私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど

紗幸

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 食事をしながらくつろいでいたその時。

「きゃああっ!」

 鋭い悲鳴が通りを裂いた。
 視線を向けると、人混みをかき分けて、男が二人、全速力でこちらに走ってくる。
 片方の手には、女性のバッグ。

「ひったくり!?」
 私がそう呟いた瞬間、カイルさんの気配が変わった。

「下がってろ」

 その一言と同時に、カイルさんが一歩、前へ出た。空気が、張りつめる。彼の足音が一度だけ、石畳を叩いた。

「邪魔だどけっ!」

 ひったくりが怒鳴りながら、こちらへ突進してきた。その瞬間、風が唸った。カイルさんの体がほとんど音もなく動く。男の手を掴んだかと思えば、手首が逆方向へ折られ、悲鳴と共にバッグが宙を舞った。そのまま男の体を引き寄せ、膝を軸に体重を乗せて地面に叩きつける。鈍い音。土埃が舞う。
 それを見たもう一人が、彼の後ろから飛びかかる。 

「カイルさん後ろっ!」

 私が声を上げるより早く、カイルさんが片腕で相手の拳を受け止め軸をずらし、後ろ足で蹴り上げた。男の体が宙に浮き、ひっくり返るように地面へ。その動作に、一切の迷いも無駄もなかった。

 静寂。通りの人々が息を呑む。
 倒れた二人を冷静に見下ろしながら、カイルさんが低く言った。

「誰か、警備隊を呼んでくれ」 

 低い声。命令でも怒号でもないのに、通りの空気が一瞬で従う。私は地面に落ちたバッグを拾い上げながら、彼の背中を見て息を詰めた。魔法なんて使わなくても、この人こんなに強いんだ。

 やがて警備隊が駆けつけ、犯人たちを引き取っていった。

「ご、ごめんなさいねぇ。本当にありがとう。助けてもらえなかったら、どうなってたか……」

 バックを手渡すと、被害者の年配の女性が私の手を握る。何度も頭を下げられ、私は慌てて「いえ、お気になさらず」と手を振った。

 少し離れたところで、カイルさんが袖についた砂を払っているのが見えた。

「魔法は使わなかったのですね」
「わざわざ魔法を使って目立つ必要もないし、あの程度の捕物で魔法を使う必要もないだろう」

 冷たくも合理的なその判断に、私は内心「かっこよすぎでしょ」とつぶやいた。本人には恥ずかしいから言わないけど。


 その後、私たちは米に似た穀物を扱う店を見つけた。店主に食べ方を聞いたけど、やはり米のような穀物だ。

 どのくらい買うか悩んだけど、カイルさんに「多めに買っておくといい」と言われた。確かに頻繁には買いに来れないだろうと思い、多めに買うことにする。だけど、やっぱりラオスは思ったよりも重い。

 帰り道、結局カイルさんが全部抱えてくれる。申し訳ないやらありがたいやらで、「本当にすみません……」と何度も言う。彼は「気にするな」と短く返事をする。だけど、その言葉に優しさを感じた。

 馬車へ向かう途中、さっきの年配の女性と再び出会った。彼女は私たちの前で立ち止まり、手を胸に当てて深く頭を下げる。

「先ほどは慌てていて、ちゃんとお礼もできずに失礼しました。よろしければ、うちの店に寄ってお茶でもいかがですか? 本当に感謝していますの」

 彼女は申し訳なさそうな顔をしながら、温かい笑顔で誘ってくる。カイルさんは一瞬だけ私に顔を向け、首を振るように見えたが、女性の熱心さに押されるのか、わずかに眉を動かして黙っている。「では、少しだけ」と言って、二人でついていくことにした。


 店に入ると、そこは小さなアクセサリー店だった。棚に並ぶのは、繊細に彫られたブレスレットや、淡い金属の光を放つネックレス。模様はどれも独創的で、どの品も一点物だとすぐにわかる。

 その中でひときわ目を引いたのが、青い石がついたネックレス。きれい、まるでカイルさんの瞳みたいだな。と、思わず見とれてしまったけど、恥ずかしくなってすぐに目を逸らした。

 女性店主は嬉しそうに「これらは全部手作りでしてね、素材もこだわって作っておりますのよ」と話してくれる。
 彼女が出してくれたお茶とケーキはこの地域の有名なお店のものらしい。生姜風味のお茶と、シナモンが香る梨のような果物のタルトだ。

「いただきます」

 カイルさんは静かにフォークを入れ、「悪くない」と呟いた。その一言に、店主の女性が笑い、私もつられて笑ってしまう。この地域の話を聞いたりしながら、穏やかな時間を過ごした。


 夕暮れの街を抜ける馬車。金色の陽が屋根を照らす。

「今日は楽しかったです。ついてきてくださって、本当にありがとうございました」
「ああ」

 短い言葉。けれど、それが嬉しかった。

 家に戻り、穀物ラオスを運び終えたところで、カイルさんがふと立ち止まった。

「これを渡しておく」

 夕暮れが差し込む玄関先で、カイルさんが小さな包みを差し出した。手のひらほどの布袋。薄い灰色のリネンに、革紐が一度だけ結ばれている。

「……え?」
「お前が気にしてたやつだ」

 包みを開くと、アシャルのお店で見た青の石とついたネックレスだった。薔薇のような花の中心には青い石が埋め込まれている。

「これ……!」
「ずっと見てただろう」
「い、いえ、ちょっと見てただけで……」
「店を出る前に、買っておいた」

 さらりとした口調。いつもの無表情なのに、なぜか少しだけ照れているように見える。

「私がもらってもいいんですか?」
「別に高価なものじゃない。それに、お前が貰わなければ、俺がつける事になる」
「えっ、似合わないと思います」
「だろうな」

 その静かなやり取りに、自然と笑いがこぼれた。

「嬉しい……。ありがとうございます、大切にします」
「ああ」

 それだけ言うと、彼は手を軽く振り、振り返らずに歩き出した。長い影が夕日に伸びる。
 去っていく背中を見ながら、胸の奥で小さく息を吸った。

 静かな玄関。

 扉を閉めた途端、部屋の中が急に広く感じた。ネックレスを両手で包む。ひんやりとした金属の感触。青い石の奥に、ほんの少し光が揺れていた。

 カイルさんからもらったネックレス。そう思うと、胸の奥がまた熱くなった。


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