75 / 178
第4幕:解け合う未来の奇想曲(カプリッチオ)
第2-1節:山の向こうのヴァーランド
しおりを挟むそれから数日後、午前の公務が始まる直前の執務室で私はリカルドとジョセフに呼び出された。何やら大事な話があるとのこと。そこにいつもと違った空気を察し、私はやや緊張しながらふたりの待つリカルドの机のところへ歩み寄る。
「何かあったのですか? もしかして私、仕事で大きな失敗を……」
「あははっ、違う違う! そうではないから安心しろ。むしろキミの仕事は良く出来ていて、僕は感心しているくらいだ。これはお世辞ではないぞ。なぁ、ジョセフ?」
「はい、リカルド様のおっしゃる通りです。シャロン様はしっかりと公務に励んでおいでです。自信をお持ちください」
爽やかな笑みを浮かべるリカルドと柔和な表情で即座に同意するジョセフ。どうやら私の不安は取り越し苦労だったみたいだ。
ゆえに心の中でホッとしつつ、気を取り直してリカルドに問いかける。
「そ、それは恐縮です。では、お話とはどんなことなのでしょうか?」
「うん、実は外交に関することなのだが」
「外交……ですか……」
「シャロンもなんとなく知っているかもしれないが、東部にあるシエル川沿いのハテノ山脈の向こう側にはスティール伯爵の治める領地『ヴァーランド』がある。そちらも我がフィルザードと同様にイリシオン王国領になるのだが」
「はい、存じております。故郷で地理について学んだことがありますし、以前に視察でシエル川へ行った際にナイルさんから簡単にですが説明を受けたことがありますので」
フィルザードの南東端から北東方向へ連なっているハテノ山脈。その全長は数百キロメートルに渡り、トレイル王国との国境を越えた先まで続いている。
平均標高は三千メートル以上で、これにより雨雲が遮られることでフィルザードは温暖で乾燥した大地となっているのだ。要するに山を越えて当地に吹き込んでくる風は気温が高く、しかもカラカラに乾いているということになる。
一方、山脈の向こう側にあるヴァーランドは、流れ込んだ雲のほとんどが雨となって降り注ぐ。それにより年間を通じて降水量が多く、果樹や作物が容易に育つ。
また、ヴァーランドの隣の隣に位置するルティア子爵の領地『フォルティ』ではトレイル王国と国境を接しているものの、その境界はハテノ山脈の稜線。つまりそこは全域に渡って断崖絶壁で隔てられている。
そのため、そちら側から進軍される可能性は限りなくゼロに近いと言っていい。
もちろん、ドラゴンやグリフォンのような飛行能力を持ったモンスターを操ったり魔法で空を飛んだりすれば話は別だけど……。
ただ、それだって大量の兵士を送り込むことは出来ないから、待ち受けて迎撃することはさほど難しくない。よってその戦法ではせいぜい奇襲でこちらの軍を一時的に混乱させられる程度で、苦労に見合った戦果は得られないということになる。
こうした様々な観点から、ヴァーランドはフィルザードと比べて気候、経済、安全保障など多くの面で安定していると言える。
まぁ、隣の芝生は青いという言葉があるように、ヴァーランドにもそれなりに頭を悩ませる諸問題はあるんだろうけどね……。
――そういえば、シエル川の視察をした際にナイルさんは『スティール伯爵のところには、いずれ機会を作って挨拶に行くと良いでしょう』と言っていたような気がする。それについての話なのかな?
色々と思いを巡らせつつ、私はリカルドの話に耳を傾け続ける。
「スティール家とフィルザード家は古くから交流があってな。特に僕と現在の伯爵の嫡子であるノエルとは、彼が乳飲み子の頃から付き合いがある。僕にとっては弟のような存在だ」
「弟ということは、リカルド様よりも年下の男子ということですね?」
「うむ、僕より三歳年下になる。彼は僕や姉上に懐いていて、年に一度は顔を見せに当地へやってくる。伯爵の代理として会議をするという名目でな。実質は遊んでいるだけだが」
「でも両家の間で何もやり取りがないというわけではないのでしょう?」
「まぁな。彼の側近と書簡の交換や諸問題の調整はやっている。だからアイツは遊んでいるだけだとしても、実務者レベルでは無意味な外遊ということではない。そういう意味ではノエルの我が儘も多少は役に立っていると言えるな」
「そんな酷いことをおっしゃって……。今ごろノエル様はクシャミをなさっていますよ、きっと」
私が半ば呆れつつ微笑を浮かべると、リカルドは一瞬キョトンとしてから大きく吹き出す。
「ははは、そうかもな! ちなみにイリシオン王国内の取り決めでは、軍事上の序列はフィルザード家の方が上。トレイル王国との有事が起きた際には、スティール家の軍が先鋒となって攻撃や防衛に当たることになっている」
「確かフィルザード家が地方総司令となり、スティール家を含めた周囲の貴族が当家の指揮下に入ることになるんですよね?」
私はかつて父から学んだ知識を思い出し、それが自然と口から突いて出た。
(つづく……)
11
あなたにおすすめの小説
転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。
前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。
恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに!
しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに……
見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!?
小説家になろうでも公開しています。
第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品
ヒロインに躱されて落ちていく途中で悪役令嬢に転生したのを思い出しました。時遅く断罪・追放されて、冒険者になろうとしたら護衛騎士に馬鹿にされ
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
第二回ドリコムメディア大賞一次選考通過作品。
ドジな公爵令嬢キャサリンは憎き聖女を王宮の大階段から突き落とそうとして、躱されて、死のダイブをしてしまった。そして、その瞬間、前世の記憶を取り戻したのだ。
そして、黒服の神様にこの異世界小説の世界の中に悪役令嬢として転移させられたことを思い出したのだ。でも、こんな時に思いしてもどうするのよ! しかし、キャサリンは何とか、チートスキルを見つけ出して命だけはなんとか助かるのだ。しかし、それから断罪が始まってはかない抵抗をするも隣国に追放させられてしまう。
「でも、良いわ。私はこのチートスキルで隣国で冒険者として生きて行くのよ」そのキャサリンを白い目で見る護衛騎士との冒険者生活が今始まる。
冒険者がどんなものか全く知らない公爵令嬢とそれに仕方なしに付き合わされる最強騎士の恋愛物語になるはずです。でも、その騎士も訳アリで…。ハッピーエンドはお約束。毎日更新目指して頑張ります。
皆様のお陰でHOTランキング第4位になりました。有難うございます。
小説家になろう、カクヨムでも連載中です。
王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。
聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!
碧桜
恋愛
私は花園美月。20歳。派遣期間が終わり無職となった日、馴染の古書店で顔面偏差値高スペックなイケメンに出会う。さらに、そこで美少女が穴に吸い込まれそうになっていたのを助けようとして、私は古書店のイケメンと共に穴に落ちてしまい、異世界へ―。実は、聖女様として召喚されようとしてた美少女の代わりに、地味でオタクな私が間違って来てしまった!
落ちたその先の世界で出会ったのは、私の推しキャラと見た目だけそっくりな王(仮)や美貌の側近、そして古書店から一緒に穴に落ちたイケメンの彼は、騎士様だった。3人ともすごい美形なのに、みな癖強すぎ難ありなイケメンばかり。
オタクで人見知りしてしまう私だけど、元の世界へ戻れるまで2週間、タダでお世話になるのは申し訳ないから、お城でメイドさんをすることにした。平和にお給料分の仕事をして、異世界観光して、2週間後自分の家へ帰るつもりだったのに、ドラゴンや悪い魔法使いとか出てきて、異能を使うイケメンの彼らとともに戦うはめに。聖女様の召喚の邪魔をしてしまったので、美少女ではありませんが、地味で腐女子ですが出来る限り、精一杯頑張ります。
ついでに無愛想で苦手と思っていた彼は、なかなかいい奴だったみたい。これは、恋など始まってしまう予感でしょうか!?
*カクヨムにて先に連載しているものを加筆・修正をおこなって掲載しております
『異世界転生してカフェを開いたら、庭が王宮より人気になってしまいました』
ヤオサカ
恋愛
申し訳ありません、物語の内容を確認しているため、一部非公開にしています
この物語は完結しました。
前世では小さな庭付きカフェを営んでいた主人公。事故により命を落とし、気がつけば異世界の貧しい村に転生していた。
「何もないなら、自分で作ればいいじゃない」
そう言って始めたのは、イングリッシュガーデン風の庭とカフェづくり。花々に囲まれた癒しの空間は次第に評判を呼び、貴族や騎士まで足を運ぶように。
そんな中、無愛想な青年が何度も訪れるようになり――?
婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた
鳥羽ミワ
恋愛
ロゼ=ローラン、二十四歳。十六歳の頃に最初の婚約が破棄されて以来、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの婚約破棄を経験している。
幸い両親であるローラン伯爵夫妻はありあまる愛情でロゼを受け入れてくれているし、お酒はおいしいけれど、このままではかわいい義弟のエドガーの婚姻に支障が出てしまうかもしれない。彼はもう二十を過ぎているのに、いまだ縁談のひとつも来ていないのだ。
焦ったロゼはどこでもいいから嫁ごうとするものの、行く先々にエドガーが現れる。
このままでは義弟が姉離れできないと強い危機感を覚えるロゼに、男として迫るエドガー。気づかないロゼ。構わず迫るエドガー。
エドガーはありとあらゆるギリギリ世間の許容範囲(の外)の方法で外堀を埋めていく。
「パーティーのパートナーは俺だけだよ。俺以外の男の手を取るなんて許さない」
「お茶会に行くんだったら、ロゼはこのドレスを着てね。古いのは全部処分しておいたから」
「アクセサリー選びは任せて。俺の瞳の色だけで綺麗に飾ってあげるし、もちろん俺のネクタイもロゼの瞳の色だよ」
ちょっと抜けてる真面目酒カス令嬢が、シスコン義弟に溺愛される話。
※この話はカクヨム様、アルファポリス様、エブリスタ様にも掲載されています。
※レーティングをつけるほどではないと判断しましたが、作中性的ないやがらせ、暴行の描写、ないしはそれらを想起させる描写があります。
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる