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第2幕:心を繋ぐ清流の協奏曲(コンチェルト)
第4-4節:フィルザードの地理的特徴
しおりを挟む再びふたりきりになった執務室で、私はフィルザードの地図を眺めていた。
その図は思っていた以上に精密で、道や民家、畑、砦、国境、土塁や空堀といった状況が詳細に記されている。さらに土地の高低差も等高線で示されていて、これが軍事機密だというのも頷ける。
ジョセフさんが地図情報の流出を危惧するのも当然かも……。
そして私の知りたかった情報もこの地図で把握することが出来た。特に着目したのは等高線によるフィルザード領内の起伏だ。これを見る限り、私の推測した通りの結果になりそうな気がする。
「どうだ、シャロン。何か参考になったか?」
私が地図を眺めながら確信めいた表情で頷いたからか、隣で様子を窺っていたリカルド様が声をかけてきた。
それに対して私は導き出した仮説を話すことにする。
「はい、やはりフィルザードの東部地域は扇状地のようです」
「扇状地?」
「川の浸食によって石や砂が堆積して出来た土地のことです。こういう場所は地面の下に地下水や伏流水などが流れていて、水資源が豊富であることが多いのです」
「つまりそれを汲み上げて水路に流せるようになれば、フィルザードの作物が水不足で弱るということが少なくなるわけだな?」
「その通りです。もしかしたら果樹さえ育てられるかもしれません。もちろん、土が痩せていますから、作物の種類と収穫量を増やすにはその改良も必要になりますが」
水路が完成したとしても、それだけで育てられる作物の種類が増やせるかといったら必ずしもそうとは限らない。栄養分に乏しい土のままでは、アブラズナのような周囲の環境に強い植物しか育たないからだ。
やはり作物を育てるには、その作物に合った土や環境を整えてあげる必要がある。
例えば、植物の生育には水はけの善し悪しや土の酸性度、それらの要素と育てようとする作物の相性など、様々な条件が関係してくる。当然、水や土の状況が変われば今までフィルザードで正常に育っていた作物に悪影響が出る場合もある。
また、隣接して植える作物が他の作物に影響を与えたり病気の原因になったり、今までは存在しなかった虫が発生する可能性だってある。
水路の周辺から少しずつということになるだろうけど、そうした問題をフィルザード全域で解決していかなければならない。
もちろん、普段から作物を育てているリカルド様はそういったことをご理解なさっていると思う。ただ、その上でも彼の表情は途端に明るく輝く。
「確かに土の改良はいるが、これはフィルザードの農業を大幅に改善させられる一歩になるかもしれんぞっ? 大きな障害のひとつだった水問題が解決する光明が見えたのだからな!」
「はい、私たちの夢の実現へ向けてかなりの前進になると思います」
「うまくいけば小麦を買うどころか、フィルザードで小麦が収穫できるようになるかもしれん! まさかそんな可能性が出てくるとは!」
「そのためには、まだまだ先が長いですけどね。まずは地下に水資源が豊富にあることを確認しましょう。これは私の持つ力を使えば簡単なことです」
私はクスクスと笑いながら、お気楽な感じで述べた。なぜならこうしたことは精霊使いが最も得意とする分野だから。
通常なら地面に影響を与えずに地下の状況を確認するのは困難なこと。地系魔法や水系魔法を使ったとしても、穴が開いたり地下水の流れが変わってしまったりすることは充分に考えられる。
一方、水の精霊を呼び出して状況を訊ねるなら、地面にも水脈にも影響を与えることがない。しかも情報を詳細かつ正確に知ることが出来る。
ただ、私の言葉を聞いたリカルド様はなぜか眉を曇らせている。
「……それはシャロンの体に無理が掛かるわけではないよな?」
「あ……。それが気になっていたのですか。ご安心ください。水の声を聞くだけなら、何かの奇跡を起こすよりも負担は少ないですから」
「嘘ではないな? もし無理が掛かるなら力を使う必要はないぞ。カネや労力を掛けてでも、何か所かを掘って確認すればいいのだからな。カネや労力は代えが利く。だが、キミの代わりはいない」
リカルド様は神妙な面持ちで私の手を取り、優しく握った。そして視線を逸らすことなく私を見つめ続ける。
温かくて力強さを感じる手の感触、私だけが映るその魅力的な黒い瞳。そこから彼の私に対する熱い想いがひしひしと伝わってくる。それが嬉しくて、私の胸は幸せな気持ちで一杯になる。
「本当に大丈夫です。お気遣い感謝いたします」
「分かった。それならその調査はシャロンに任せよう。では、僕に出来ることは何かないか?」
「おそらくは予想通りフィルザードの地下には豊富に水資源が眠っていることでしょう。ですからそれを前提として動いても問題はないはずです。そうなると、水路関連の作業を進めていくということになりますね」
「ふむ……」
リカルド様は拳を口元に当てながら軽く俯いて考え込んだ。
(つづく……)
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