私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど

紗幸

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6 花街区での異変

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 王都には柔らかな風が吹いていた。
 桜に似た花が石畳を彩り、露店の菓子の香りが通りを包む。

 この国に来てから、もう半年以上が経った。最初は右も左も分からなかったけど、ようやく街を行き交う人々の顔を見て“ここが自分が住む街”と思えるようになってきた。あまりにも平和で平穏な日々。

「ありがたいよね……昔の私じゃ考えられない」

 裏庭で花に水やりをしながら空を見上げる。青い空に白い雲がゆったりと流れていく。

 ふと考える。治癒と浄化の力をもらったはずなのに、怪我人も病人もほとんどいない。いたとしても、基本的に王城の治癒師が治療に向かうため、出番はほとんどなかった。

 ポーションを作ってお金を稼いでいるけど、慣れと有り余る膨大な魔力のせいか、作ろうとすると高純度のポーションが次々と出来上がるようになってしまった。
 さすがに王都に降ろしすぎると、既存のポーションを生成していた人達の仕事を奪うことにもなるし、供給のバランスを崩してしまいそうなので、今は加減して作っている。

「……ユイ」
「うわっ、びっくりしたぁ!」

 振り返ると、カイルさんが立っていた。黒い外套に朝の風をなびかせ、相変わらず表情は冷たく整っている。勝手に入って来ないでくださいよ、驚くから。でも、ここ最近はツッコむ事もしていない。それくらい彼は突然現れる。

「おはようございます」
「体調に異常はないか」
「ありません。健康そのものです。毎日もりもりご飯を食べて、たっぷり寝てます。夜更かしした翌日なんて昼まで!」
「寝すぎだ」
「いいじゃないですか、平和なんですから」

 カイルさんの目がふっと和らいだ気がする。気のせいかな?

「え……と、お暇なんですか? 私と一緒に畑でも耕します?」
「俺が? 馬鹿を言うな」

 相変わらずツッコミが冷たすぎて笑ってしまう。この人、冗談が通じてるのか通じてないのか、いまだによく分からない。

 それでも、来てくれるのは──悪い気持ちはしない。





 ある日、王都の花街区で流行病が出たとの知らせが届いた。
 いつもならカイルさんが来る頃なのに、来ない日が続いていた。それがずっと気になっていた矢先のことだ。突然、王城の魔道士団の人が家に来て、そう知らせてくれた。

 原因は古い井戸から始まった水の汚染だろうとの話だった。老人や体力の少ない子どもたちが次々と倒れているらしい。その地区は今隔離されている。
 汚染が広がっている可能性があるので、井戸の水はしばらく使わないように。という話だった。

 頻繁に来ていたカイルさんが、全く来れないくらいだから状況はかなり悪いんだろうな。そう思うと、やるべき事はひとつだった。

「放っておけないよね」

 在庫として保管していたポーションをカバンに詰め込むと、花街区へと向かった。


 王都の南に位置する花街区。

 貴族街と下町のあいだに広がる、花屋や仕立て屋、喫茶店が並ぶ美しい通りだ。通りには花が咲き乱れ、香りに誘われるように人々が笑い声を交わす、そんな穏やかな街だった。けれど、いまは静寂に包まれている。

 店の扉は閉ざされ、窓からは人影が消え、甘い香りの代わりに消毒薬と湿った風が漂っている。原因不明の病が広がり、花街区は臨時の封鎖区域となっていた。

「これ以上は立ち入り禁止だ!」

 警備隊の男が、腕を広げて通りへの侵入を止める。花街区へ行くための道路は全て通行が禁止されていて、どこからも入れずにいた。

「中は感染者ばかりだ。命が惜しいなら帰れ!」
「でも、私……治癒の力があるんです。少しでも、お役に立てるかもしれないんです!」
「治癒師なら中にたくさんいる。今は許可証がなければ中には入れん!」

 それは、感染していない人たちを守るための言葉だった。どうしたものかと思案していると、ある人影を見つけた。

「私、あの人の関係者です!」

 大声で叫んだ。通りの向こうに見覚えのある白衣の背中を見つけた。西区での火災の時にも顔を合わせたことのある宮廷治癒師のルシアさんだ。

「ルシアさーん!」

 彼女が振り返ると、驚いた表情のあと、すぐに駆け寄ってくる。

「ユイさん!? どうしてここに……」
「流行り病の話を聞いて来たんです」
「ここは危険です、高熱と幻覚、人によっては魔力暴走まで起こしている状態で。私たちも、やっと抑えてる状態で……」

 彼女の瞳に映る疲労が痛々しかった。こんな事になってるなんて知らなかった自分がもどかしい。ぎゅっと拳を握る。

「だからこそ、私も手伝います」

 一瞬の沈黙のあと、ルシアは小さくうなずいた。
「分かりました。中へどうぞ。診療所へ案内しますね」

 教会を改装した仮の治療所は、まるで戦場のようだった。床には横たわる人々。呻き声、祈りの声、幼い子どもたちの泣き声が混ざり合う。
 次々と担ぎ込まれる患者たち。見るからに病床が足りていない。治癒師たちは魔力を使い果たし、額に汗を浮かべながら次の患者へと手を伸ばしている。

