?」
「300万だ」
「……」
「細かい説明は省くが 不倫の時効は3年または20年の2種類ある」
「……」
「澁澤澪緒、これからは真っ当に生きろ。確かにお前の抱える寂しさは特殊だが、人間必ずなにかしらの孤独を抱えて生きている」
「…20年経ったら、必ず返す…」
もっと言いたいことはあるはずなのに、今の澪緒にはそんなことしか思い浮かばなかった。
「いらない。その時には俺はこの世にいないだろう」
「どうして!」
「…有川デザインオフィスでお前と働けたことは、数少ない俺の幸せな思い出だ。だから今日は、なにがあっても来たかった。来れてよかった」
澪緒の目から涙が溢れた。
それが別れの言葉であることは、さすがの自分でも理解できたからだ。
「理緋都」
「ん?」
とても慈愛に満ちた、鋭い瞳。
やっぱりこの男は有川デザインオフィスで働くような規模の男ではなかった。
「なんでウィークリーマンションにしたんだ?」
「いつ何時、命を狙われるか分からないからだ。俺の自宅を特定してる団体がいるかもしれない。一般人のお前を危険に晒すわけにはいかない」
「…っ、既読スルーは?」
「有川デザインオフィスで働いてる時限定のアカウントだ。退職した時に、アカウント削除した」
「潜入捜査してたってこと?」
「俺の上司が有川社長にお前の会社で不正が行われてると脅…伝えるとすんなりOKしてくれた」
「よく社長がOKしたな?」
「社長自身が罪を暴くことを望んだ」
「理緋都」
「ん?」
「付き合って」
柏木は困ったように笑って、それから澪緒の額にキスした。
「ありがとう。これで本当にさよならだ、澁澤澪緒」
「ん…理緋都…」
「澪緒」
ジャケットを脱ぎ捨てベルトを床に放りベッドになだれこむ。
澪緒が最後にシャツを脱ぎかけたところで待ちきれない柏木が仰向けの澪緒の脚の間に割って入ってきた。
脳のリミッターが切れたようにお互いを貪り合う。会いたかった。触れたかった。それを懸命に愛撫で伝え合う。
「理緋都」
澪緒は焦点の合わない目でうわごとのように柏木の名を呼ぶ。
脱ぎかけのシャツはすでに汗や体液でところどころ肌が透けて見える。
理性と自我が剥がれ落ちていく。
「澪緒、いいか」
「う、ん。……っ!」
澪緒の中に柏木が侵入してきた。
砂漠のように枯れ果てていた体に突然与えられた癒しの雨に澪緒の体は盛大に歓喜した。
のけ反って声も出ないくらいの快感。
理緋都。
理緋都。
「ずっと会いたかった」
「澪緒…」
悦びで頬と唇を赤く染める澪緒とは裏腹に柏木はこの行為に没頭しながらもどこか悲しげだった。
「理緋都、んっ…無理して、ない?」
「…俺もずっと、ずっと、こうしたかった」
「ホントに?」
「余計なことを考えるな」
柏木が一度、ガン!と澪緒の奥まで突いた。
澪緒は盛大に喘ぎ柏木に身を任せる。
それは制御不可能な車に乗っている恐怖に近かった。
止められない。
自分でからやめることなどできない。
「愛してる、澪緒」
故障して大破しない限り、理緋都への想いを止めることなど、できない。
一度目が終わって二人でシャワーを浴びる。
揃いのバスローブを着てベッドの上でようやく一息ついた。
「本当に来てくれたからびっくりした」
「新作発表会か?かなり迷った。俺が来ることでこの発表会が台無しにならないかと」
「なるわけない!どうしてそんなこと考えるんだ。俺がどれだけ泣いたか分かってるのか?」
「泣いてくれたのか」
柏木が澪緒のイヤーカフスに触れた。
「当然だろ!俺の愛をなんだと思ってるんだ。それに、聞きたいことが山ほどある」
柏木は観念したようにうつむく。なにから切り出そうか迷うように何度か口を開きかけたが何も言えないまま閉じる。
しばらくそれが続きホテルの全館空調の音だけが部屋にわずかに響く。
柏木は窓際にあった一人がけのチェアを澪緒の寝るベッドのギリギリまで近づけて鞄から煙草を取り出し着火した。
「聞きたいこと。部屋とメッセージか」
柏木の口から出たその言葉が澪緒の中でトラウマを呼び起こすトリガーのように響く。澪緒はベッドに横になったままシーツにくるまる。
「ショックだった。正直に教えてほしい、なんでも受け止めるから。お前が身分詐称してても、企業スパイでも、犯罪者でも構わない。そうだ、発表会が終わったら言おうと思ってたんだ。俺はお前を愛してる。お前の、恋人としてそばにいたい」
澪緒の言葉を受けて柏木があからさまに無理やり笑顔を作った。
自分の心に反することはしなかった柏木の笑顔に澪緒が違和感を抱いた。振られたのかと一瞬思ったがそれとも違うようだ。
「澪緒、犯罪者と付き合うのはよろしくない」
「犯罪者…なのか?」
柏木は自分を断罪するような表情を浮かべキツく目を閉じ上を向いた。またそのまま数秒停止して決心したように目を開ける。
「こんなに辛くなったのは…初めてなんだ」
柏木の鋭い瞳から涙が流れた。
澪緒は思いもよらない展開に驚く。びっくりしすぎて起き上がり柏木の目の前で正座をする。
「どうした?辛いのか?やっぱり俺が嫌なのか?」
「違う」
柏木の厚い唇があからさまに震えてる。さすがにただならぬ状況であることが澪緒にも理解できた。柏木の左手を両手握る。
「どういうことだ?理緋都、教えてくれ。犯罪者でいい。ホラ、よく獄中結婚とかあるじゃないか」
「澪緒」
柏木は煙草を灰皿で揉み消す。
床に膝をつき正座する澪緒の太腿に顔を埋める。
「俺を許してくれ」
「は?」
「許してくれ、澪緒」
「理緋都…許す。お前を許す。許すからどんな犯罪やらかしたのか教えてくれ」
「愛してる」
「俺だって愛してる!」
澪緒の胸がいよいよざわつく。必死に柏木の広い背中をさする。
「大丈夫だ。心配することはなにもない。オールOKだから付き合おう。もう家と既読スルーなんてどうでもいい」
「澪緒…安全な場所にいろ。そろそろ奴が来る時間だ」
「は…?」
その言葉を待ち構えていたように部屋のチャイムが鳴った。
柏木がバスローブで乱暴に涙をぬぐい立ち上がった。
「理緋都」
「お前はここにいろ」
「なに言って…」
柏木がドアを開ける音がした。
しばらくして姿を現したのは副島だった。先ほどのスーツとネクタイをしたまま。
澪緒は思わず前が全開だったバスローブを隠すようにシーツを引き上げた。恐怖で声も出なかった。どうして?なんで副島さんがここに来るんだ?奥さんは?
そしてなんで柏木は副島を追い払わずこの部屋に迎え入れる?
「随分派手にやったな」
副島は床に散らかったままのスーツを見てあからさまに下衆な笑みを口元に浮かべた。
副島が話し始めるとふわっとアルコールの香りが漂った。
先ほど配られた白ワインではない。もっと重厚な香りだ。澪緒と柏木は飲んでいない。
これはーー副島が酒を飲んでる。しかも、相当な量を。
副島から好戦的な空気を感じた。
「理緋都、逃げろ!」
澪緒が急いで叫んだが遅かった。
副島の拳が柏木の頬にヒットした。ゆっくり後退る柏木。澪緒の膝は恐怖で震えたがどうにか柏木に駆け寄る。
「澪緒!そこをどけ!」
副島に怒鳴られ条件反射で澪緒の体が強張る。
「柏木…お前はよくも人の可愛い飼い猫に手を出しやがって!」
そう吐き捨ててもう一度柏木を殴る。さらにもう一度。柏木は何故か抵抗せずされるがままだった。
ぱっと火花のようなものが散ったかと思った。その火花がベッドに落下すると、白いシーツの上に真っ赤な血飛沫。
柏木の口と鼻から出たものだった。
「副島さん、やめてください!」
強張ってる場合じゃない。しかし目の前で繰り広げられる暴力に全身が震え、ワンテンポ遅れたようにしか体が動かない。
何度も殴られた衝撃でベッドに手をついて座る柏木に澪緒が抱きつく。
「澪緒、どけ!」
副島の命令を聞きそうになるが必死に自分を奮い立たせる。
「理緋都、どうして」
「お前が危ない。そこをどくんだ。ちなみにここのホテル代は払ってあるから安心しろ」
「は?こんな時になに言ってんだ!」
澪緒の腕の中の柏木はこんな時でも一切隙がなく美しかった。
柏木はゆっくり立ち上がり床に放っていた自分のスーツから手帳らしきものを取り出し、ゆっくり振り向いた。
その手帳をかざす。
ドラマの中でしか見たことがなかった警察手帳。
「公安だ。副島崇史、公務執行妨害の罪で現行犯逮捕する」
は?
公安?
副島さんが逮捕?
なんの冗談?
澪緒は想定外の事象に、眼前の状況を漫画のように見ていた。
しかし副島は一気に歳をとったように全身から力が抜けその場にうずくまった。
「こんなやり方をして…マトモな死に方できると思うなよ!」
「詳しいことは後で聞く。罪を償うんだな」
「俺は必要悪だ!」
「正当化するな!お前だって罪の意識があったからいつまでも正気を保つため澁澤澪緒に執着してたんだろう!」
「澪緒…澪緒」
床を這いずって副島が澪緒の足元に擦り寄る。
「ヒッ」
感じたことのない恐怖に柏木に抱きつく。
「副島!澁澤から離れろ!」
「澪緒…澪緒、お前、減刑嘆願してくれよ。お前にはいい思いさせてきただろう?俺といて幸せだっただろう?」
「感謝はしてますが…幸せだったことはありません…」
あれだけ好きだったはずなのに、いまはどうしてずっとこの人の支配下にいたんだと澪緒は思う。
「嘘だ!柏木に洗脳されたな?」
「洗脳してたのはお前だろう、副島!」
「澪緒、俺の言うことを聞け!!」
突然激昂して副島が怒鳴る。
ドアから一般人じゃない鋭い目をしたスーツ姿の中年男性が入ってきた。
この世の終わりのような副島の空気。
どうして?
なにが起こってる?
副島さんが罪を犯したのか?
柏木がゆっくり近づいてきて乱れた澪緒のバスローブを整えた。整え終わるとゆっくり顔を上げた。
背後には、中年男性に両脇を挟まれ部屋を出ていく副島。
「澁澤澪緒、協力に感謝する」
「なんの冗談?」
「これを突破口に有川デザインオフィスの不正を暴く」
「はぁ?!いくら愛してても冗談で言っていいことと悪いことが…」
しかし澪緒は口をつぐんだ。先ほど澪緒に許しを乞う柏木の姿が脳裏に浮かんだからだ。
柏木は鞄から包みを取り出し絶句する澪緒が座るベッドにそっと置いた。
「なにこれ?」
「300万だ」
「……」
「細かい説明は省くが 不倫の時効は3年または20年の2種類ある」
「……」
「澁澤澪緒、これからは真っ当に生きろ。確かにお前の抱える寂しさは特殊だが、人間必ずなにかしらの孤独を抱えて生きている」
「…20年経ったら、必ず返す…」
もっと言いたいことはあるはずなのに、今の澪緒にはそんなことしか思い浮かばなかった。
「いらない。その時には俺はこの世にいないだろう」
「どうして!」
「…有川デザインオフィスでお前と働けたことは、数少ない俺の幸せな思い出だ。だから今日は、なにがあっても来たかった。来れてよかった」
澪緒の目から涙が溢れた。
それが別れの言葉であることは、さすがの自分でも理解できたからだ。
「理緋都」
「ん?」
とても慈愛に満ちた、鋭い瞳。
やっぱりこの男は有川デザインオフィスで働くような規模の男ではなかった。
「なんでウィークリーマンションにしたんだ?」
「いつ何時、命を狙われるか分からないからだ。俺の自宅を特定してる団体がいるかもしれない。一般人のお前を危険に晒すわけにはいかない」
「…っ、既読スルーは?」
「有川デザインオフィスで働いてる時限定のアカウントだ。退職した時に、アカウント削除した」
「潜入捜査してたってこと?」
「俺の上司が有川社長にお前の会社で不正が行われてると脅…伝えるとすんなりOKしてくれた」
「よく社長がOKしたな?」
「社長自身が罪を暴くことを望んだ」
「理緋都」
「ん?」
「付き合って」
柏木は困ったように笑って、それから澪緒の額にキスした。
