私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど

紗幸

文字の大きさ
17 / 49

17 おにぎりと涙と依頼

しおりを挟む

 カイルさんとアシャル地区に買いに行ったラオス。
 前世の「お米」に似たその穀物ラオスを、いよいよ炊いてみることにした。

 鍋の蓋を開けると、湯気と一緒に漂う懐かしい香り。

「うわぁ……! 本当に、ご飯の匂いだ!」
 ほっこほこに炊き上がったラオスにご満悦。一口食べると、少しプチプチとした食感がありつつも、優しい甘みが口の中に広がる。

「これだ、この味だよぉ!!」

 私は熱いうちに、手のひらに乗せて、ぎゅっ、ぎゅっと、優しく握り締める。軽く塩を振りかけて、三角形のおにぎりのできあがりだ。
 ぱくりと一口。

「っ……!」
 塩味とラオスの甘み、そして、前世で慣れ親しんだ主食を思わせる味への感動が、胸の奥から込み上げてくる。

(うう……美味しい……! 幸せすぎる……!)
 あまりの感動に、ぽろぽろと涙が出てくる。夢中で二口目を頬張った。

 その時だった。
 コンコン、と玄関のドアがノックされた。

「は、はーい!」

 私は、おにぎりを片手に、涙でぐしゃぐしゃになった顔のままドアを開けた。
 ドアの向こうには、出勤前のカイルさんが立っていた。私の顔を見た瞬間、彼のいつも冷静な表情が一瞬で崩れた。

「な、何があった!?」

 彼は一歩踏み出し、私の肩に手をかけようとする。その鋭い青灰色の瞳は、驚きと、明らかな焦燥に満ちていた。

「え、ちょ、カイルさん!?」
 彼の慌てぶりに、今度は私が驚いてしまった。

「大丈夫か、どこか怪我を負ったのか!? それとも、誰かに何かされたのか!」
「あ、ちが、ちがうんです!」

 私は慌てて、持っていたおにぎりを彼の目の前に差し出した。

「これ! ラオスを炊いて、おにぎりを作ったんです。美味しすぎて……感動して、涙が出ちゃって!」 

 カイルさんは、私の顔と差し出されたおにぎりを交互に見て、ピタリと動きを止めた。そして、彼の顔に、またいつもの無表情が戻ってくる。

「……馬鹿げている」

 冷たく言い放たれたが、彼の肩の力が抜けたのがわかった。私は、彼を驚かせたことが申し訳なくなり、鼻をすすった。

「本当にすみません! お騒がせしてしまいました。でも、懐かしくなって、本当に美味しくて、思わず涙が出ただけなんです」
「……」

 カイルさんは無言でおにぎりを見つめた。
「食べてみますか?」

 彼が頷いたので、急いでおにぎりをもう一つ作り、お皿にのせて彼に渡した。あ、手をちゃんと洗ったとはいえ、人が握ったおにぎりってどうなんだろう。嫌だったりしないかな? そんなことを考えたけど、彼は気にする様子もなく、一口大にちぎり口に運ぶ。そして、静かに咀嚼した。

「どうですか?」
 私が期待を込めて尋ねる。

「……塩加減は適度だ。悪くはない」
 クールな評価だったけれど、悪くないは「美味い」という言葉の代わりだとわかった。

「良かった! カイルさんにも気に入ってもらえて嬉しいです。今度これと合わせて、カレーも作ってみますから、ぜひ食べてくださいね」

 私が浮かれ気分でそう伝えると、カイルさんは残ったおにぎりを食べ終え、小さく息をついた。彼の表情は、また少し悩ましげになる。

「ユイ。少しだけ時間はあるか? 王城に来てほしい」
「今からですか?」
「ああ。重要な話がある」

 彼の真剣な眼差しに、私の背筋が伸びた。

 連れて行かれたのは、王城の魔道士団の本部だった。建物は、石造りで重厚ないかにも権威ある場所だ。
私はカイルさんに連れられ、団長室へと向かった。 

 団長室の扉を開けると、その部屋に置かれた応接テーブルに、既に二人の男性が座っていた。
 カイルさんが椅子に座るよう促す。私は緊張しながら、カイルさんの隣に座った。

 応接テーブルの向こう側には、金髪の男性がいた。カイルさんよりも少し年上で、目元に皺が刻まれているが、それがまたダンディな色気を醸し出している。
 そして、その隣には、細身で知的な雰囲気の、きれいめな顔立ちの男性が座っていた。

 二人とは面識がある。顔を合わせると、金髪の男性が穏やかな笑みを浮かべ、挨拶をしてくれた。

「知っていると思うが、改めて自己紹介させてほしい。俺は、王立魔道士団の副団長を務めているイリアス・ノルヴェインだ」

 何度か会った事のあるダンディな金髪の副団長さんだ。
 次に、細身の男性が落ち着いた口調で続けた。 

「私は、王宮治癒師団の長を務めている、ディオン・ライナーです。よろしくお願いしますねユイさん」
「あ、ユイです。よろしくお願いします」

 私は慌てて挨拶を返した。カイルさんが、少しだけ咳払いをして、本題に入った。

「ユイ。単刀直入に言う。お前に協力してもらいたい案件がある」

 続けて、副団長のイリアスさんが、真剣な表情で説明を始めた。

「最近、王都から遠く離れた『嘆きの森』の奥で、魔物が多く発生している。具体的には、魔獣リザードや、ゴブリンが中心だ」

 その言葉にハッとなる。魔物討伐、ついに来たか。

「今までは騎士団が対応できていた。しかし、この数週間で、その発生数が異常に増加している。騎士団だけでは手が回らなくなり、魔道士団が討伐に参加することになった」
 イリアスさんは、私を真っ直ぐに見た。
「そこで、ユイさん、君に同行してほしい」

 治癒師団長のディオンさんも、穏やかに口を開いた。

「治癒師団も今回の遠征に同行するんですが、今回の魔物は通常の想定を超えているんです。我々は森で何か異常な事態が起こっているのではないかと考えているのです。そこで、浄化の力を持つユイさんに一緒に来ていただきたいんです」

 私の「浄化の力」が、この国で必要とされている。そう思うと、胸が熱くなった。再び、副団長のイリアスさんが続ける。

「ただ、今回の討伐遠征は、王都を長期で離れることになる」

 イリアスさんは、カイルさんを一瞥し、そして私に微笑んだ。

「そこで今回の遠征隊は、カイル団長ではなく副団長の俺が率いる事になった。君には、治癒師団と共に、我々と『嘆きの森』へ行ってほしいんだ」

 カイルさんは、私の隣で、ただクールにその様子を見ているだけだ。

「分かりました。私、行きます」

 私は迷いなく、きっぱりと返事をした。折角、この地に来て浄化の力を貰ったのだ。この国の平和のために貢献できることに、責任感が湧いた。

「ありがとうございます、ユイさん。力になってくれるのなら、これほど心強いことはない」
 イリアスさんが深く頷いた。

「遠征の細かな日程と、準備物などについては、ディオン団長配下の治癒師、ルシアから改めて説明させる。彼女は花街区の件でも君と顔を合わせているから、話はスムーズだろう」
「承知いたしました」

 話がまとまり、私は緊張を解いて立ち上がった。
 私は、カイルさん、イリアス副団長、ディオン治癒師長に深々と礼をして、団長室を後にした。

「ユイさん、また後でルシアから連絡させます」というディオンさんの声を聞きながら、廊下を歩き出す。
 すると、隣にカイルさんが無言で立っていた。

「あの、カイルさん? お仕事に戻らなくて大丈夫ですか? 私一人で帰れますよ?」

 そう尋ねるが、カイルさんは歩調を緩めず、低い声で言った。

「遠征は、十分に気をつけてほしい」

 彼の声には、いつもの冷たさではなく、静かな、深い心配が滲んでいるように聞こえた。その言葉に胸が一瞬だけ跳ねる。
 彼が立ち止まり、私に向き直った。

「城門まで送る。行くぞ」

 言葉はクールだが彼の背中は優しかった。私は決意を新たにする。今回の遠征には、カイルさんは来ない。不安もあるけれど、私にしかできない浄化の力で、この国の力になれる。

「遠征の準備、しっかりしなきゃ!」

 彼の言葉をお守りに、王城を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

召しませ、私の旦那さまっ!〜美醜逆転の世界でイケメン男性を召喚します〜

紗幸
恋愛
「醜い怪物」こそ、私の理想の旦那さま! 聖女ミリアは、魔王を倒す力を持つ「勇者」を召喚する大役を担う。だけど、ミリアの願いはただ一つ。日本基準の超絶イケメンを召喚し、魔王討伐の旅を通して結婚することだった。召喚されたゼインは、この国の美醜の基準では「醜悪な怪物」扱い。しかしミリアの目には、彼は完璧な最強イケメンに映っていた。ミリアは魔王討伐の旅を「イケメン旦那さまゲットのためのアピールタイム」と称し、ゼインの心を掴もうと画策する。しかし、ゼインは冷酷な仮面を崩さないまま、旅が終わる。 イケメン勇者と美少女聖女が織りなす、勘違いと愛が暴走する異世界ラブコメディ。果たして、二人の「愛の旅」は、最高の結末を迎えるのか? ※短編用に書いたのですが、少し長くなったので連載にしています ※この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

【完結】能力が無くても聖女ですか?

天冨 七緒
恋愛
孤児院で育ったケイトリーン。 十二歳になった時特殊な能力が開花し、体調を崩していた王妃を治療する事に… 無事に王妃を完治させ、聖女と呼ばれるようになっていたが王妃の治癒と引き換えに能力を使い果たしてしまった。能力を失ったにも関わらず国王はケイトリーンを王子の婚約者に決定した。 周囲は国王の命令だと我慢する日々。 だが国王が崩御したことで、王子は周囲の「能力の無くなった聖女との婚約を今すぐにでも解消すべき」と押され婚約を解消に… 行く宛もないが婚約解消されたのでケイトリーンは王宮を去る事に…門を抜け歩いて城を後にすると突然足元に魔方陣が現れ光に包まれる… 「おぉー聖女様ぁ」 眩い光が落ち着くと歓声と共に周囲に沢山の人に迎えられていた。ケイトリーンは見知らぬ国の聖女として召喚されてしまっていた… タイトル変更しました 召喚されましたが聖女様ではありません…私は聖女様の世話係です

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

本物聖女の力は無力でした ――見世物レベルの聖女のおかげで婚約破棄されました――**

鷹 綾
恋愛
魔法が存在しないと信じられていた世界に、 突如として現れた「本物の聖女」。 空中浮遊、瞬間移動、念動力―― 奇跡を披露した平民の少女は、たちまち市民の熱狂を集め、 王太子はその力に目を奪われる。 その結果、 王太子の婚約者だった公爵令嬢アストリアは、 一方的に婚約を破棄されてしまった。 だが、聖女の力は―― ・空中浮遊は、地上三十センチ ・瞬間移動は、秒速一メートル ・念動力は、手で持てる重さまで 派手ではあるが、実用性は乏しい。 聖女の力は、見世物レベル。 少なくとも、誰もがそう判断していた。 それでも人々は喝采し、 権威は少女を縛り、 「聖女」という立場だけが一人歩きしていく。 そんな中、婚約破棄された公爵令嬢アストリアは、 ある違和感に気づき始める。 ――奇跡よりも、奪われているものがあることに。 派手な復讐はない。 怒鳴り返しもしない。 けれど静かに、確実に、 “正しさ”は明らかになっていく。 見世物にされた奇跡と、 尊厳を取り戻す少女たちの物語。 ---

処理中です...