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第五話【優しさ香るカフェオレ】迷い猫に要注意!
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マスターと二人で思い出話に花を咲かせていると、入口のカウベルがカランカランと音を立てた。反射的に立ち上がり「いらっしゃいませ」とそちらを見る。入って来た人に美寧は思わず目を見開いた。
「おっ。噂をすれば、だな」
「れいちゃん!!」
店に入った途端かけられた声に、怜は薄く口の端を上げ軽く会釈をする。
「いらっしゃい」
「こんにちは」
マスターに挨拶を返した怜は、そのまま数歩で美寧のところまでやってきて、隣のスツールに腰かけた。
「い、いらっしゃい、れいちゃん。お仕事はいいの?」
「ええ。ひと段落したので、息抜きにコーヒーを頂きに来ました」
「そっか」
「ブレンドをホットでお願いしますね、店員さん」
首を少し傾けながら薄い唇を少し上げ、美寧を見る。
「は、はい。……マスター」
注文を通そうとマスターの方に目を遣ると
「はいはい」
すでに準備に入っていた。
「美寧はまだ休憩でいいからな」
「え?」
「まだカフェオレが残っているだろ?」
「…はい」
「ついでにそこの客の相手をしてやれ」
美寧の隣にちらりと視線を遣ったマスターはそれだけ言うと、コーヒーを淹れる為後ろを向いてしまった。
「俺の話をしていたのですか?」
隣に座り直した美寧に怜が問いかける。
「う、うん……ここに初めて出勤した時のことを、ね」
「ああ……」
軽く頷いた怜は、チラリとマスターの方に視線を投げるが、彼はこちらに背を向けたままだ。きっとこの視線の意味を感じ取っているはずなのに、分かっていて敢えてこちらを見ないようにしている気がする、と怜は思った。
「れいちゃんはちゃんとお昼食べたの?」
「はい。ミネに言われましたからね」
ちゃんと、かどうかは別だが。
「ミネはお昼、何でしたか?」
「おいなりさんだったよ!」
「おいなりさん、ですか……珍しいですね」
「うん。奥さんが作ってたんだって。おあげが甘くてとっても美味しかったんだよ?」
「朝から奥さんが張り切って大量生産していたお裾分けだ」
カウンターの中からした声に顔を向けると、怜の前にコーヒーが置かれた。
「今日これから娘のところに一緒に行くことになってるんだ。奥さんのいなり寿司は娘の好物の一つだからな」
「そうなんですか?」
怜がマスターに聞いた。美寧はマスターの今日の予定を聞いていたので、大人しく横で黙っている。
「ああ。なんだか少し風邪気味らしくてな。こんな時に限って旦那は出張中で留守にしているらしいから、ちょっと様子を見に行こうと」
「それは心配ですね。ご結婚されるような大きなお子さんがいらっしゃるとは思いませんでした。お嬢さんはまだお若いですよね?」
「ああ……若く、と言っても娘も二十五歳だから結婚に早すぎるという歳ではないがな」
「えっ!二十五歳!?」
「ああ」
珍しく驚きを表面に出した怜に、マスターは何事もないように頷いた。
「そんなに大きなお子さんがいらっしゃるようには……」
「そうか?おれはもうすぐ四十になるぞ?」
「「四十!?」」
今度は怜と美寧の声が重なった。
美寧も、マスターは怜よりいくつか上なだけだと思っていた。怜も実年齢よりも若く二十七、八くらいに見られることが多いが、マスターは怜の少し上、三十四、五くらいだろうと思っていたのだ。
それは怜も同じだったようで、「……俺の少し上かと思っていました」と心底驚いた声で怜が呟いていた。
「……それでもお嬢さんが二十五歳ということは……」
単純計算でマスターが十五歳の時の子どもということになる。
「ああ、言ってなかったか?娘は奥さんの連れ子なんだよ」