「ここに入りきれない人達はどこへ?」
 そう問うと、ルシアが顔を曇らせた。

「動けない老人や、子どもを抱えた家庭はまだ家に……でも人手が足りないのです」

 その言葉を聞いた瞬間、迷いは消えた。
「分かりました。じゃあ私は外を回ります!」
「えっ!? ユ、ユイさん!?」
「これを使ってください!」

 バッグから自作のポーションを取り出し、机の上に並べる。三十本くらいはあるだろうか。

「少しは、治療の助けになると思いますので」

 そう言い残し、風のように教会を飛び出した。


──路地裏の奥、小さな家の扉を叩く。

「……誰だ」
「大丈夫です、私は治癒師です。病気にかかってる人を治療して回っています。扉を開けてもいいですか?」

 静かに扉を開けた。部屋の中では、老夫婦が高熱でうなされていた。奥様のほうが呼吸が荒い。かなり苦しそうだ。額に触れれば、まるで火のように熱い。

「……大丈夫。きっと治りますから」

 優しく笑いかけると額に両手をかざした。青白い光が指先から溢れ、空気を震わせる。その光は優しく身体を包み込み、荒れていた呼吸が次第に穏やかになっていった。

「……あぁ……楽に……」

 その瞬間、老夫婦たちの目から涙がこぼれた。この様子なら大丈夫そう。深く息をつき、次の家へ向かう。ひとり、またひとり──ひたすら癒し続けた。
 魔力の消耗のせいか身体が軋み、視界が霞む。それでも足を止めず街を回り続けた。

(この街が、笑顔を取り戻すまで……)






 その頃、王都中央司令本部。カイルは地図の上に手を置き、指示を飛ばしていた。

「北側の隔離を完了させろ。感染が拡大しないよう魔道障壁の強度を上げろ。治療所はあと二か所増設する」
「了解です、団長!」

(このままではキリがないな)

 無表情にも見えるその横顔の裏で、胸の奥がざわついていた。増え続ける病人。先の見えない治療。
 治癒師が足りなくなってきている情報は入ってきていた。だが、まだユイを呼べずにいた。それは、この病が異世界から来た彼女にとって未知のものだからだ。もし感染すれば、耐性のない彼女の体にどんな害が出るのかも分からない。彼女を危険に晒すつもりはなかった。

(勝手にこの世界に呼んでおいて、俺は何を考えているんだ……)

 そう考えていた矢先。

「団長、市街で治療に当たってる人がいるとの情報が入ってきています! 一人の女性が次々と人を癒していると」

 その話を聞いて眉を顰めた。
「……女性?」

 その瞬間、ひとりの女性の姿が浮かんだ。

──ユイ。

「しばらく、ここを任せる」
 即座に外套を掴み、転移の魔法を発動させた。


「ユイ!」

 風を切って現れたカイルの声に、周囲の人々が振り向いた。その中心で、青白い光に包まれているのは、やはり彼女だった。倒れた少女を抱き上げ、母親が泣きながら礼を言う。

「ありがとうございます……ありがとうございます……!」

 ユイは息を荒げながら、それでも微笑んでいた。歩み寄り、低く問いかける。

「……なぜ、ここに来た」
「だって、放っておけないでしょ?」

 冷たい視線を向けられてるはずなのに、ユイは真っすぐに見返してきた。その瞳の強さに、一瞬呼吸が止まる。彼女の中にある優しさ。それが、なによりも恐ろしく尊かった。

「……勝手なことを」

 声が低く震えた。だが彼女の顔を見ると、胸にかかっていた靄が少しだけ晴れた。肩にそっと触れる。

「協力してほしい。根を断ちたい」
「もちろんです! 感染の可能性のある井戸の特定は出来てるんですか?」
「ああ、花街区をめぐる生活用水のために使用されていた水路と井戸の感染元とされる箇所は特定されている。今はその地区の洗浄を──」
「じゃあ、その全部の場所のイメージを私に送って下さい!」

 ユイはそう言うと、俺の手を取った。その手の冷たさに一瞬驚いた。だが、言われたとおりユイへ魔力を通じて問題が発生しているであろう箇所のイメージを流し返す。
 魔力が混ざり合い、風が渦を巻く。二人の身体から滲む、銀と蒼の光が混ざる。その刹那、ユイの手からは青白い光が溢れ出し、切り裂くように花街区を駆け抜けた。

「何だ……この光は……」

 周囲からはそんな声が漏れる。ユイが発動したのは、浄化魔法だった。

 光が抜けた先は穏やかな空気が流れている。井戸や水路に潜んでいた病の気が爆ぜた。花街全体に清浄な風が吹き抜けた。
 さっきまで混沌としていた町並みが一瞬にして表情を変えていた。それは、魔力を持たない者たちにも分かっただろう。

「……終わった……かな?」
 ユイが呟いた瞬間、膝が崩れた。

「ユイ!」
「……だいじょうぶ、ちょっと……力を使いすぎただけ……」
「君は……馬鹿なのか」

 彼女の背中を支えながら、自分の声が震えているのが分かった。支えた彼女の体は細く、ただ抱きとめる事しかできなかった。

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