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第5幕:分水嶺の奏鳴曲(ソナタ)
第4-3節:すれ違いと夫婦ゲンカ
しおりを挟むこれではまるで私は道化。何も知らずに過度に畏まり、しかもそれが外向きの姿として演じているものだと冒険者さんたちにバレていたなんて……。
は、恥ずかしすぎる! 顔から火が出そうになって、耳は蒸気を纏ったかのように熱い!
それと同時に、リカルドに対して沸々と怒りがこみ上げてくる。彼が堅苦しい場であるという雰囲気を醸し出していたから、貴族の振る舞いで対応しないといけないのだと私は思ったのに。
だってリカルドに恥をかかせるワケにはいかないもん。
彼はそんな私の想いなど知る由もなく、相変わらず瞳に涙の粒を浮かべるほどに大笑いしている。
「キミが来るまでは非常に砕けた雰囲気で会談をしていたのだがな、シャロンが思った以上に彼らに対して余所行きの態度だったので、僕もそれに乗っかってみたくなってな」
「……っ……」
「まぁ、地方会議の際はあれくらいの所作でなければならんかもしれんがな。そういう意味では、今のキミの姿を見て僕は安心したとも言えるが。いずれにせよ、この場は普段の公務程度の丁寧さで良い」
「リカルドのバカっ! 私の気も知らないでッ!」
ついに私は堪えていた怒りが爆発し、みんなの目があることを忘れて怒鳴ってしまった。そのまま外方を向き、奥歯を強く噛み締める。
酷い……酷いよ、リカルド……。
なんだか今度は悲しくなってきて、勝手にうっすらと涙が浮かんでくる。胸が締め付けられる気持ちになる。思わず鼻も軽く啜る。
「参ったな……。少し巫山戯すぎたか……。シャロン、僕が悪かった。謝るから許してくれ」
「…………」
「あ……えと……シャロン、本当にゴメン……。こっちを向いてくれ……」
ようやく少しは反省してくれたのか、リカルドは意気消沈したような声を漏らした。そして腫れ物にでも触れるかのように、私の両肩を優しく掴んでくる。
でも今回ばかりは私も腹に据えかねたということもあって、意固地になってしまって何の反応も示す気が起きない。無言のまま、ピクリとも体を動かさずにいる。
その場に流れる重苦しい沈黙――。
それからしばらくしてその空気を打ち破るように、冒険者の女性が柳眉を逆立てながら口を開く。
「リカルド様、よろしいですか?」
「ん? どうした、リーザ?」
「冗談を言い合えるというのは仲がよろしくて結構なことなのですが、それでも時と場合というものがあります。ぜひともそのことをご留意ください」
「あ……う……うむ……」
責め立てるような彼女の雰囲気と声に、リカルドは素直に小さく頷いた。正論だと私も思うし、だからこそ彼が何も言い返せないのは当然だけど。
それにしても、このリーザさんという女性は肝が据わっている。彼女にとっては年下とはいえ、相手は辺境伯という高位の爵位を持つ人物。機嫌を損ねれば、侮辱罪で罰せられてもおかしくない。
それなのに物怖じすることなく苦言を呈すことが出来るなんて、格好良すぎる。
彼女の瞳には迷いがなく、凛とした光が輝いている。私は尊敬と羨望の眼差しでその気高い姿を見つめる。
「シャロン様がこの部屋にお入りなった途端、リカルド様の雰囲気が一変して急に堅苦しくなったのには少し戸惑いました。それにより事態が掴めなかったこともあり、進言が遅れて申し訳ありません。また、私の無礼をお許しください」
「それは気にしないでくれ、リーザ」
「無礼ついでにもうひとつ。シャロン様は辺境伯夫人としてのプレッシャーと戦いながら日々を過ごしているに違いありません。それがどれだけ大変なことか、リカルド様はご想像なさったことがありますか?」
「っ! ……っ……」
「もっとも、リカルド様のお話を聞いた限りシャロン様は芯の強い御方とのことですから、シャロン様自身はその大変さを意識していないかもしれませんが。いずれにしても、おそらく普段はそうしたことを口にすることも態度に出すことも堪えていることでしょう。理由は自らお考えください」
鋭く突き刺さるようなリーザさんの言葉の槍――。
それはリカルドの心を貫き、彼は苦悶に満ちたような表情を浮かべた。そして右手で自らの額の辺りを無造作かつ乱暴に掴み、そのまま俯いてしまう。まるで心の中で自責の念にかられているかのような……。
(つづく……)
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