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第4幕:解け合う未来の奇想曲(カプリッチオ)
第1-2節:外出の準備
しおりを挟む公務に悪戦苦闘していると時間は光のようなスピードで過ぎていき、さらに昼食も終わって午後を迎えた。すでにリカルドはジョセフやナイルさんとともに畑へ出かけ、今ごろは農作業をしていることだろう。
見上げれば、今日も透き通るような青空がどこまでも広がっている。強い日差しが地面に照りつけ、雨の気配は全く感じられない。
水路と風車が完成して大地に水が行き渡れば、様々な作物が充分に育つ環境なんだけどな……。
そんなことを思いながら私は一階の作業場へ行き、そこに置いてある木製の空樽を二輪の荷車に載せて井戸へと向かった。この樽はひとつで浴槽が満杯になるくらいの水が入れられる大きなものだ。
当然、そうなると中身が空っぽの状態でもそれなりの重さがあるし、水を最大まで入れた状態では私の体重を上回る。もし荷車がなかったら、とてもじゃないけど私だけでは運べない。
数日前、私は作業場の隅でホコリを被っているこの荷車を見つけ、リカルドやナイルさんの力を借りて使えるように整備した。また、樽はかつて調理場で使っていた古いものらしく、スピーナさんから許可をもらってそれを借りている。
「んしょっ!」
井戸へと辿り着いた私は釣瓶を落として水を汲み上げ、樽の中へ入れた。その際には重みで縄が肌に食い込み、手のひらが赤くなって痕が付く。さらに湿り気で滑ると擦り傷のようになって痛みを伴う。
でもそれを我慢しながら、樽が満たされるまで何度も水を汲んでいく。
揺れる水面には太陽の光が反射して眩く輝き、見ているだけで明るさと清涼感を覚える。
「――ん、こんなものかな」
やがて水で満たされた樽を眺め、私はふうっと小さく息をついた。そして額に滲む汗を服の袖で拭う。
そのあと、両方の手のひらを樽にかざして精神を集中させる。
これから唱えるのは氷系魔法の呪文。それもやや熟練度と魔法力を必要とする中位のものだ。樽の中に入った大量の水をキンキンになるまで冷すとなると、初歩的な氷系魔法ではパワーが足りないから。
「……っ……っ……っ……」
心を静かにして呼吸を整え、自分の魂が空間と一体になるような感覚になったところで呪文を詠唱する。魔法力が体の中で一定のリズムを刻みながら、その奔流は手のひらに集まっていく。
すると両手の全体が蒼い光に覆われ、その周囲の空気が冷えていくのを実感する。程なく練られた魔法力は最高潮に達し、手のひらから吹雪の如き強力な冷気が放たれ始めた。
樽の外側には薄い氷の層が生まれ、中の水も次第にシャーベット状になっていく。
「うん、こんなところかな」
水の全体が凍るか凍らないかという頃合いを見計らい、私は氷系魔法の行使を止めた。完全に凍らせてしまうと融けるまでに時間がかかりすぎてしまうし、これより冷却が足りないと運んでいる途中でぬるくなってしまう。
それに水は固体になると体積が増えて樽が破裂することもあるから、水量も冷却も程々にしておくのが肝心だ。
「シャロン様っ、お待たせしましたなのです~!」
その時のこと、まるで申し合わせていたかのようにポプラが屋敷の方から駆け寄ってくる。その手には中身が詰まってパンパンに膨れている大きな布袋があり、いつも通りであれば中に入っているのは大量の揚げ花のはずだ。
さらに背負っているリュックサックの開いた口からは、柄杓の柄やいくつもの木製のカップが見え隠れしている。
「ポプラ、ベストタイミングだよ。私も水を樽に入れて冷したところ。じゃ、出発しようか?」
「はいなのですっ! すぐに荷物を荷車に載せますです!」
私が荷車の前部に移動して取っ手を持つと、その間にポプラは荷台の空いたスペースにリュックサックや揚げ花が入っているであろう布袋を載せた。
その後、ポプラから準備完了の合図を受けると、私は荷車を引いて進み始めることにする。もちろん、後部では彼女も荷車を押してくれるけど、それでも水で満たされた樽は巨大なドラゴンでも運んでいるかのように重い。気合いを入れなければ!
ちなみに荷車が動き出す瞬間こそ最も大きな力が必要になる。これは静摩擦力の方が動摩擦力よりも大きいためだ。だからこそ一度動き出してしまえば、慣性の力も相まって少しは負担も軽くなる。
「行くよ、ポプラ! せーのっ!」
地面に粘着する足の裏、取っ手を握る手に込める腕力――。
私はしっかりと大地を踏みしめ、腰をやや屈めながら力を入れて踏ん張った。
すると荷車の車輪はゆっくりと回り始め、けたたましい音を奏でながら前へ動き出す。
なお、私たちの行き先は水路の工事現場。水や揚げ花は作業員さんたちへの差し入れというわけだ。もちろん、進捗状況をこの目で見るということや現場の声を直接聞くという意味合いもあるけれど。
工事の始まる数日前、リカルドやクレストさんに提案をして、許可をもらって私はこれをするようになった。以来、工事が行われる日は欠かさず続けている。最初は戸惑っていた作業員さんたちも今やすっかり慣れて、私は現場の顔なじみだ。
フィルザードはもともと領主と領民の垣根が低いという素地もあるから、比較的すんなりと受け入れてもらえたのかもしれない。
(つづく……)
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