76 / 178
第4幕:解け合う未来の奇想曲(カプリッチオ)
第2-2節:フィルザードの歴史と熱々なふたり
しおりを挟むイリシオン王国では領地を持つ各貴族がそれぞれいずれかの地方に所属し、有事の際は基本的にその地方単位で軍が組織されて動くことになっている。
フィルザード家はイリシオン王国の建国以前から現在の王家となる家に代々仕えてきた古参の家柄であり、初代領主――つまりリカルドのご先祖様はその忠誠心と統治力を買われ、辺境伯としてフィルザードの地を賜った。
敵国と国境を接する軍事上の要となる地域だから、内政力と外政力はもちろん、絶対的な信頼がなければ任せられないもんね。
そういった歴史から、フィルザード家は現在もこの地方の総司令という格式を有し続けている。そしてそうした名家だからこそ、現在の王様は王家との結びつきを維持しておくために私をリカルドと政略結婚させたわけで……。
…………。
そっか、よく考えてみれば私もイリシオン王家の血筋なんだよね。ずっと平民として暮らしてきたから未だにその実感はないし、他人事のように思っていたけど……。
「さすがよく勉強しているな、シャロン。そう、だからこそスティール家と当家が普段から密に連絡を取り合っておくのは悪いことではないのだ。むしろ丁重に扱っておかねばな。もし彼らに裏切られた場合、当家は挟み撃ちにあって瞬時に終わりだ」
「そ、そんなまさか裏切りなんて……」
「ああ、ノエルに限ってそれはないと思う。だが、世の中は何が起きるか分からないし、ノエルの代は良くても未来永劫とは限らん。常に最悪の事態を想定し、危機感を持っておかねばならない。そうだろう、シャロン?」
「はい、肝に銘じておきます」
私は神妙な面持ちで返事をした。それに対してリカルドは満足げに頷く。
「そういうわけで、そのノエルが近日中にこの屋敷へやってくるとの連絡があった。数日ほど滞在する予定だ。シャロンもそのつもりでいてくれ」
「承知しました」
「――とはいえ、おそらく滞在中のアイツはずっと僕にベタベタしているだろうからな。キミが何かをするということはないと思うがな……」
リカルドはなぜか苦笑しなから小さく溜息をついた。
その様子を見る限り、なんとなくだけど彼はノエル様の行動を『ありがた迷惑』のように感じている面もありそうな気がする。それほどまでに過剰なスキンシップを求めてくるのだろうか?
でも懐いている弟のような子が甘えてきたとしても特に不自然じゃないというか、むしろ微笑ましい光景だと思うんだけどな……。
「もしかしてノエル様は甘えん坊さんということですか。こんなことを言ったら本人に怒られてしまうかもしれませんが」
「そうだな、あれは甘えん坊の中でも最高レベルだな。だからといって、慕ってくれている以上は無下には出来ん」
「ふふっ、仲がよろしいんですね?」
「ノエルは僕と違ってひとりっ子だ。寂しさや嫡子としてのプレッシャーは僕よりも大きいことだろう。僕も姉上のお体が弱い関係でひとりでいる時が良くあるから、少しはアイツの気持ちが分かる。せめて当家に滞在中は羽を伸ばさせてやりたい」
そう述べた時のリカルドは、間違いなく弟を思いやる兄の顔をしていた。柔らかくて穏やかな瞳で、ノエル様を想う気持ちが声や表情に滲み出ている。
それをこうして傍で目の当たりにしていると、私まで温かな心になってくる。
「優しいですね、リカルド様は」
「なんだ、嫉妬したか?」
「べ、別にそういうわけでは……」
「安心しろ、僕の一番はシャロンだからなっ♪」
リカルドはニタニタしながら囁くと、私に向かってウインクをした。
…………。
……っ!? ななななななっ!
小恥ずかしくなるような言動の不意打ちに、私は瞬時に顔が熱くなった。しかも風邪でもひいたかのように頭がボーッとしてきて、目が回りそう。心臓も痛いくらいに大きく高鳴っている。
彼の気持ちが嬉しいのは確かだけど、こういう時はどう反応すればいいのか分からなくて動揺を隠しきれない。冷静に考えたくても頭の中は混乱状態だし。
結局、私は頬を膨らませて不満を露わにするしか出来ない。
「こ、こここ、公務中にそういう照れくさくなるような言動をするなんてっ、ふ、不謹慎だよっ! リカルドのバカっ!」
「はっはっは! それはすまなかったな! というか、シャロン。キミこそ公務中なのに話し方が素になってるぞ? 公私混同はしないのではなかったのか?」
恨みがましく睨み付ける私など意にも介さず、執務室の外まで聞こえるような大声でリカルドは笑っていた。
――と、その直後に横からわざとらしい咳払いが聞こえてくる。
私とリカルドが同じタイミングでその方向へ顔を向けると、そこではジョセフが冷めたような瞳でこちらの様子を眺めている。
「……私はこの場からお暇した方がよろしいでしょうか?」
「ジョセフ、ヘソを曲げるな。シャロンは僕の妻なのだから、少しくらいは冗談を言い合っても構わんだろう」
「私はヘソを曲げているわけではありません。空気を読んで申し上げたまでです。むしろお二方にはもっと親密に過ごしていただきたいと考えておりますので」
「ふふんっ♪ 見くびるなよ、ジョセフ。すでに僕とシャロンはお前の想像している以上に甘々な関係なのだぞ? 本当だぞ?」
「左様ですか……。それは失礼いたしました」
ジョセフはリカルドの言葉をどう捉えたのかは分からないけど、やけに淡泊な感じに言い放った。冗談として受け取って呆れているのか、それとも自分が野暮なことを言ったと感じて恐縮しているのか。
いずれにしても、私としては気まずさしかないんだけど……。
「さて、ふたりともそろそろ公務を再開しよう。それこそスティール家とのやり取りや各種の手配で、いつも以上にたくさんの書類を作らなければならないしな」
「っ!? は、はいっ!」
「御意」
こうしてノエル様の来訪に関する話を終えた私たちは、いつものように公務へと移ったのだった。
(つづく……)
11
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?
木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。
彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。
公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。
しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。
だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。
二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。
彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。
※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
ウッカリ死んだズボラ大魔導士は転生したので、遺した弟子に謝りたい
藤谷 要
恋愛
十六歳の庶民の女の子ミーナ。年頃にもかかわらず家事スキルが壊滅的で浮いた話が全くなかったが、突然大魔導士だった前世の記憶が突然よみがえった。
現世でも資質があったから、同じ道を目指すことにした。前世での弟子——マルクも探したかったから。師匠として最低だったから、彼に会って謝りたかった。死んでから三十年経っていたけど、同じ魔導士ならばきっと探しやすいだろうと考えていた。
魔導士になるために魔導学校の入学試験を受け、無事に合格できた。ところが、校長室に呼び出されて試験結果について問い質され、そこで弟子と再会したけど、彼はミーナが師匠だと信じてくれなかった。
「私のところに彼女の生まれ変わりが来たのは、君で二十五人目です」
なんですってー!?
魔導士最強だけどズボラで不器用なミーナと、彼女に対して恋愛的な期待感ゼロだけど絶対逃す気がないから外堀をひたすら埋めていく弟子マルクのラブコメです。
※全12万字くらいの作品です。
※誤字脱字報告ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる