私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど

紗幸

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18 遠征

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 翌日、王宮治癒師のルシアさんが私の家を訪ねてきた。遠征の準備について細かく教えてもらう。

「森を歩くことになりますから、なるべく荷物は少ないほうがいいですよ」

 ルシアさんにそう言われ、ポーションや、簡単な着替えなどを色々と用意した。服は、治癒師団の制服を貸してもらえることになり助かった。どんな格好がいいのか悩んでいたから、とてもありがたい。





 そして、遠征の当日。

 王城の門前には、騎士団と魔道士団が整然と並んでいた。私は治癒師団の白いローブを借りて、隊列のやや後方に位置する。

 周囲を見渡すと、高い城壁のバルコニーの影に、黒いコートの人物がいるのが見えた。

(あ……カイルさんが見送ってくれてる)

 遠すぎて顔までは見えないけれど、彼がそこにいるだけで、不安が少しだけ和らいだ。


 王城から『嘆きの森』までは、魔道士団の転移魔法で、一気に森の近くまで移動することになった。一瞬、景色が歪むような浮遊感を味わった後、目の前に広がるのは、鬱蒼とした深い森だった。

 遠征隊はそこから隊列を組み、徒歩で森の中へ進む。進軍中、何度か小さな魔物が飛び出してきたが、騎士団の剣と、魔道士団の魔法によって、すぐに討伐されていく。

(すごい……これが魔物との戦いなんだ) 

 時折、騎士団の盾にぶつかって弾ける魔物を見て、驚きを隠せなかった。自分もこの遠征の役に立たなければ。

 長い森の道を歩き、日が傾き始めた頃、私たちはようやく『嘆きの森』で既に陣を張っていた騎士団の本隊と合流した。

 野営地は騒然としていた。
 騎士団の負傷者たちが次々と運ばれてくる。ルシアさんたち治癒師団と共に、私もすぐに治療に加わった。皆、疲労困憊している。

 騎士団員が、魔道士団の隊員に話しているのが聞こえた。

「数が多すぎる。しかも、いつもは簡単に倒せる下級ゴブリンやリザードが、異常な行動を起こしている。まるで、何かに操られているみたいで、倒しても倒しても、次が来る」
「おかげで、いつものように倒せなくて、怪我人が増える一方だ」

 その言葉に、胸が重くなった。やはり、ただの討伐ではないらしい。


 翌日も森では激しい戦闘が続いていた。
 魔道士団の支援魔法や騎士団の雄叫びが響き渡る。怪我人の多さが、戦況の悪化を物語っていた。

「ユイさん、あっちの騎士の手当もお願い!」

 ルシアさんの声に、私は慌てて負傷した騎士の元へ駆け寄る。彼の腕の切り傷は深く、魔力による炎症も起こしている。

「大丈夫です。すぐに治しますから」

 私は両手をかざし、優しく治癒の光を注ぎ込んだ。傷はすぐに塞がっていくが、騎士の顔の疲労の色は濃いままだった。
(こんなに怪我人が多いなんて……)

 治療をしていると、騎士団員同士の会話が耳に入ってくる。

「いつもの魔物じゃない。何か、殺意が乗ってるみたいだ」
「剣が通っても、すぐに立ち上がってくる。本当にキリがない……」

 騎士たちは皆、顔に泥と汗を滲ませ、疲弊しきっている。ルシアさんたち治癒師団も、休みなく魔力を使っている。

(このままじゃ、みんな倒れちゃう……)

 私の浄化と治癒の力は、傷を治すことはできるけれど、魔物の異常な発生そのものを止めることはできない。私が前線に出ても、下級魔物とはいえ、私一人で対処できる数ではないだろう。

「どうしたらいいんだろう……」

 治療を終えた騎士の横で、ギュッと拳を握りしめた。カイル団長やイリアス副団長なら、きっとこの状況をどうにかできるのだろう。けれど、私はただ、治癒と浄化しかできない。
 この討伐隊の役に立っているのだろうか、という焦りと無力感が、私の心を重くした。

「ユイさん、水分をとりましょう」
 ルシアさんが、水筒を差し出してくれた。 

「ありがとうございます……」
 一口飲むと、心が少し落ち着く。私はルシアさんに尋ねた。
「ルシアさん。この異常な魔物の発生……止まらないのでしょうか?」

 ルシアさんは、疲れた顔をしながら、それでも力強く頷いた。

「必ず原因はあります。それを、今イリアス副団長が探ってくれているはずです。私たちにできるのは、騎士さんたちを信じて、彼らが万全の状態で戦えるようにすることだけです」

 その言葉に、私はハッとさせられた。

(そうだ。不安になっている場合じゃない。私は私の役割を果たすんだ)

 深く息を吸い、ルシアさんに微笑んだ。
「はい、私も全力で治療にあたりますね」
 
 心臓が、静かに力強く鼓動する。私は、再び、目の前の負傷者へと手をかざした。





 その頃前線では、イリアスがディオンと共に騎士団と魔道士団の討伐隊を率いて、森の奥深くへと進んでいた。

「副団長! また増えています!」

 団員の声が響く。前線では、次々と下級魔物、リザードやゴブリンが湧き出てくる。その数は異常で、まるで地中から無限に湧き出ているかのようだ。 
 イリアスは冷徹に広範囲の風魔法で魔物の群れをぎ払う。

「クソッ、キリがない!」

 魔道士団の一人が苛立ちの声を上げた。普段なら容易に処理できるレベルの魔物に、これほど手を焼くのは異例だ。
 イリアスは、周囲に漂う魔力の澱みを感じ取っていた。この負の魔力こそが、魔物を狂わせ、引き寄せている。討伐の合間を縫って、彼は最も魔物の発生が多いと思われる森の特定箇所へ移動した。

 到着した場所は、薄暗い岩場だ。苔に覆われた岩の割れ目から、濃い霧のような負の魔力が吹き出している。しかし、その根源であるはずの「発生源」が、肉眼では見えない。ただ、周囲に漂う魔力の澱みを感じ取っていた。
(この森の魔力が、歪んでいる)

「イリアス、これは。空気が重すぎますね」
 ディオンが顔をしかめる。彼でさえ、この濃密な魔力には嫌悪感を覚えているようだ。

 イリアスは目をその岩の割れ目に向けた。
「《遠視》」

 彼は特殊な探知魔法を発動させる。通常、負の魔力が溜まる場所には、魔力の「核」や、それを発生させている「魔導具」の残骸などが見えるはずだ。そして、イリアスの探知の眼が捉えたのは、通常ならこの『嘆きの森』にいるはずのない、巨大な生物の姿だった。


 その姿は、遥か北方の高山地帯に生息するはずの黒炎龍ダークフレイムドラゴンだった。全身が漆黒の鱗に覆われ、魔力を帯びている。

 黒炎龍は、岩の奥深く、洞窟のような空間で、うずくまるようにして巨大な卵を抱えていた。弱っているのかと思われたが、そうではない。黒炎龍は、外部からの魔力に過敏に反応し、自身から強力な防御魔力を周囲に放出し続けている。

 その卵を守る防御魔力が、この森に元々存在する負の魔物たちを刺激し、凶暴化させている原因だと、イリアスは瞬時に理解した。

(なるほど。何らかの理由で群れから離れ、ここで産卵することになったか。この規模の魔力ともなれば、周囲の魔物にとっては制御不能な興奮剤のようなものだ)

 問題は、この災厄の黒炎龍を刺激することなく、卵が孵化するのを待つという、持久戦を強いられることだ。もし黒炎龍を攻撃すれば、その魔力は一気に爆発し、森全体が制御不能な魔物で溢れかえるだろう。

「ディオン、野営地に直ちに戻り、騎士団と魔道士団員を集めてほしい。この状況を共有するぞ。決して黒炎龍に手を出すな。我々は、この黒炎龍の『守りの壁』が崩れるまで、周囲の魔物の討伐を続ける」
「そうするしかないようですね」

 ディオンが戻っていくのを見届け、イリアスは冷たい目でが黒炎龍が潜む岩場を見下ろした。
(カイル団長には悪いが、しばらくは王都に戻れそうにないな)




 夜が深まり、野営の準備が進む。私は炊き出しを手伝いながら、騎士団員たちの顔を見た。皆、暗い顔で、疲労の色が濃い。大鍋のスープを注いでいると、見覚えのある青年がやってきた。

「あれ……ユイさん? だよな」
 そこにいたのは魔道士大会で優勝した、ゼルフィだった。彼の顔には、疲労よりも驚きが浮かんでいる。

「ゼルフィさんも討伐隊として来てたんですね」
「ああ、俺は最初からここに参加してる。ユイさんも来てるなんて驚いた。大会の後、ユイさんに会いたくて治癒師団のところに何度か行ったんだが、姿がいつも見えなかったから」
「あ、わたし、治癒師団の人じゃなくて……その」
 そう言いかけたところで、静かに後ろから声がした。

「ユイさん、ゼルフィくん。みんなを集めてもらえますか」

 治癒師団長のディオンさんだった。彼の表情はいつも以上に暗い。何かよくないことが起きている予感がした。
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