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第6幕:来るべき日の前奏曲(プレリュード)
第4-3節:社交界の冷たい洗礼
しおりを挟むそれから程なく、令嬢は私の目の前までやってきて足を止めた。そして涼しげな笑みを浮かべながら私に対して一礼をする。
「初めまして。私はルティア子爵第三夫人のアンヌと申します。あちらでスティール家のメイドに聞きましたが、あなたがフィルザード辺境伯夫人のシャロン様だそうですね?」
「はい、おっしゃる通りです。以後、お見知りおきください」
「フィルザード辺境伯は当地域で最上格の貴族。そのご夫人となれば出自や育った環境がどうであれ、まずはご挨拶をしなければと思いまして」
「それはわざわざご丁寧に、ありがとうございます」
私はドレスの裾を両手で軽く持ちつつ、ゆったりとした動きで深々と頭を下げた。
それに対し、アンヌ様とそのメイドは目を丸くしながら思わず小さく息を呑む。おそらく彼女たちがそんなにも驚いたのは、私が見せた貴族としての振る舞いが想像以上に板に付いていたからだろう。
アンヌ様の話しぶりや態度から察するに、私がつい最近まで平民として暮らしていたということは耳に入っている感じだから、もっと拙いと思っていたに違いない。
そして彼女はなぜかやや硬い表情になって話を続ける。
「リカルド様とは以前の会議の際に催された舞踏晩餐会などで何度かお会いしたことがあります。端整な顔立ちに気高い雰囲気、外見も内面も素敵な紳士でいらっしゃいますよね。それゆえに貴族の女性の間ではファンも多いことで有名なのですが、シャロン様はご存知でしたか?」
「いえ、初耳です。でもリカルド様の魅力を考えれば納得も出来ます」
「そんなリカルド様のご夫人になられるなんて、シャロン様が羨ましい。ただ、裏を返せば、おそらく妬んでいる女性も多いのではないかと存じます」
「そうかもしれません」
「シャロン様は王家の血筋とはいえ、庶子なのでしょう? しかもつい最近まで平民として暮らしていたとか。どんな裏技を使ってフィルザード家に嫁いだのです?」
ついにアンヌ様は侮蔑と嫉妬が混じったような冷たい瞳を私に向け、強い口調で言い放った。最初にご挨拶した時には感じられた好意的な雰囲気は、いつの間にか完全に消え去ってしまっている。
ここでようやく私はなんとなく彼女の心情を悟る。
要するに私のことが気に食わないのだ。平民として育った庶子のクセに、みんなの憧れの的だったリカルドに嫁ぐなんて生意気だ、と。
アンヌ様はおそらく貴族の家で育った令嬢で、今は子爵家の第三夫人。旦那様の爵位の格も夫人としての立場も、庶子で平民同然だった私の方が上なのが面白くないということなんだと思う。
あるいはリカルドになんとなく好意を抱いていて、それも敵意の増幅に拍車を掛けている可能性もある。
いずれにしても、私にとっては迷惑な話だ。フィルザード家へ嫁ぐに当たり、私は何も関わっていないのだから。しかも父を人質に取られるも同然で、無理矢理に引き離されることになったわけだし。良縁に恵まれたのは結果論に過ぎない。
ゆえに私は心の中でアンヌ様に対して怒りを感じるとともに呆れながら、涼しい顔で彼女に返答する。
「裏技も何も、私とリカルド様の婚礼をお決めになったのはお兄様――国王陛下であるギル様だと聞いています。真相が気になるなら、王都へ行って直接お訊ねになってはいかがですか? 謁見していただけるかは分かりませんが」
「っ! まぁ、いいでしょう。とりあえず、平民同然だった者でもそれなりに貴族の振る舞いが身に付いているようで安堵しました」
「お見苦しい点があれば、どうかお許しください」
あくまでも落ち着いた様子で、軽く頭を下げる私。
するとアンヌ様はハッと何かに気付いたような反応をしてから、なぜかニヤリと怪しく薄笑いを浮かべる。
そして優越感に浸るような空気を漂わせ、私の頭から足まで上下に何度も見やる。
「見苦しいといえば、そのドレス。随分と古ぼけた――失礼、レトロなデザインなのですね。シャロン様にはよくお似合いですっ♪」
「どういう意味でおっしゃっているのか分かりかねますが、このドレスはフィルザード家の女性が代々受け継いできたものと聞いています。由緒も歴史もあるものなのです。その誇り高きドレスを身につけることが出来るのは誉れにほかなりません」
「……へぇ、誇り高きドレスねぇ。私には誇りではなく埃に見えますけど」
アンヌ様が私を蔑むようにクスクスと笑うと、そのお付きのメイドも同調して冷たく微笑んだ。さらにいつの間にか私たちのやり取りを周りで見ていた何人かの令嬢たちも、ヒソヒソと何かを囁きながら口元を緩めている。
(つづく……)
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