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12 フィナーレ(カイルside)
しおりを挟む夜気が俺の肌をひやりと撫でた。俺はちらりと空を見上げた。空には青白く輝く星が浮かんでいる。
「フィナーレ交流戦、開始!!!」
その号令と共に会場のざわめきが収束する。
俺はゆっくりと歩みを進めた。円形の闘技場の中心。正面には、冷たい光を宿した青年が立っている。
──ゼルフィ・アークウェル。
氷属性の天才。若くして王立学院を首席で卒業し、精緻な氷魔法を構築することで知られている。
「行きますよ、団長」
その言葉を合図に、彼の周囲には薄く氷の霧が漂っていた。その一瞬の冷気で、観客席からも小さな悲鳴が上がる。
(悪くない。力だけは、確かに本物だ)
だが──この程度で俺を止められると思うな。
次の瞬間、空気が裂けた。ゼルフィが指を鳴らすと同時に、足元から氷柱が奔る。目に見えぬ程の展開速度。普通の魔道士なら回避も防御もできずに凍りつくだろう。
だが、俺は微動だにせず、右手を軽く払った。音もなく、氷は消える。
(構築が見える。式の順序が甘い)
ゼルフィの瞳が細められる。
「さすが筆頭魔道士。だが、これで終わりじゃない」
氷の魔法陣が空に浮かび上がった。六つ、いや八つか。同時詠唱。その手際は見事だ。
氷の刃、弾、槍──あらゆる形が俺を包み込むように降り注いだ。
「《氷天陣》」
空気が悲鳴を上げる。だが俺は、わずかに息を吸い込んだだけだった。
(見事だ。けれど、速さが足りない)
「……無駄だ」
地を軽く踏むと同時に、黒い光が奔る。闇が風のように舞い、氷の雨を呑み込んでいく。砕け散る氷片が光を反射して、夜空に星のように散った。
ゼルフィが目を見開く。
「……防御じゃない、消したのか……!」
「氷は、形を持つ。形を持つものは、闇の中では存在できない」
俺の声に、観客席がざわめいた。ふいにユイの視線を感じる。胸の奥が、かすかに疼いた。
ゼルフィが歯を食いしばる。
「ならば──凍てつけ、空よ!」
氷の翼が生まれる。彼の背中から伸びた二枚の翼が、月光を浴びて青白く光る。そのまま彼は空へと舞い上がった。
冷気が爆ぜ、周囲の空間ごと凍結し始める。
(面白い。空間凍結の応用……ここまでやるか)
周囲の風が止まる。観客たちの息が白くなり、闘技場が一瞬で冬に変わる。氷の光の中、ゼルフィが叫ぶ。
「これが──僕の全力だあああ!!!」
空一面に氷の魔法陣が展開された。数十を超える魔法式が絡み合い、巨大な氷の槍が、空そのものを裂いて降り注ぐ。
(確かに、見事だ)
俺はゆっくりと右手を掲げた。掌に集まる魔力。
世界が一瞬、静止する。
「……終わりにしよう」
黒い円環が地を覆い、光が吸い込まれていく。魔法が消える。音が消える。世界そのものが、俺の支配下に沈んでいく。
(すべての術式、すべての因果──ここでは意味をなさない)
「《虚無領域》」
眩い光が一気に弾けた。轟音と共に、氷が霧散する。
ゼルフィの翼が砕け、彼は地に落ちる寸前で、俺は彼の腕を掴んだ。
「なかなかの魔法だった」
「っ……ま、まだ僕は……」
「いや、もう充分だ。あとは、俺の番だ」
俺は彼を地に降ろし、指先を空へ向けた。魔力の奔流が再び集まり、影が空を覆う。
だが──その影は、ゼルフィには向けられなかった。
俺は天を見上げる。残った氷の欠片を、一瞬で燃やし尽くした。
「終幕だ」
漆黒の炎が、夜空を裂いた。観客の歓声が爆発する。地鳴りのような拍手。
呼び声、悲鳴、歓喜──そのすべてが渦となって、俺の周囲を包んだ。
(……くだらない。だが)
一瞬目を向けた観客席の端。ユイの姿が目に入った。彼女は、両手で口を押さえ、目を潤ませている。
(……悪くない顔だ)
唇の端が、勝手に上がった。
審判の声が響く。
「勝者──カイル・ヴァレンティス団長!!!」
会場の歓声が、爆ぜた。ゼルフィが膝をつきながら、かすかに笑う。
「……これが本物の、筆頭か」
「お前は強かった。だが、“届かなかった”だけだ」
俺は静かに言い、彼の肩を叩いた。その一瞬だけ、敬意を込めて。
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