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第五話【優しさ香るカフェオレ】迷い猫に要注意!
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「ただ今戻りました」
牛乳が入った買い物袋を手にした美寧がラプワールに戻ると、カウンターの方からマスターが顔を出した。
「おぅ、お使いご苦労さん。少し遅かったからまたその辺で行き倒れてないかと思っていたところだったぞ」
その台詞に、美寧は軽く頬を膨らませた。
「そんなにしょっちゅう行き倒れませんからっ!」
怜に拾われた時のことはマスターには内緒だ。二度目だとばれたらきっともうお使いには出してもらえないかもしれない。
「それは安心だな」
ハハハと笑うマスターを横目で見ながら、手早くエプロンを身に着け手を洗い店内に出る。
お客はカウンターにいつもの常連と、もう一組二人連れの女性がテーブル席に座っていた。
出来上がったコーヒーを彼女たちのところへ持って行くと、「あら、可愛い店員さんね」と褒められて嬉しくなる。
「ありがとうございます」と笑顔で礼を言い、「ごゆっくりどうぞ」と言ってカウンターの中に戻った。
昼下がりから夕方にかけてのピークの時間をなんとか無事乗り切ってホッと一息ついた頃、マスターが「ひと休憩しなさい」と言って、美寧をカウンターの一番端に座らせた。働きだしたその日からマスターは美寧の体調を気遣ってくれて、こうして余裕がある時に休憩を取らせてくれる。
椅子に腰を下ろすと、どっと疲れを感じる。今日はいつもよりも勤務時間が長い上にピーク時間が長かったせいだ。
ふぅっと長い息をついた美寧の前に、コトリとカップが置かれた。カフェオレだ。
「おいしい……」
美寧の口からこぼれ落ちる言葉に、カウンターの中のマスターが静かに微笑む。
「マスター」
「なんだ?」
「私もお使いの帰りに、あの時のこと思い出してたんですよ」
「あの時?」
「マスターと初めて会った時のことです」
「ああ。行き倒れ事件か」
「うっ、……それは言わないでください」
「はははっ、すまんすまん」
「あの時のカフェオレ、ほんとに美味しかったな」
「俺が淹れたもんだからな」
「ふふ、そうですね」
カウンター越しにクスクスと笑い合う。店内には客はいないから、すっかり休憩モードだ。
「元気になったらいきなり『雇ってください』だもんな」
「その節はすみませんでした……」
「最初は『給料少なくていい』と言うから驚いたが、確かに“猫の手”になるまで時間が掛かったな」
目尻を下げながらにやにやと笑われ、美寧は肩を竦ませた。
「大変ご迷惑をおかけしまして……」
「ははっ。まあ、迷惑ではなかったけど、教え甲斐はあったなぁ」
「…………」
遠い目をしてしみじみと言うマスターに返す言葉もない。
「でも良かったよ、美寧を雇って」
「本当ですか?」
思いがけないマスターの言葉に、美寧は目を丸くした。
「ああ。素直で可愛い美寧に常連さん達も喜んでいるし、新たな客も増えつつあるしな。それに今日みたいにお客が多い時は、俺一人だけでは厳しい。美寧が一生懸命頑張ってくれて助かっているよ」
「あ…ありがとうございます」
褒められた美寧は、喜びで頬を上気させる。
するとマスターは、突然何かを思い出したように「くくっ」と笑った。
「??」
小首を傾げて不思議そうにしている彼女に、マスターは笑いを噛み殺しながら口を開く。
「あの次の日に、お前が“保護者”を伴ってここに来た時のことを思い出して、な」
「ぁ、……」
その時のことを思い出して顔を赤くした美寧に、マスターはまた笑った。
美寧がラプワールで働くことを決めた翌日。怜がこの店までついて来たのだ。
彼曰く、『ミネが働くのにふさわしい場所かこの目できちんと確かめます』と。
もうすでに成人している美寧には“保護者”の了承など必要ない。そう言っても怜は納得せず、『どうしても』という彼を押しとどめることは美寧には出来なかった。
マスターを初めて見た時の彼の反応は、今思い出しても不可解だ。
いつも冷静な怜にしては珍しく、眉を上げ明らかにマスターを警戒しているようだった。
妙な緊張感を漂わせている怜に違和感を感じながら、お互いを紹介し合っていた時、ちょうどマスターの奥さんがやってきた。
美寧もこの時初めてマスターの奥さんに会ったので、慌てて自己紹介をして、なにやら制服のことなどでひと盛り上がりしたあと、気付くと隣にいる怜がいつもの彼に戻っていた。
なにやらしたり顔のマスターと飄々とした顔の怜の間で、美寧はしばらく頭に疑問符が飛んだままだった。
「ただ今戻りました」
牛乳が入った買い物袋を手にした美寧がラプワールに戻ると、カウンターの方からマスターが顔を出した。
「おぅ、お使いご苦労さん。少し遅かったからまたその辺で行き倒れてないかと思っていたところだったぞ」
その台詞に、美寧は軽く頬を膨らませた。
「そんなにしょっちゅう行き倒れませんからっ!」
怜に拾われた時のことはマスターには内緒だ。二度目だとばれたらきっともうお使いには出してもらえないかもしれない。
「それは安心だな」
ハハハと笑うマスターを横目で見ながら、手早くエプロンを身に着け手を洗い店内に出る。
お客はカウンターにいつもの常連と、もう一組二人連れの女性がテーブル席に座っていた。
出来上がったコーヒーを彼女たちのところへ持って行くと、「あら、可愛い店員さんね」と褒められて嬉しくなる。
「ありがとうございます」と笑顔で礼を言い、「ごゆっくりどうぞ」と言ってカウンターの中に戻った。
昼下がりから夕方にかけてのピークの時間をなんとか無事乗り切ってホッと一息ついた頃、マスターが「ひと休憩しなさい」と言って、美寧をカウンターの一番端に座らせた。働きだしたその日からマスターは美寧の体調を気遣ってくれて、こうして余裕がある時に休憩を取らせてくれる。
椅子に腰を下ろすと、どっと疲れを感じる。今日はいつもよりも勤務時間が長い上にピーク時間が長かったせいだ。
ふぅっと長い息をついた美寧の前に、コトリとカップが置かれた。カフェオレだ。
「おいしい……」
美寧の口からこぼれ落ちる言葉に、カウンターの中のマスターが静かに微笑む。
「マスター」
「なんだ?」
「私もお使いの帰りに、あの時のこと思い出してたんですよ」
「あの時?」
「マスターと初めて会った時のことです」
「ああ。行き倒れ事件か」
「うっ、……それは言わないでください」
「はははっ、すまんすまん」
「あの時のカフェオレ、ほんとに美味しかったな」
「俺が淹れたもんだからな」
「ふふ、そうですね」
カウンター越しにクスクスと笑い合う。店内には客はいないから、すっかり休憩モードだ。
「元気になったらいきなり『雇ってください』だもんな」
「その節はすみませんでした……」
「最初は『給料少なくていい』と言うから驚いたが、確かに“猫の手”になるまで時間が掛かったな」
目尻を下げながらにやにやと笑われ、美寧は肩を竦ませた。
「大変ご迷惑をおかけしまして……」
「ははっ。まあ、迷惑ではなかったけど、教え甲斐はあったなぁ」
「…………」
遠い目をしてしみじみと言うマスターに返す言葉もない。
「でも良かったよ、美寧を雇って」
「本当ですか?」
思いがけないマスターの言葉に、美寧は目を丸くした。
「ああ。素直で可愛い美寧に常連さん達も喜んでいるし、新たな客も増えつつあるしな。それに今日みたいにお客が多い時は、俺一人だけでは厳しい。美寧が一生懸命頑張ってくれて助かっているよ」
「あ…ありがとうございます」
褒められた美寧は、喜びで頬を上気させる。
するとマスターは、突然何かを思い出したように「くくっ」と笑った。
「??」
小首を傾げて不思議そうにしている彼女に、マスターは笑いを噛み殺しながら口を開く。
「あの次の日に、お前が“保護者”を伴ってここに来た時のことを思い出して、な」
「ぁ、……」
その時のことを思い出して顔を赤くした美寧に、マスターはまた笑った。
美寧がラプワールで働くことを決めた翌日。怜がこの店までついて来たのだ。
彼曰く、『ミネが働くのにふさわしい場所かこの目できちんと確かめます』と。
もうすでに成人している美寧には“保護者”の了承など必要ない。そう言っても怜は納得せず、『どうしても』という彼を押しとどめることは美寧には出来なかった。
マスターを初めて見た時の彼の反応は、今思い出しても不可解だ。
いつも冷静な怜にしては珍しく、眉を上げ明らかにマスターを警戒しているようだった。
妙な緊張感を漂わせている怜に違和感を感じながら、お互いを紹介し合っていた時、ちょうどマスターの奥さんがやってきた。
美寧もこの時初めてマスターの奥さんに会ったので、慌てて自己紹介をして、なにやら制服のことなどでひと盛り上がりしたあと、気付くと隣にいる怜がいつもの彼に戻っていた。
なにやらしたり顔のマスターと飄々とした顔の怜の間で、美寧はしばらく頭に疑問符が飛んだままだった。
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