6 / 49
6 花街区での異変
しおりを挟む王都には柔らかな風が吹いていた。
桜に似た花が石畳を彩り、露店の菓子の香りが通りを包む。
この国に来てから、もう半年以上が経った。最初は右も左も分からなかったけど、ようやく街を行き交う人々の顔を見て“ここが自分が住む街”と思えるようになってきた。あまりにも平和で平穏な日々。
「ありがたいよね……昔の私じゃ考えられない」
裏庭で花に水やりをしながら空を見上げる。青い空に白い雲がゆったりと流れていく。
ふと考える。治癒と浄化の力をもらったはずなのに、怪我人も病人もほとんどいない。いたとしても、基本的に王城の治癒師が治療に向かうため、出番はほとんどなかった。
ポーションを作ってお金を稼いでいるけど、慣れと有り余る膨大な魔力のせいか、作ろうとすると高純度のポーションが次々と出来上がるようになってしまった。
さすがに王都に降ろしすぎると、既存のポーションを生成していた人達の仕事を奪うことにもなるし、供給のバランスを崩してしまいそうなので、今は加減して作っている。
「……ユイ」
「うわっ、びっくりしたぁ!」
振り返ると、カイルさんが立っていた。黒い外套に朝の風をなびかせ、相変わらず表情は冷たく整っている。勝手に入って来ないでくださいよ、驚くから。でも、ここ最近はツッコむ事もしていない。それくらい彼は突然現れる。
「おはようございます」
「体調に異常はないか」
「ありません。健康そのものです。毎日もりもりご飯を食べて、たっぷり寝てます。夜更かしした翌日なんて昼まで!」
「寝すぎだ」
「いいじゃないですか、平和なんですから」
カイルさんの目がふっと和らいだ気がする。気のせいかな?
「え……と、お暇なんですか? 私と一緒に畑でも耕します?」
「俺が? 馬鹿を言うな」
相変わらずツッコミが冷たすぎて笑ってしまう。この人、冗談が通じてるのか通じてないのか、いまだによく分からない。
それでも、来てくれるのは──悪い気持ちはしない。
◇
ある日、王都の花街区で流行病が出たとの知らせが届いた。
いつもならカイルさんが来る頃なのに、来ない日が続いていた。それがずっと気になっていた矢先のことだ。突然、王城の魔道士団の人が家に来て、そう知らせてくれた。
原因は古い井戸から始まった水の汚染だろうとの話だった。老人や体力の少ない子どもたちが次々と倒れているらしい。その地区は今隔離されている。
汚染が広がっている可能性があるので、井戸の水はしばらく使わないように。という話だった。
頻繁に来ていたカイルさんが、全く来れないくらいだから状況はかなり悪いんだろうな。そう思うと、やるべき事はひとつだった。
「放っておけないよね」
在庫として保管していたポーションをカバンに詰め込むと、花街区へと向かった。
王都の南に位置する花街区。
貴族街と下町のあいだに広がる、花屋や仕立て屋、喫茶店が並ぶ美しい通りだ。通りには花が咲き乱れ、香りに誘われるように人々が笑い声を交わす、そんな穏やかな街だった。けれど、いまは静寂に包まれている。
店の扉は閉ざされ、窓からは人影が消え、甘い香りの代わりに消毒薬と湿った風が漂っている。原因不明の病が広がり、花街区は臨時の封鎖区域となっていた。
「これ以上は立ち入り禁止だ!」
警備隊の男が、腕を広げて通りへの侵入を止める。花街区へ行くための道路は全て通行が禁止されていて、どこからも入れずにいた。
「中は感染者ばかりだ。命が惜しいなら帰れ!」
「でも、私……治癒の力があるんです。少しでも、お役に立てるかもしれないんです!」
「治癒師なら中にたくさんいる。今は許可証がなければ中には入れん!」
それは、感染していない人たちを守るための言葉だった。どうしたものかと思案していると、ある人影を見つけた。
「私、あの人の関係者です!」
大声で叫んだ。通りの向こうに見覚えのある白衣の背中を見つけた。西区での火災の時にも顔を合わせたことのある宮廷治癒師のルシアさんだ。
「ルシアさーん!」
彼女が振り返ると、驚いた表情のあと、すぐに駆け寄ってくる。
「ユイさん!? どうしてここに……」
「流行り病の話を聞いて来たんです」
「ここは危険です、高熱と幻覚、人によっては魔力暴走まで起こしている状態で。私たちも、やっと抑えてる状態で……」
彼女の瞳に映る疲労が痛々しかった。こんな事になってるなんて知らなかった自分がもどかしい。ぎゅっと拳を握る。
「だからこそ、私も手伝います」
一瞬の沈黙のあと、ルシアは小さくうなずいた。
「分かりました。中へどうぞ。診療所へ案内しますね」
教会を改装した仮の治療所は、まるで戦場のようだった。床には横たわる人々。呻き声、祈りの声、幼い子どもたちの泣き声が混ざり合う。
次々と担ぎ込まれる患者たち。見るからに病床が足りていない。治癒師たちは魔力を使い果たし、額に汗を浮かべながら次の患者へと手を伸ばしている。
「ここに入りきれない人達はどこへ?」
そう問うと、ルシアが顔を曇らせた。