「そうだったのですか……」
「ああ、娘が九歳の時に彼女と結婚したからな」
「そうだったんですね……」
マスターの言葉に返事を返す怜の横で、美寧は目を丸くしてただ驚いていた。
マスターや奥さんから、よく離れて暮らしている娘さんの話は聞いていた。
娘さんの話をするマスターの瞳はいつも蕩けるように甘くて、去年その娘さんがお嫁に行ってしまったことを話す時のマスターは嬉しそうだがどこか寂しそうだった。
マスターが心から娘さんのことを愛していると知っていただけに、美寧はこの真実に言葉が出ないほど衝撃を受けていた。
(血の繋がりが無くても、こんなふうに本当の家族になれるのね……)
それはとても素敵ですばらしいことなのに、美寧の心は軋むように痛んだ。
(血が繋がっていても愛し合う家族にはなれないこともあるけれど……)
心が深い沼に沈んでいきそうになった、その時。
「ミネ?…どうかしましたか?」
「え……」
「ぼうっとしていましたが、具合でも悪くなりましたか?」
「え…と、そんなことない。大丈夫だよ?」
「本当だ。少し顔色も良くないぞ」
マスターまで心配そうに見てくる。
過保護な男性二人に挟まれた美寧は、なんと答えて良いのか言葉を詰まらせた。
「今日はもう上がっていいぞ。他に客もいないし店はこのまま閉めることにするから」
時計を見ると美寧が仕事を上がる予定の三十分前になっていた。
「このままそいつと一緒に帰る方がいい。その方が俺も行き倒れの心配しないでいいしな」
「行き倒れ?」
「マ、マスター!」
しまった!と美寧は慌てた。怜には二度目の行き倒れ未遂事件は言っていない。話してしまえばまた心配をかけてしまうと思ったからだ。
慌てる美寧の方をチラリと見た怜は、残りのコーヒーを飲み干してカップをソーサーに戻した。
「今日はお言葉に甘えましょう、ミネ」
「う、うん……」
「帰り道にさっきの話を聞かせてくださいね?」
「うっ………」
誤魔化されてはくれないようだ。
「さっ、ここは良いから荷物を取ってこい」
「はい。ありがとうございます、マスター」
美寧はそそくさと荷物を取りに事務所に向かった。
「おっ。噂をすれば、だな」
「れいちゃん!!」
店に入った途端かけられた声に、怜は薄く口の端を上げ軽く会釈をする。
「いらっしゃい」
「こんにちは」
マスターに挨拶を返した怜は、そのまま数歩で美寧のところまでやってきて、隣のスツールに腰かけた。
「い、いらっしゃい、れいちゃん。お仕事はいいの?」
「ええ。ひと段落したので、息抜きにコーヒーを頂きに来ました」
「そっか」
「ブレンドをホットでお願いしますね、店員さん」
首を少し傾けながら薄い唇を少し上げ、美寧を見る。
「は、はい。……マスター」
注文を通そうとマスターの方に目を遣ると
「はいはい」
すでに準備に入っていた。
「美寧はまだ休憩でいいからな」
「え?」
「まだカフェオレが残っているだろ?」
「…はい」
「ついでにそこの客の相手をしてやれ」
美寧の隣にちらりと視線を遣ったマスターはそれだけ言うと、コーヒーを淹れる為後ろを向いてしまった。
「俺の話をしていたのですか?」
隣に座り直した美寧に怜が問いかける。
「う、うん……ここに初めて出勤した時のことを、ね」
「ああ……」
軽く頷いた怜は、チラリとマスターの方に視線を投げるが、彼はこちらに背を向けたままだ。きっとこの視線の意味を感じ取っているはずなのに、分かっていて敢えてこちらを見ないようにしている気がする、と怜は思った。
「れいちゃんはちゃんとお昼食べたの?」
「はい。ミネに言われましたからね」
ちゃんと、かどうかは別だが。
「ミネはお昼、何でしたか?」
「おいなりさんだったよ!」
「おいなりさん、ですか……珍しいですね」
「うん。奥さんが作ってたんだって。おあげが甘くてとっても美味しかったんだよ?」
「朝から奥さんが張り切って大量生産していたお裾分けだ」
カウンターの中からした声に顔を向けると、怜の前にコーヒーが置かれた。
「今日これから娘のところに一緒に行くことになってるんだ。奥さんのいなり寿司は娘の好物の一つだからな」
「そうなんですか?」
怜がマスターに聞いた。美寧はマスターの今日の予定を聞いていたので、大人しく横で黙っている。
「ああ。なんだか少し風邪気味らしくてな。こんな時に限って旦那は出張中で留守にしているらしいから、ちょっと様子を見に行こうと」
「それは心配ですね。ご結婚されるような大きなお子さんがいらっしゃるとは思いませんでした。お嬢さんはまだお若いですよね?」
「ああ……若く、と言っても娘も二十五歳だから結婚に早すぎるという歳ではないがな」
「えっ!二十五歳!?」
「ああ」
珍しく驚きを表面に出した怜に、マスターは何事もないように頷いた。
「そんなに大きなお子さんがいらっしゃるようには……」
「そうか?おれはもうすぐ四十になるぞ?」
「「四十!?」」
今度は怜と美寧の声が重なった。
美寧も、マスターは怜よりいくつか上なだけだと思っていた。怜も実年齢よりも若く二十七、八くらいに見られることが多いが、マスターは怜の少し上、三十四、五くらいだろうと思っていたのだ。
それは怜も同じだったようで、「……俺の少し上かと思っていました」と心底驚いた声で怜が呟いていた。
「……それでもお嬢さんが二十五歳ということは……」
単純計算でマスターが十五歳の時の子どもということになる。
「ああ、言ってなかったか?娘は奥さんの連れ子なんだよ」
「そうだったのですか……」
「ああ、娘が九歳の時に彼女と結婚したからな」
「そうだったんですね……」
マスターの言葉に返事を返す怜の横で、美寧は目を丸くしてただ驚いていた。
マスターや奥さんから、よく離れて暮らしている娘さんの話は聞いていた。
娘さんの話をするマスターの瞳はいつも蕩けるように甘くて、去年その娘さんがお嫁に行ってしまったことを話す時のマスターは嬉しそうだがどこか寂しそうだった。
マスターが心から娘さんのことを愛していると知っていただけに、美寧はこの真実に言葉が出ないほど衝撃を受けていた。
(血の繋がりが無くても、こんなふうに本当の家族になれるのね……)
それはとても素敵ですばらしいことなのに、美寧の心は軋むように痛んだ。
(血が繋がっていても愛し合う家族にはなれないこともあるけれど……)
心が深い沼に沈んでいきそうになった、その時。
「ミネ?…どうかしましたか?」
「え……」
「ぼうっとしていましたが、具合でも悪くなりましたか?」
「え…と、そんなことない。大丈夫だよ?」
「本当だ。少し顔色も良くないぞ」
マスターまで心配そうに見てくる。
過保護な男性二人に挟まれた美寧は、なんと答えて良いのか言葉を詰まらせた。
「今日はもう上がっていいぞ。他に客もいないし店はこのまま閉めることにするから」
時計を見ると美寧が仕事を上がる予定の三十分前になっていた。
「このままそいつと一緒に帰る方がいい。その方が俺も行き倒れの心配しないでいいしな」
「行き倒れ?」
「マ、マスター!」
しまった!と美寧は慌てた。怜には二度目の行き倒れ未遂事件は言っていない。話してしまえばまた心配をかけてしまうと思ったからだ。
慌てる美寧の方をチラリと見た怜は、残りのコーヒーを飲み干してカップをソーサーに戻した。
「今日はお言葉に甘えましょう、ミネ」
「う、うん……」
「帰り道にさっきの話を聞かせてくださいね?」
「うっ………」
誤魔化されてはくれないようだ。
「さっ、ここは良いから荷物を取ってこい」
「はい。ありがとうございます、マスター」
美寧はそそくさと荷物を取りに事務所に向かった。
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