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第4幕:解け合う未来の奇想曲(カプリッチオ)
第1-1節:新たな役目
しおりを挟む私は食堂で朝食を終えると、リカルドやジョセフとともに執務室へ移動した。
水路や風車の建設が正式に決まり、すでにそのプロジェクトは少しずつ動き出している。例えば、資材の手配はクレストさんが主導してやってくれているし、水路の掘削は数日前から始まっている。
当然、それに伴ってフィルザード家が処理しなければならない様々な手続きも増えてきていて、今後もますます公務は忙しくなりそうな感じだ。
でも少なくとも言い出しっぺの私はちょっとやそっとのことでは弱音なんか吐けないし、決して負けていられない。領民のみんなの笑顔のためにも、リカルドと私の夢を叶えるためにも、気合いを入れて乗り越えてみせる。
「――よしっ!」
私は自席の椅子に座り直すと、机の傍らに置いてある水路の計画書を見つめて頷いた。
そして大きく深呼吸。鼻の中に広がってくるホコリとインクと紙の臭いにももう慣れた。もはや何の抵抗もなく受け入れられている。もしかしたら意外に私には環境への順応性があるのかもしれない。
そうだよね、いきなり辺境伯家に嫁ぐことになったのに、なんだかんだで今日まで過ごせてこられているんだから。
…………。
……ううん、それは決して私だけの力じゃない。リカルドやフィルザードのみんなが良い人たちばかりだから。周りに助けてもらってきたから。
だからこそ、私もその恩返しが出来るように皆さんのお役に立たなきゃ。
早速、私は今日の公務に取りかかるためにペンやメモを持ち、リカルドの机に向かうことにする。
ちなみに最近は少しずつだけど公務の内容や処理の仕方、流れ、パターンのようなものが分かり始めてきた。これもリカルドやジョセフによるアドバイスやサポートのおかげだ。今や公務に臨む際の不安はほとんどない。
もちろん、ミスは出来ないという緊張感は依然としてあるし、責任の重さだってしっかり認識している。それにまだまだ圧倒的に知識も経験も不足しているから、気を抜かずに学びを続けていかないといけない。
――と、心の中で自分を戒めていると、不意に目の前には書類の山が現れる。
ドサリという重苦しい音と振動。舞い上がったホコリは霞のように漂っている。
何事かと私が目を丸くして顔を上げると、机の向こう側には引き締まった表情のジョセフが佇んでいる。
「っ? ジョセフ、この書類の山は何ですか?」
「これからシャロン様に処理していただくものになります」
「え? 私がっ!?」
「いずれも水路や風車の建設に関係する案件です。それならシャロン様に目を通していただいた方が、色々と都合が良いと思いますので。計画の進捗状況などを把握することにも役立つでしょうし」
「で、でもっ、私はまだ公務の初心者であって上手く処理できるかどうか……」
「ご安心ください。最終的には各案件について、リカルド様がご判断なさいます。おひとりで全てを完結していただこうというわけではありません。要するに今まで私が担っていた仕事の一部を、シャロン様にやっていただくということです」
それを聞いて私は少しだけ状況を把握することが出来た。
そっか、裁定の前段階である実務的な処理を任されるということか……。
公務の流れというのは基本的にジョセフがまず各案件を処理して、最後にリカルドに諮って決定となる。もちろん、リカルドの判断を仰ぐまでもない簡易的な案件に関しては、ジョセフが宰相の権限で完結させることもあるけれど。
実務的な処理の具体的な内容としては、限られた時間内で各案件のチェックや修正、分析などを進め、場合によっては差し戻しの判断をすることなど。
さらにリカルドから何か指摘が出たらきちんと説明できるように、細かい部分まで把握しておくことも必要となる。
ちなみにジョセフは高い実務能力の持ち主であるがゆえ、リカルドのところへ上がる案件はほぼ完璧な状態にまで処理がなされている。つまりその時点でその案件は微修正が入る可能性はあるものの、通ったと言っても過言ではないわけだ。
残念ながら、今の私にはそこまで出来る自信がない。その処理能力があるという自惚れだってない。
不安とプレッシャーを感じ、深刻に受け止める私。そんな想いが表情に出てしまっていたのか、自席で公務の準備をしていたリカルドが私を安心させるかのように明るい笑みを浮かべて優しく声をかけてくる。
「安心しろ、シャロン。キミはひとりじゃない。ジョセフが言ったように、僕たちがいる。それに公務における実務作業の経験を積むには最適な機会じゃないか」
「えぇ、まぁ……」
「これはジョセフから提案されて、僕が許可したことだ。何かあれば全責任は僕が負う。全力でキミを守る。だから心配はいらない。それとも僕を信頼できないか?」
「そ、そんなはずはありませんっ! 私はリカルド様を誰よりも信頼しています!」
私は思わず立ち上がり、即座に返事をした。
だってリカルドへの信頼に関して疑念は持たれたくないから。そんなの妻として寂しすぎる想いになるから。
すると彼はクスッと微笑み、凛とした瞳で私を真っ直ぐ見つめる。
「だったら頼んだぞ、シャロン。期待しているからな」
「リカルド様……。は、はいっ! そういうことでしたら頑張ってみますっ!」
「ははは、とはいえ無理はしなくていいぞ。分からないことや判断に困ることがあれば、遠慮なく僕やジョセフに訊いてくれ」
視線をジョセフに向けると、彼も大きく頷いている。
ただ、そうやって期待を寄せてくれているからこそ、私としてはふたりの手を煩わせたくない。なにより水路や風車に関わる公務を行うということは、私の頑張りにフィルザードの未来が掛かっているということでもある。
だから今まで以上に緊張感を持って公務に励みたい。そして作物をたくさん育てられるようにして、みんなのお腹を満たすんだ。パンを作って食べるんだ!
私はあらためて決意を胸に刻み、目の前にある書類へと手を伸ばしたのだった。
(つづく……)
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