「動けない老人や、子どもを抱えた家庭はまだ家に……でも人手が足りないのです」
その言葉を聞いた瞬間、迷いは消えた。
「分かりました。じゃあ私は外を回ります!」
「えっ!? ユ、ユイさん!?」
「これを使ってください!」
バッグから自作のポーションを取り出し、机の上に並べる。三十本くらいはあるだろうか。
「少しは、治療の助けになると思いますので」
そう言い残し、風のように教会を飛び出した。
──路地裏の奥、小さな家の扉を叩く。
「……誰だ」
「大丈夫です、私は治癒師です。病気にかかってる人を治療して回っています。扉を開けてもいいですか?」
静かに扉を開けた。部屋の中では、老夫婦が高熱でうなされていた。奥様のほうが呼吸が荒い。かなり苦しそうだ。額に触れれば、まるで火のように熱い。
「……大丈夫。きっと治りますから」
優しく笑いかけると額に両手をかざした。青白い光が指先から溢れ、空気を震わせる。その光は優しく身体を包み込み、荒れていた呼吸が次第に穏やかになっていった。
「……あぁ……楽に……」
その瞬間、老夫婦たちの目から涙がこぼれた。この様子なら大丈夫そう。深く息をつき、次の家へ向かう。ひとり、またひとり──ひたすら癒し続けた。
魔力の消耗のせいか身体が軋み、視界が霞む。それでも足を止めず街を回り続けた。
(この街が、笑顔を取り戻すまで……)
◆
その頃、王都中央司令本部。カイルは地図の上に手を置き、指示を飛ばしていた。
「北側の隔離を完了させろ。感染が拡大しないよう魔道障壁の強度を上げろ。治療所はあと二か所増設する」
「了解です、団長!」
(このままではキリがないな)
無表情にも見えるその横顔の裏で、胸の奥がざわついていた。増え続ける病人。先の見えない治療。
治癒師が足りなくなってきている情報は入ってきていた。だが、まだユイを呼べずにいた。それは、この病が異世界から来た彼女にとって未知のものだからだ。もし感染すれば、耐性のない彼女の体にどんな害が出るのかも分からない。彼女を危険に晒すつもりはなかった。
(勝手にこの世界に呼んでおいて、俺は何を考えているんだ……)
そう考えていた矢先。
「団長、市街で治療に当たってる人がいるとの情報が入ってきています! 一人の女性が次々と人を癒していると」
その話を聞いて眉を顰めた。
「……女性?」
その瞬間、ひとりの女性の姿が浮かんだ。
──ユイ。
「しばらく、ここを任せる」
即座に外套を掴み、転移の魔法を発動させた。
「ユイ!」
風を切って現れたカイルの声に、周囲の人々が振り向いた。その中心で、青白い光に包まれているのは、やはり彼女だった。倒れた少女を抱き上げ、母親が泣きながら礼を言う。
「ありがとうございます……ありがとうございます……!」
ユイは息を荒げながら、それでも微笑んでいた。歩み寄り、低く問いかける。
「……なぜ、ここに来た」
「だって、放っておけないでしょ?」
冷たい視線を向けられてるはずなのに、ユイは真っすぐに見返してきた。その瞳の強さに、一瞬呼吸が止まる。彼女の中にある優しさ。それが、なによりも恐ろしく尊かった。
「……勝手なことを」
声が低く震えた。だが彼女の顔を見ると、胸にかかっていた靄が少しだけ晴れた。肩にそっと触れる。
「協力してほしい。根を断ちたい」
「もちろんです! 感染の可能性のある井戸の特定は出来てるんですか?」
「ああ、花街区をめぐる生活用水のために使用されていた水路と井戸の感染元とされる箇所は特定されている。今はその地区の洗浄を──」
「じゃあ、その全部の場所のイメージを私に送って下さい!」
ユイはそう言うと、俺の手を取った。その手の冷たさに一瞬驚いた。だが、言われたとおりユイへ魔力を通じて問題が発生しているであろう箇所のイメージを流し返す。
魔力が混ざり合い、風が渦を巻く。二人の身体から滲む、銀と蒼の光が混ざる。その刹那、ユイの手からは青白い光が溢れ出し、切り裂くように花街区を駆け抜けた。
「何だ……この光は……」
周囲からはそんな声が漏れる。ユイが発動したのは、浄化魔法だった。
光が抜けた先は穏やかな空気が流れている。井戸や水路に潜んでいた病の気が爆ぜた。花街全体に清浄な風が吹き抜けた。
さっきまで混沌としていた町並みが一瞬にして表情を変えていた。それは、魔力を持たない者たちにも分かっただろう。
「……終わった……かな?」
ユイが呟いた瞬間、膝が崩れた。
「ユイ!」
「……だいじょうぶ、ちょっと……力を使いすぎただけ……」
「君は……馬鹿なのか」
彼女の背中を支えながら、自分の声が震えているのが分かった。支えた彼女の体は細く、ただ抱きとめる事しかできなかった。
33
あなたにおすすめの小説
ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています
木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。
少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが……
陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。
どちらからお読み頂いても話は通じます。
召しませ、私の旦那さまっ!〜美醜逆転の世界でイケメン男性を召喚します〜
紗幸
恋愛
「醜い怪物」こそ、私の理想の旦那さま!
聖女ミリアは、魔王を倒す力を持つ「勇者」を召喚する大役を担う。だけど、ミリアの願いはただ一つ。日本基準の超絶イケメンを召喚し、魔王討伐の旅を通して結婚することだった。召喚されたゼインは、この国の美醜の基準では「醜悪な怪物」扱い。しかしミリアの目には、彼は完璧な最強イケメンに映っていた。ミリアは魔王討伐の旅を「イケメン旦那さまゲットのためのアピールタイム」と称し、ゼインの心を掴もうと画策する。しかし、ゼインは冷酷な仮面を崩さないまま、旅が終わる。
イケメン勇者と美少女聖女が織りなす、勘違いと愛が暴走する異世界ラブコメディ。果たして、二人の「愛の旅」は、最高の結末を迎えるのか?
※短編用に書いたのですが、少し長くなったので連載にしています
※この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています
【完結】能力が無くても聖女ですか?
天冨 七緒
恋愛
孤児院で育ったケイトリーン。
十二歳になった時特殊な能力が開花し、体調を崩していた王妃を治療する事に…
無事に王妃を完治させ、聖女と呼ばれるようになっていたが王妃の治癒と引き換えに能力を使い果たしてしまった。能力を失ったにも関わらず国王はケイトリーンを王子の婚約者に決定した。
周囲は国王の命令だと我慢する日々。
だが国王が崩御したことで、王子は周囲の「能力の無くなった聖女との婚約を今すぐにでも解消すべき」と押され婚約を解消に…
行く宛もないが婚約解消されたのでケイトリーンは王宮を去る事に…門を抜け歩いて城を後にすると突然足元に魔方陣が現れ光に包まれる…
「おぉー聖女様ぁ」
眩い光が落ち着くと歓声と共に周囲に沢山の人に迎えられていた。ケイトリーンは見知らぬ国の聖女として召喚されてしまっていた…
タイトル変更しました
召喚されましたが聖女様ではありません…私は聖女様の世話係です
喪女なのに狼さんたちに溺愛されています
和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です!
聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。
ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。
森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ?
ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。
二度目の召喚なんて、聞いてません!
みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。
その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。
それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」
❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。
❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。
❋他視点の話があります。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。
みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。
同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。
そんなお話です。
以前書いたものを大幅改稿したものです。
フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。
六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。
また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。
丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。
写真の花はリアトリスです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる