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第4幕:解け合う未来の奇想曲(カプリッチオ)
第2-1節:山の向こうのヴァーランド
しおりを挟むそれから数日後、午前の公務が始まる直前の執務室で私はリカルドとジョセフに呼び出された。何やら大事な話があるとのこと。そこにいつもと違った空気を察し、私はやや緊張しながらふたりの待つリカルドの机のところへ歩み寄る。
「何かあったのですか? もしかして私、仕事で大きな失敗を……」
「あははっ、違う違う! そうではないから安心しろ。むしろキミの仕事は良く出来ていて、僕は感心しているくらいだ。これはお世辞ではないぞ。なぁ、ジョセフ?」
「はい、リカルド様のおっしゃる通りです。シャロン様はしっかりと公務に励んでおいでです。自信をお持ちください」
爽やかな笑みを浮かべるリカルドと柔和な表情で即座に同意するジョセフ。どうやら私の不安は取り越し苦労だったみたいだ。
ゆえに心の中でホッとしつつ、気を取り直してリカルドに問いかける。
「そ、それは恐縮です。では、お話とはどんなことなのでしょうか?」
「うん、実は外交に関することなのだが」
「外交……ですか……」
「シャロンもなんとなく知っているかもしれないが、東部にあるシエル川沿いのハテノ山脈の向こう側にはスティール伯爵の治める領地『ヴァーランド』がある。そちらも我がフィルザードと同様にイリシオン王国領になるのだが」
「はい、存じております。故郷で地理について学んだことがありますし、以前に視察でシエル川へ行った際にナイルさんから簡単にですが説明を受けたことがありますので」
フィルザードの南東端から北東方向へ連なっているハテノ山脈。その全長は数百キロメートルに渡り、トレイル王国との国境を越えた先まで続いている。
平均標高は三千メートル以上で、これにより雨雲が遮られることでフィルザードは温暖で乾燥した大地となっているのだ。要するに山を越えて当地に吹き込んでくる風は気温が高く、しかもカラカラに乾いているということになる。
一方、山脈の向こう側にあるヴァーランドは、流れ込んだ雲のほとんどが雨となって降り注ぐ。それにより年間を通じて降水量が多く、果樹や作物が容易に育つ。
また、ヴァーランドの隣の隣に位置するルティア子爵の領地『フォルティ』ではトレイル王国と国境を接しているものの、その境界はハテノ山脈の稜線。つまりそこは全域に渡って断崖絶壁で隔てられている。
そのため、そちら側から進軍される可能性は限りなくゼロに近いと言っていい。
もちろん、ドラゴンやグリフォンのような飛行能力を持ったモンスターを操ったり魔法で空を飛んだりすれば話は別だけど……。
ただ、それだって大量の兵士を送り込むことは出来ないから、待ち受けて迎撃することはさほど難しくない。よってその戦法ではせいぜい奇襲でこちらの軍を一時的に混乱させられる程度で、苦労に見合った戦果は得られないということになる。
こうした様々な観点から、ヴァーランドはフィルザードと比べて気候、経済、安全保障など多くの面で安定していると言える。
まぁ、隣の芝生は青いという言葉があるように、ヴァーランドにもそれなりに頭を悩ませる諸問題はあるんだろうけどね……。
――そういえば、シエル川の視察をした際にナイルさんは『スティール伯爵のところには、いずれ機会を作って挨拶に行くと良いでしょう』と言っていたような気がする。それについての話なのかな?
色々と思いを巡らせつつ、私はリカルドの話に耳を傾け続ける。
「スティール家とフィルザード家は古くから交流があってな。特に僕と現在の伯爵の嫡子であるノエルとは、彼が乳飲み子の頃から付き合いがある。僕にとっては弟のような存在だ」
「弟ということは、リカルド様よりも年下の男子ということですね?」
「うむ、僕より三歳年下になる。彼は僕や姉上に懐いていて、年に一度は顔を見せに当地へやってくる。伯爵の代理として会議をするという名目でな。実質は遊んでいるだけだが」
「でも両家の間で何もやり取りがないというわけではないのでしょう?」
「まぁな。彼の側近と書簡の交換や諸問題の調整はやっている。だからアイツは遊んでいるだけだとしても、実務者レベルでは無意味な外遊ということではない。そういう意味ではノエルの我が儘も多少は役に立っていると言えるな」
「そんな酷いことをおっしゃって……。今ごろノエル様はクシャミをなさっていますよ、きっと」
私が半ば呆れつつ微笑を浮かべると、リカルドは一瞬キョトンとしてから大きく吹き出す。
「ははは、そうかもな! ちなみにイリシオン王国内の取り決めでは、軍事上の序列はフィルザード家の方が上。トレイル王国との有事が起きた際には、スティール家の軍が先鋒となって攻撃や防衛に当たることになっている」
「確かフィルザード家が地方総司令となり、スティール家を含めた周囲の貴族が当家の指揮下に入ることになるんですよね?」
私はかつて父から学んだ知識を思い出し、それが自然と口から突いて出た。
(つづく……)
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