「ありがとう。これで本当にさよならだ、澁澤澪緒」
10
あなたにおすすめの小説
ワケありくんの愛され転生
鬼塚ベジータ
BL
彼は”勇敢な魂"として、彼が望むままに男同士の恋愛が当たり前の世界に転生させてもらえることになった。しかし彼が宿った体は、婚活をバリバリにしていた平凡なベータの伯爵家の次男。さらにお見合いの直前に転生してしまい、やけに顔のいい執事に連れられて3人の男(イケメン)と顔合わせをさせられた。見合いは辞退してイケメン同士の恋愛を拝もうと思っていたのだが、なぜかそれが上手くいかず……。
アルファ4人とオメガ1人に愛される、かなり変わった世界から来た彼のお話。
※オメガバース設定です。
【完結】執着系幼馴染みが、大好きな彼を手に入れるために叶えたい6つの願い事。
髙槻 壬黎
BL
ヤンデレ執着攻め×鈍感強気受け
ユハン・イーグラントには、幼い頃から共に過ごしてきた幼馴染みがいる。それは、天使のような美貌を持つミカイル・アイフォスターという男。
彼は公爵家の嫡男として、いつも穏やかな微笑みを浮かべ、凛とした立ち振舞いをしているが、ユハンの前では違う。というのも、ミカイルは実のところ我が儘で、傲慢な一面を併せ持ち、さらには時々様子がおかしくなって頬を赤らめたり、ユハンの行動を制限してこようとするときがあるのだ。
けれども、ユハンにとってミカイルは大切な友達。
だから彼のことを憎らしく思うときがあっても、なんだかんだこれまで許してきた。
だというのに、どうやらミカイルの気持ちはユハンとは違うようで‥‥‥‥?
そんな中、偶然出会った第二王子や、学園の生徒達を巻き込んで、ミカイルの想いは暴走していく────
※旧題「執着系幼馴染みの、絶対に叶えたい6つの願い事。」
神様は僕に笑ってくれない
一片澪
BL
――高宮 恭一は手料理が食べられない。
それは、幸せだった頃の記憶と直結するからだ。
過去のトラウマから地元を切り捨て、一人で暮らしていた恭一はある日体調を崩し道端でしゃがみ込んだ所を喫茶店のオーナー李壱に助けられる。
その事をきっかけに二人は知り合い、李壱の持つ独特の空気感に恭一はゆっくりと自覚無く惹かれ優しく癒されていく。
初期愛情度は見せていないだけで攻め→→→(←?)受けです。
※元外資系エリート現喫茶店オーナーの口調だけオネェ攻め×過去のトラウマから手料理が食べられなくなったちょっと卑屈な受けの恋から愛になるお話。
※最初だけシリアスぶっていますが必ずハッピーエンドになります。
※基本的に穏やかな流れでゆっくりと進む平和なお話です。
課長、甘やかさないでください!
鬼塚ベジータ
BL
地方支社に異動してきたのは、元日本代表のプロバレー選手・染谷拓海。だが彼は人を寄せつけず、無愛想で攻撃的な態度をとって孤立していた。
そんな染谷を受け入れたのは、穏やかで面倒見のいい課長・真木千歳だった。
15歳差の不器用なふたりが、職場という日常のなかで少しずつ育んでいく、臆病で真っ直ぐな大人の恋の物語。
リスタート 〜嫌いな隣人に構われています〜
黒崎サトウ
BL
男子大学生の高梨千秋が引っ越したアパートの隣人は、生涯許さないと決めた男であり、中学の頃少しだけ付き合っていた先輩、柳瀬英司だった。
だが、一度鉢合わせても英司は千秋と気づかない。それを千秋は少し複雑にも思ったが、これ好都合と英司から離れるため引越しを決意する。
しかしそんな時、急に英司が家に訪問してきて──?
年上執着×年下強気
二人の因縁の恋が、再始動する。
*アルファポリス初投稿ですが、よろしくお願いします。
恋は突然に愛は永遠に 【若当主アルファ×訳ありオメガ】 ~ツンデレ同士の両片思いは、実るんですか?~
大波小波
BL
花菱 拓真(はなびし たくま)は、名門・花菱家の若き当主だ。
たとえ国家が転覆しても、この一族だけは滅びることは無い、と噂されるほどの名門、花菱家。
早くに両親を亡くした拓真は、その財と権力を誇っていた。
そのうえ彼は、稀有な美貌と品格を備えた男性だ。
黄金比で整った、彫りの深い端正な面立ち。
緩くウェーブのかかった、ダークブラウンの髪。
180cm越えの長身は、鍛え抜かれた筋肉で引き締まっている。
そして、ヒトという種で王者たる、アルファのオーラを身に纏っていた。
そんな拓真は、28歳のバースディ・パーティーの帰りに、月島 琉果(つきしま るか)と出会う。
彼の乗った高級車の前に、ふらりと現れた少年。
それが、琉果だった。
轢いたわけではないが、意識のない彼を、拓真は車に同乗させる。
そこで、琉果の美しさに改めて息を飲んだ。
綺麗な顔立ちに、きめ細やかな肌。
栗色の髪に、淡い珊瑚の唇。
何より、深い琥珀色の瞳に、拓真は心を射抜かれていた。
拓真は琉果を、屋敷へと連れて帰った。
美しいオメガの彼を、そこに囲うハーレムの一員にするつもりだったのだ。
しかし気の強い琉果は、拓真に好意を感じながらも真っ向から反発する。
拓真もまた、琉果に惹かれながらも反抗的な彼に激怒する。
こんな二人の間に、果たして恋は芽生えるのか。
そして、愛に育つのか……?
女子にモテる極上のイケメンな幼馴染(男)は、ずっと俺に片思いしてたらしいです。
山法師
BL
南野奏夜(みなみの そうや)、総合大学の一年生。彼には同じ大学に通う同い年の幼馴染がいる。橘圭介(たちばな けいすけ)というイケメンの権化のような幼馴染は、イケメンの権化ゆえに女子にモテ、いつも彼女がいる……が、なぜか彼女と長続きしない男だった。
彼女ができて、付き合って、数ヶ月しないで彼女と別れて泣く圭介を、奏夜が慰める。そして、モテる幼馴染である圭介なので、彼にはまた彼女ができる。
そんな日々の中で、今日もまた「別れた」と連絡を寄越してきた圭介に会いに行くと、こう言われた。
「そーちゃん、キスさせて」
その日を境に、奏夜と圭介の関係は変化していく。
【完結】トワイライト
古都まとい
BL
競泳のスポーツ推薦で大学へ入学したばかりの十束旭陽(とつかあさひ)は、入学前のある出来事をきっかけに自身の才能のなさを実感し、競泳の世界から身を引きたいと考えていた。
しかし進学のために一人暮らしをはじめたアパートで、旭陽は夜中に突然叫び出す奇妙な隣人、小野碧(おのみどり)と出会う。碧は旭陽の通う大学の三年生で、在学中に小説家としてデビューするも、二作目のオファーがない「売れない作家」だった。
「勝負をしよう、十束くん。僕が二作目を出すのが先か、君が競泳の大会で入賞するのが先か」
碧から気の乗らない勝負を持ちかけられた旭陽は、六月の大会に出た時点で部活を辞めようとするが――。
才能を呪い、すべてを諦めようとしている旭陽。天才の背中を追い続け、這いずり回る碧。
二人の青年が、夢と恋の先でなにかを見つける青春BL。
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体は関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる