私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど

紗幸

文字の大きさ
5 / 16

5 女友達と午後の困惑

しおりを挟む

 王都の大通りは賑やかだった。街角のパン屋からは焼きたての香りが漂っている。石畳を踏みしめながら、小さく息をついた。

「早く来すぎたかな……」

 噴水広場の縁に腰かけ、広場の時計で待ち合わせの時刻を確かめる。水の音が静かに響く中、通りを眺めていると、ひときわ目を引く姿が視界に入った。

 陽光を背に歩いてくる女性──セレナだ。

 オフホワイトのブラウスに、黒のショートマント。淡いローズカラーのスカートが風を受けて軽やかに揺れる。耳元には小さなパールのピアスがひとつだけ。髪はゆるく結い上げられ、頬をなぞるように柔らかく流れている。

 その姿に、通りすがる人々が振り返る。特に男性たちは、一瞬足を止めて見惚れてしまうほどだ。

(セレナ、ほんとに綺麗……)

 思わずため息が漏れた。以前の派手な化粧は跡形もなく、ナチュラルな艶肌が光を受けて柔らかく輝いている。彼女の本来の美貌が、ようやく素顔として現れていた。

「待たせた?」
「ううん、私が早く来すぎただけ。セレナは今日も素敵だね。街の人が振り返って見てたよ」
「ふ、ふん……当たり前でしょ」

 セレナは照れ隠しのように髪を払う。頬がうっすらと赤い。火事の件での謝罪を経て、気まずさはすっかり消えた。今では名前で呼び合い、こうして買い物に出かけるほどの仲になった。

「今日はどこ行く?」
「決まってるじゃない。今日は、ユイの服を見に行くのよ」
「え、私?」
「そう。いつも同じような服ばっかりなんだもん。素材はいいんだから、たまにはお洒落しないと」

 お洒落か。まあ、たしかにセレナに比べたら地味よね。私定番の紺のシンプルなワンピース。黒のショルダーバッグと黒のショートブーツで、アクセサリーは無し。髪はもちろん、おろしたままだ。

「でも私、セレナと違って地味だし。着飾ってもなぁ」
「なに言ってるの? あんたほんと自分をわかってないのね。髪はツヤツヤ、目はぱっちり、肌なんて触ったら吸い込まれそうよ。ユイみたいな“小リス”みたいなタイプ、王都にはほとんどいないわ。服と化粧次第でモテるようになるわよ」
「そ、そんなことはないでしょ」
「あーるの! というか、あの魔道士団長様に見せなさいよ」
「うぁっ!」

 セレナが変なこと言うからコケるかと思った。

「な、なんでその名前が出てくるの!?」
「私がユイの家に行くと、かなりの確率で鉢合わせるのよ? ねぇどんな関係なわけ?」
「ど、どんなって……」
「てっきり治癒師として出会って、そこから……って思ってたけど?」

 セレナの目が輝く。
(うわ、その目。完全に恋バナ期待してる!)

「説明長くなるから、カフェ行こ!」

 慌ててセレナの腕を引っ張り、近くのカフェへ逃げ込んだ。


 カフェの中は、木の香りと焙煎豆の匂いが混ざり合う、落ち着いた空間だった。窓際の席に座り、紅茶が届くと同時に、セレナが真剣な眼差しで見てきた。

「……実はね」
 自分が異世界から来たことから話した。最初にこの国に来た日のこと、魔法を得た経緯──王都での暮らし、そしてカイルさんがよく会いに来てくれること。
 セレナは途中から、ぽかんと口を開けて固まった。

「異世界って……なんで今まで黙ってたのよ?」
「口止めされてる訳じゃないんだけど、わざわざ自分から話を広める事でもないかな……と」
 あ、セレナが頭を抱えた。
「ほんと、早く言いなさいよそういうの。私たち友達でしょ」
「ごめんね」
「まぁ、そういうことなら色々納得したわ。でもね……どうしても気になるのよね。あの人──魔道士団長のカイル様が、あんたに会いに来る理由」
「どういうこと?」
「だってあの人、人に興味持たないんだから」

 セレナは身を乗り出してきた。

「カイル・ヴァレンティス、二十四歳。魔法使いを多く排出する名門ヴァレンティス侯爵家の長子。父親は元王国顧問魔道士、母は元宮廷治癒師。血筋だけでも完璧。でもそれ以上に、あの人は“結果”で頂点に立ったの」
「結果……?」
「十六歳で魔道士団入り、十七歳で中隊を率いて前線に出た。北部戦線では、単独で敵軍の防御陣を破った伝説があるの。二十歳で副団長、二十二歳で団長。最年少記録よ」
「そんなにすごい人だったんだ……」
「ええ。才能も冷静さも規格外。あの美貌で、当時からファンが山ほどいたのよ。女官から貴族の娘まで、みんな彼を追いかけてた。でも誰にも興味を示さなかった」

 セレナの声に少し熱がこもる。

「噂では、王女の側近に推薦されたのを断ったとか、夜会で求婚されて無表情で立ち去ったとか。冷酷だって言われてた」
「……そうなんだ」
「そうよ。だからこそ、“蒼氷の団長”なんて裏で呼ばれたりしてるのに、あんたの家に通うなんてさ何かあるって思うじゃない」
「そ、そんな……」
「ほんと何も知らなかったのね」

 セレナは呆れたように笑い、そして何かを思いついたように立ち上がった。

「よし、決まり。次の店、行くわよ!」
「え、えぇ!? どこに?」
「服屋。見せる相手がいるなら、戦闘服を揃えなきゃね」
「は? いや、だから団長さんとはそういう関係じゃ……」
「いいから!」

 セレナが連れてきたのは、王都でも屈指の洋装店だった。店内には淡い布地が色順に並び、柔らかな花の香りが漂っている。

「これ似合うけど、これは色が駄目ね。これなら、ユイの背丈でも似合うわ」
「ま、待ってセレナ、それ派手すぎ!」
「だーめ。今日のテーマは“華やかで上品”に。地味なの禁止!」

 次々と服を抱えて試着室に押し込まれる。さすが商家のお嬢様。目利きのプロって感じ。どれも華やかだけど、可愛い。でも急にこんな服を着ろって言われても恥ずかしい。

「ちょ、ちょっと待って心の準備が……!」
「いいから着て出てきなさい」

 淡いピンクのドレスを着たとき、セレナは首を振った。
「違う、甘すぎる」

 紺色のタイトなワンピースを着たときは「うーん、真面目すぎ」

 最終的に選ばれたのは、ラベンダーブルーの膝丈ドレスだった。肩口が少し透けるデザインで、光に当たると淡く艶めく。ウエストラインには細い銀糸のリボンが施され、シルエットをすっきり見せていた。

「……これが一番、ユイらしいわ」

 鏡に映った自分を見て、息を呑んだ。落ち着いた色合いなのに、不思議と華やかに見える。頬に紅が差したように感じるのは、照明のせいだろうか。

「この服に合うように、この子の髪のセットもお願い」
「はっ、はい?」
「軽く編み込んで、横に流して。前髪は少し上げて」

 店員が器用に手を動かし、髪を整えていく。鏡の中、いつもの自分が少しずつ変わっていく。完成した姿に、セレナは満足げにうなずいた。

「うん、完璧」
「……私じゃない」
「でしょ? これを見たら、絶対落ちる」
「な、なにその言い方!」

 会計のとき、ユイが小声で「いいお値段……」とつぶやくと、セレナがすかさず言った。
「あんた、稼いでるでしょ」
「な、なんでそれを」
「商人の娘の勘。懐具合は顔に出るのよ」
 そんなセリフに思わず笑ってしまう。

 外に出ると、セレナが馬車を用意していた。
「どこ行くの?」
「王城」
「なんで?」
「決まってるでしょ。筆頭魔道士団長様に会いに行くの」
「いやいや、急に行っても会えないよ」
「ふふん、知らないの? 今日は公開練習日よ。午後から一般人も見られるの。チャンスよ」

 半ば強引に馬車に押し込まれ、ユイは頭を抱えた。

 王城の演習場は広大だった。
 青空を背景に、魔法の光が飛び交い、地面には魔力の痕跡が残る。観覧席は多くの人で賑わってる。女性たちは色とりどりのドレスで華を競い、時折歓声を上げていた。

「これが、公開練習……」
「来たことなかったの?」
「魔法を教わるときに演習場には何回か来たけど、こういう事やってるって初めて知ったよ」

 そのとき、轟音が響いた。観覧席がざわつく。ひときわ強い光が演習場中央に現れた。女性たちが色めき立つ。

「カイル様よ!」
「見て、黒の制服が素敵ねぇ」
「こっちを見て下さらないかしら!?」

 歓声が次々と上がる。その熱気に思わず息を呑んだ。
 黒の魔道士団制服。胸元には銀糸の紋章。風に靡く外套の裾、背筋の伸びた立ち姿。冷ややかで整った横顔が陽光を受け、まるで彫像のように輝いている。

 彼が片手を上げるだけで、場の空気が変わる。静寂と緊張――そして、次の瞬間。鋭い詠唱とともに、巨大な氷壁が形成され、それを一瞬で砕く雷が走った。

 歓声と拍手。
(……やっぱり、すごい)

 彼がほんの少し笑ったように見えた。その一瞬の微笑みで、観覧席の女性たちが一斉に息を呑む。

「……人気すごいね」
「当たり前でしょ。あの人は“王都三大美貌”の一人よ。しかも唯一の男性」
「三大美貌って……」
「残りの二人は女王陛下と、宰相夫人よ」

 そう話していると、演習場から声が掛けられた。
「ユイさん?」
 見覚えのある団員が手を振っていた。
「あれ、ユイさんですよね? きれいだから一瞬わかりませんでした!」
「あ、マルクさんだ。こんにちは」

 手を振ろうとしたその瞬間、背筋に冷たい気配が走った。気づけば──目の前にカイルさんが立っていた。

「……なぜここにいる」

 低く、抑えた声。突然現れたカイルさんに、観覧席のざわめきが一段と大きくなる。女性たちが甲高い声を上げたのが聞こえた。

「えっと……その……」

 隣でセレナがにっこり笑い、菓子箱を差し出した。

「差し入れ、ですわ」
「は?」

 慌ててセレナを見る。けど彼女はまったく動じない。

「あの一件以来、ユイとは仲良くなりまして。今日は一緒に買い物をしていたんですの。そこでユイさんが“ぜひお世話になっている団長様に差し入れを”と言うものですから」

(言ってない! そんなこと全然言ってない!!)

「……そうか」

 カイルさんは短くそう答え、菓子を受け取った。周囲の人たちが小さくざわつく。セレナがさらに微笑む。

「どうですか今日のユイは。一段と華やかでしょう? 団長様」
「……悪くはない」

 その言葉に、鼓動が跳ねた。淡々とした声なのに、不思議と熱がこもっている気がして。
 カイルさんは背を向け、再び演習場の中央へ戻っていった。

 セレナは隣でニヤニヤしている。

「団長様が“悪くない”ですってよ」
「……恥ずかしいから、本当にやめて」
「ユイ、やっぱり惚れられてるんじゃない?」
「ち、違うってば……多分あれ、紅茶の味の感想と同じで、不味くはないって言ってるやつだよ」
「団長様が差し入れを受け取ったなんて話、今まで聞いたことがないわ」

 『そうなの?』という目でセレナを見たら、『そうなのよ!』という目で返された。そんな事を言わないで。ただでさえ胸の動悸が止まらないのに。

 空には白い雲が流れ、午後の日差しが彼の蒼髪を照らしていた。なんだかいつもより輝いて見えて、彼の背中を見つめ続けた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

毒味役の私がうっかり皇帝陛下の『呪い』を解いてしまった結果、異常な執着(物理)で迫られています

白桃
恋愛
「触れるな」――それが冷酷と噂される皇帝レオルの絶対の掟。 呪いにより誰にも触れられない孤独な彼に仕える毒味役のアリアは、ある日うっかりその呪いを解いてしまう。 初めて人の温もりを知った皇帝は、アリアに異常な執着を見せ始める。 「私のそばから離れるな」――物理的な距離感ゼロの溺愛(?)に戸惑うアリア。しかし、孤独な皇帝の心に触れるうち、二人の関係は思わぬ方向へ…? 呪いが繋いだ、凸凹主従(?)ラブファンタジー!

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

イシュタル
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

いつまでも甘くないから

朝山みどり
恋愛
エリザベスは王宮で働く文官だ。ある日侯爵位を持つ上司から甥を紹介される。 結婚を前提として紹介であることは明白だった。 しかし、指輪を注文しようと街を歩いている時に友人と出会った。お茶を一緒に誘う友人、自慢しちゃえと思い了承したエリザベス。 この日から彼の様子が変わった。真相に気づいたエリザベスは穏やかに微笑んで二人を祝福する。 目を輝かせて喜んだ二人だったが、エリザベスの次の言葉を聞いた時・・・ 二人は正反対の反応をした。

処理中です...