耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー

汐埼ゆたか

文字の大きさ
38 / 88
第五話【優しさ香るカフェオレ】迷い猫に要注意!

[4]ー2

しおりを挟む
マスターと二人で思い出話に花を咲かせていると、入口のカウベルがカランカランと音を立てた。反射的に立ち上がり「いらっしゃいませ」とそちらを見る。入って来た人に美寧は思わず目を見開いた。

「おっ。噂をすれば、だな」

「れいちゃん!!」

店に入った途端かけられた声に、怜は薄く口の端を上げ軽く会釈をする。

「いらっしゃい」

「こんにちは」

マスターに挨拶を返した怜は、そのまま数歩で美寧のところまでやってきて、隣のスツールに腰かけた。

「い、いらっしゃい、れいちゃん。お仕事はいいの?」

「ええ。ひと段落したので、息抜きにコーヒーを頂きに来ました」

「そっか」

「ブレンドをホットでお願いしますね、店員さん」

首を少し傾けながら薄い唇を少し上げ、美寧を見る。

「は、はい。……マスター」

注文を通そうとマスターの方に目を遣ると

「はいはい」

すでに準備に入っていた。

「美寧はまだ休憩でいいからな」

「え?」

「まだカフェオレが残っているだろ?」

「…はい」

「ついでにそこの客の相手をしてやれ」

美寧の隣にちらりと視線を遣ったマスターはそれだけ言うと、コーヒーを淹れる為後ろを向いてしまった。

「俺の話をしていたのですか?」

隣に座り直した美寧に怜が問いかける。

「う、うん……ここに初めて出勤した時のことを、ね」

「ああ……」

軽く頷いた怜は、チラリとマスターの方に視線を投げるが、彼はこちらに背を向けたままだ。きっとこの視線の意味を感じ取っているはずなのに、分かっていて敢えてこちらを見ないようにしている気がする、と怜は思った。

「れいちゃんはちゃんとお昼食べたの?」

「はい。ミネに言われましたからね」

ちゃんと・・・・、かどうかは別だが。

「ミネはお昼、何でしたか?」

「おいなりさんだったよ!」

「おいなりさん、ですか……珍しいですね」

「うん。奥さんが作ってたんだって。おあげが甘くてとっても美味しかったんだよ?」

「朝から奥さんが張り切って大量生産していたお裾分けだ」

カウンターの中からした声に顔を向けると、怜の前にコーヒーが置かれた。

「今日これから娘のところに一緒に行くことになってるんだ。奥さんのいなり寿司は娘の好物の一つだからな」

「そうなんですか?」

怜がマスターに聞いた。美寧はマスターの今日の予定を聞いていたので、大人しく横で黙っている。

「ああ。なんだか少し風邪気味らしくてな。こんな時に限って旦那は出張中で留守にしているらしいから、ちょっと様子を見に行こうと」

「それは心配ですね。ご結婚されるような大きなお子さんがいらっしゃるとは思いませんでした。お嬢さんはまだお若いですよね?」

「ああ……若く、と言っても娘も二十五歳だから結婚に早すぎるという歳ではないがな」

「えっ!二十五歳!?」

「ああ」

珍しく驚きを表面に出した怜に、マスターは何事もないように頷いた。

「そんなに大きなお子さんがいらっしゃるようには……」

「そうか?おれはもうすぐ四十になるぞ?」

「「四十!?」」

今度は怜と美寧の声が重なった。

美寧も、マスターは怜よりいくつか上なだけだと思っていた。怜も実年齢よりも若く二十七、八くらいに見られることが多いが、マスターは怜の少し上、三十四、五くらいだろうと思っていたのだ。

それは怜も同じだったようで、「……俺の少し上かと思っていました」と心底驚いた声で怜が呟いていた。

「……それでもお嬢さんが二十五歳ということは……」

単純計算でマスターが十五歳の時の子どもということになる。

「ああ、言ってなかったか?娘は奥さんの連れ子なんだよ」

「そうだったのですか……」

「ああ、娘が九歳の時に彼女と結婚したからな」

「そうだったんですね……」

マスターの言葉に返事を返す怜の横で、美寧は目を丸くしてただ驚いていた。

マスターや奥さんから、よく離れて暮らしている娘さんの話は聞いていた。
娘さんの話をするマスターの瞳はいつも蕩けるように甘くて、去年その娘さんがお嫁に行ってしまったことを話す時のマスターは嬉しそうだがどこか寂しそうだった。
マスターが心から娘さんのことを愛していると知っていただけに、美寧はこの真実に言葉が出ないほど衝撃を受けていた。

(血の繋がりが無くても、こんなふうに本当の家族になれるのね……)

それはとても素敵ですばらしいことなのに、美寧の心は軋むように痛んだ。

(血が繋がっていても愛し合う家族にはなれないこともあるけれど……)

心が深い沼に沈んでいきそうになった、その時。

「ミネ?…どうかしましたか?」

「え……」

「ぼうっとしていましたが、具合でも悪くなりましたか?」

「え…と、そんなことない。大丈夫だよ?」

「本当だ。少し顔色も良くないぞ」

マスターまで心配そうに見てくる。
過保護な男性二人に挟まれた美寧は、なんと答えて良いのか言葉を詰まらせた。

「今日はもう上がっていいぞ。他に客もいないし店はこのまま閉めることにするから」

時計を見ると美寧が仕事を上がる予定の三十分前になっていた。

「このままそいつと一緒に帰る方がいい。その方が俺も行き倒れの心配しないでいいしな」

「行き倒れ?」

「マ、マスター!」

しまった!と美寧は慌てた。怜には二度目の行き倒れ未遂事件は言っていない。話してしまえばまた心配をかけてしまうと思ったからだ。

慌てる美寧の方をチラリと見た怜は、残りのコーヒーを飲み干してカップをソーサーに戻した。

「今日はお言葉に甘えましょう、ミネ」

「う、うん……」

「帰り道にさっきの話を聞かせてくださいね?」

「うっ………」

誤魔化されてはくれないようだ。

「さっ、ここは良いから荷物を取ってこい」

「はい。ありがとうございます、マスター」

美寧はそそくさと荷物を取りに事務所に向かった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

異世界転移した私と極光竜(オーロラドラゴン)の秘宝

饕餮
恋愛
その日、体調を崩して会社を早退した私は、病院から帰ってくると自宅マンションで父と兄に遭遇した。 話があるというので中へと通し、彼らの話を聞いていた時だった。建物が揺れ、室内が突然光ったのだ。 混乱しているうちに身体が浮かびあがり、気づいたときには森の中にいて……。 そこで出会った人たちに保護されたけれど、彼が大事にしていた髪飾りが飛んできて私の髪にくっつくとなぜかそれが溶けて髪の色が変わっちゃったからさあ大変! どうなっちゃうの?! 異世界トリップしたヒロインと彼女を拾ったヒーローの恋愛と、彼女の父と兄との家族再生のお話。 ★掲載しているファンアートは黒杉くろん様からいただいたもので、くろんさんの許可を得て掲載しています。 ★サブタイトルの後ろに★がついているものは、いただいたファンアートをページの最後に載せています。 ★カクヨム、ツギクルにも掲載しています。

俺様系和服社長の家庭教師になりました。

蝶野ともえ
恋愛
一葉 翠(いつは すい)は、とある高級ブランドの店員。  ある日、常連である和服のイケメン社長に接客を指名されてしまう。  冷泉 色 (れいぜん しき) 高級和食店や呉服屋を国内に展開する大手企業の社長。普段は人当たりが良いが、オフや自分の会社に戻ると一気に俺様になる。  「君に一目惚れした。バックではなく、おまえ自身と取引をさせろ。」  それから気づくと色の家庭教師になることに!?  期間限定の生徒と先生の関係から、お互いに気持ちが変わっていって、、、  俺様社長に翻弄される日々がスタートした。

イケメンエリート軍団??何ですかそれ??【イケメンエリートシリーズ第二弾】

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団の異色男子 ジャスティン・レスターの意外なお話 矢代木の実(23歳) 借金地獄の元カレから身をひそめるため 友達の家に居候のはずが友達に彼氏ができ 今はネットカフェを放浪中 「もしかして、君って、家出少女??」 ある日、ビルの駐車場をうろついてたら 金髪のイケメンの外人さんに 声をかけられました 「寝るとこないないなら、俺ん家に来る? あ、俺は、ここの27階で働いてる ジャスティンって言うんだ」 「………あ、でも」 「大丈夫、何も心配ないよ。だって俺は… 女の子には興味はないから」

あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお断りいたします。

汐埼ゆたか
恋愛
旧題:あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。 ※現在公開の後半部分は、書籍化前のサイト連載版となっております。 書籍とは設定が異なる部分がありますので、あらかじめご了承ください。 ――――――――――――――――――― ひょんなことから旅行中の学生くんと知り合ったわたし。全然そんなつもりじゃなかったのに、なぜだか一夜を共に……。 傷心中の年下を喰っちゃうなんていい大人のすることじゃない。せめてもの罪滅ぼしと、三日間限定で家に置いてあげた。 ―――なのに! その正体は、ななな、なんと!グループ親会社の役員!しかも御曹司だと!? 恋を諦めたアラサーモブ子と、あふれる愛を注ぎたくて堪らない年下御曹司の溺愛攻防戦☆ 「馬鹿だと思うよ自分でも。―――それでもあなたが欲しいんだ」 *・゚♡★♡゚・*:.。奨励賞ありがとうございます 。.:*・゚♡★♡゚・* ▶Attention ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

数合わせから始まる俺様の独占欲

日矩 凛太郎
恋愛
アラサーで仕事一筋、恋愛経験ほぼゼロの浅見結(あさみゆい)。 見た目は地味で控えめ、社内では「婚期遅れのお局」と陰口を叩かれながらも、仕事だけは誰にも負けないと自負していた。 そんな彼女が、ある日突然「合コンに来てよ!」と同僚の女性たちに誘われる。 正直乗り気ではなかったが、数合わせのためと割り切って参加することに。 しかし、その場で出会ったのは、俺様気質で圧倒的な存在感を放つイケメン男性。 彼は浅見をただの数合わせとしてではなく、特別な存在として猛烈にアプローチしてくる。 仕事と恋愛、どちらも慣れていない彼女が、戸惑いながらも少しずつ心を開いていく様子を描いた、アラサー女子のリアルな恋愛模様と成長の物語。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

処理中です...