嫁ぎ先は貧乏貴族ッ!? ~本当の豊かさをあなたとともに~

みすたぁ・ゆー

文字の大きさ
70 / 178
第4幕:解け合う未来の奇想曲(カプリッチオ)

第1-2節:外出の準備

しおりを挟む
 
 公務に悪戦苦闘していると時間は光のようなスピードで過ぎていき、さらに昼食も終わって午後を迎えた。すでにリカルドはジョセフやナイルさんとともに畑へ出かけ、今ごろは農作業をしていることだろう。

 見上げれば、今日も透き通るような青空がどこまでも広がっている。強い日差しが地面に照りつけ、雨の気配は全く感じられない。

 水路と風車が完成して大地に水が行き渡れば、様々な作物が充分に育つ環境なんだけどな……。

 そんなことを思いながら私は一階の作業場へ行き、そこに置いてある木製の空樽を二輪の荷車リヤカーに載せて井戸へと向かった。この樽はひとつで浴槽が満杯になるくらいの水が入れられる大きなものだ。

 当然、そうなると中身が空っぽの状態でもそれなりの重さがあるし、水を最大まで入れた状態では私の体重を上回る。もし荷車リヤカーがなかったら、とてもじゃないけど私だけでは運べない。

 数日前、私は作業場の隅でホコリをかぶっているこの荷車リヤカーを見つけ、リカルドやナイルさんの力を借りて使えるように整備した。また、樽はかつて調理場で使っていた古いものらしく、スピーナさんから許可をもらってそれを借りている。

「んしょっ!」

 井戸へと辿り着いた私は釣瓶つるべを落として水をみ上げ、樽の中へ入れた。その際には重みで縄が肌に食い込み、手のひらが赤くなってあとが付く。さらに湿り気で滑ると擦り傷のようになって痛みを伴う。

 でもそれを我慢しながら、樽が満たされるまで何度も水をんでいく。

 揺れる水面には太陽の光が反射してまばゆく輝き、見ているだけで明るさと清涼感を覚える。

「――ん、こんなものかな」

 やがて水で満たされた樽を眺め、私はふうっと小さく息をついた。そして額ににじむ汗を服の袖でぬぐう。

 そのあと、両方の手のひらを樽にかざして精神を集中させる。

 これから唱えるのは氷系魔法の呪文スペル。それもやや熟練度と魔法力を必要とする中位のものだ。樽の中に入った大量の水をキンキンになるまで冷すとなると、初歩的な氷系魔法ではパワーが足りないから。

「……っ……っ……っ……」

 心を静かにして呼吸を整え、自分の魂が空間と一体になるような感覚になったところで呪文スペルを詠唱する。魔法力が体の中で一定のリズムを刻みながら、その奔流ほんりゅうは手のひらに集まっていく。

 すると両手の全体があおい光におおわれ、その周囲の空気が冷えていくのを実感する。程なく練られた魔法力は最高潮に達し、手のひらから吹雪のごとき強力な冷気が放たれ始めた。

 樽の外側には薄い氷の層が生まれ、中の水も次第にシャーベット状になっていく。

「うん、こんなところかな」

 水の全体が凍るか凍らないかという頃合いを見計らい、私は氷系魔法の行使を止めた。完全に凍らせてしまうと融けるまでに時間がかかりすぎてしまうし、これより冷却が足りないと運んでいる途中でぬるくなってしまう。

 それに水は固体になると体積が増えて樽が破裂することもあるから、水量も冷却も程々にしておくのが肝心だ。

「シャロン様っ、お待たせしましたなのです~!」

 その時のこと、まるで申し合わせていたかのようにポプラが屋敷の方から駆け寄ってくる。その手には中身が詰まってパンパンに膨れている大きな布袋があり、いつも通りであれば中に入っているのは大量の揚げ花のはずだ。

 さらに背負っているリュックサックの開いた口からは、柄杓ひしゃくやいくつもの木製のカップが見え隠れしている。

「ポプラ、ベストタイミングだよ。私も水を樽に入れて冷したところ。じゃ、出発しようか?」

「はいなのですっ! すぐに荷物を荷車リヤカーに載せますです!」

 私が荷車リヤカーの前部に移動して取っ手を持つと、その間にポプラは荷台の空いたスペースにリュックサックや揚げ花が入っているであろう布袋を載せた。

 その後、ポプラから準備完了の合図を受けると、私は荷車リヤカーを引いて進み始めることにする。もちろん、後部では彼女も荷車リヤカーを押してくれるけど、それでも水で満たされた樽は巨大なドラゴンでも運んでいるかのように重い。気合いを入れなければ!

 ちなみに荷車リヤカーが動き出す瞬間こそ最も大きな力が必要になる。これはせい摩擦力の方がどう摩擦力よりも大きいためだ。だからこそ一度動き出してしまえば、慣性の力も相まって少しは負担も軽くなる。

「行くよ、ポプラ! せーのっ!」

 地面に粘着する足の裏、取っ手を握る手に込める腕力――。

 私はしっかりと大地を踏みしめ、腰をややかがめながら力を入れて踏ん張った。

 すると荷車リヤカーの車輪はゆっくりと回り始め、けたたましい音を奏でながら前へ動き出す。

 なお、私たちの行き先は水路の工事現場。水や揚げ花は作業員さんたちへの差し入れというわけだ。もちろん、進捗しんちょく状況をこの目で見るということや現場の声を直接聞くという意味合いもあるけれど。

 工事の始まる数日前、リカルドやクレストさんに提案をして、許可をもらって私はこれをするようになった。以来、工事が行われる日は欠かさず続けている。最初は戸惑っていた作業員さんたちも今やすっかり慣れて、私は現場の顔なじみだ。

 フィルザードはもともと領主と領民の垣根が低いという素地もあるから、比較的すんなりと受け入れてもらえたのかもしれない。


(つづく……)
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

ウッカリ死んだズボラ大魔導士は転生したので、遺した弟子に謝りたい

藤谷 要
恋愛
十六歳の庶民の女の子ミーナ。年頃にもかかわらず家事スキルが壊滅的で浮いた話が全くなかったが、突然大魔導士だった前世の記憶が突然よみがえった。  現世でも資質があったから、同じ道を目指すことにした。前世での弟子——マルクも探したかったから。師匠として最低だったから、彼に会って謝りたかった。死んでから三十年経っていたけど、同じ魔導士ならばきっと探しやすいだろうと考えていた。  魔導士になるために魔導学校の入学試験を受け、無事に合格できた。ところが、校長室に呼び出されて試験結果について問い質され、そこで弟子と再会したけど、彼はミーナが師匠だと信じてくれなかった。 「私のところに彼女の生まれ変わりが来たのは、君で二十五人目です」  なんですってー!?  魔導士最強だけどズボラで不器用なミーナと、彼女に対して恋愛的な期待感ゼロだけど絶対逃す気がないから外堀をひたすら埋めていく弟子マルクのラブコメです。 ※全12万字くらいの作品です。 ※誤字脱字報告ありがとうございます!

処理中です...