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俺、相馬直央。
今は顧問のゴリマッチョ・ハラセンと、
誰もいないカフェテリアで、パックのいちごみるくを飲んでいる。
「いちごみるくって……」
「いんだよ。こういうのが、負け試合のあとに一番沁みるんだよ」
「はぁ……」
……よくわからん。
急にハラセンの表情が真剣になる。
「敗因の理由が分かるか?」
「……俺が、隼をもっと高く飛ばせてあげられたら」
ずずーっとハラセンがいちごみるくをすすってから、一言。
「そうだよ、お前だよ」
やっぱり、俺のせい……。
「完璧超人のエース・黒瀬の唯一の弱点。それが“お前”だ。お前がつつかれたから、黒瀬が暴走した。でだな――」
ハラセンが飲み終えた紙パックを握りつぶした。
「今後、セッターは高橋でいく」
「え……」
頭が真っ白になる。
2年になってようやくスタメンが回ってきて、やっと1年から活躍してた隼と同じコートに立てるようになったのに。
「俺……高橋よりは……」
高橋よりは、何なんだろう。
あいつのほうが背も高いし、ボール回しも上手い。
……俺があいつに勝ってるところ、あるのかな。
「黒瀬に、もう大学から声がかかってんの、知ってたか?」
「えっ」
知らなかった。
「あいつな、俺に断るように言ってきたんだ。お前と大学でもバレーがしたいからって」
隼の思いが知れて、嬉しい。
……でも、そんなふうに思っては、いけない気がした。
「でもさ、あいつがお前にこだわらず強豪校に行けば、プロも夢じゃねぇんだよ。そう思うだろ?」
きっ、と先生をにらむ。
「だから……俺を外すんですか」
隼が俺とバレーをするのを諦めるために、俺にバレー自体を諦めろと?
「俺も昔はがむしゃらにバレーやってたんだよ。そんで大学2年で骨膜炎でリタイア。そこから必死で教員免許取って体育教師になってさ」
……今は俺のスタメンの話じゃねぇのかよ。
「来年、教師やめる」
「えっ?」
「ここだけの話、休日にプログラミングのバイトを友人から貰ってやってみたら、なんか俺、センスあるみたいでさ。けっこう人気もあって、独立する」
「なんか……すごいっすね」
「やればできるって、すげぇ気持ちいいんだよ。相馬にも、それを味わってほしい」
「俺は、バレーでそれが出来たら……」
ハラセンが少し寂しそうに笑う。
「俺はバレーでは、いくらやってもそれが出来なかった。ずっと、すげぇ苦しかった」
ハラセンが同情したような顔をする。
何でそんな顔すんの?
「俺……苦しくなんて……」
「怪我もしたし、少し休め。高橋の件は伏せておく。戻ってきてサブでもいいし、マネージャーでもいい。ま、いろいろ試してみろ。得意なもん一個見つけりゃ、人間けっこう強ぇぞ」
……何だよ、それ。
まるで俺が、バレー向いてねぇみたいじゃんか。
やってらんない。サブなんて。ましてや、マネージャーなんて。
でも、バレーを失ったら、俺には何が残る?
小学校の頃からずっとバレーにかけてきて、
仲間も、幼馴染も、全部バレーでつながってるのに。
「先生って、頑張ればできるって背中押すもんじゃないんすか?」
「俺はさ、そういう奴らが先生でさ。それで大学でも頑張って……あれ無責任なんだよ。
……後悔はしてねぇけどな。でも、もう少し早く気づけてりゃって、時々思うんだよ。
プログラミングだって、もっと早く始めてりゃ――ってさぁ。
だから俺は、そういう大人にはならねぇって決めたんだ。」
「……自己満っすか」
一拍の沈黙。
「……自己満だな」
ハラセンが立ち上がって、ぽんっと俺の肩をたたく。
「ミーティング、サボっていいぞ」
そう言って、そのままカフェテリアを出ていった。
残された空気が重い。
いちごみるくをすすってみる。
口の中に広がる甘さが、なぜか苦く残った。
「直央……ミーティング」
ふと視線を上げたら、隼がいた。
「……聞いた? ハラセンとの会話」
良くわからないと首をかしげる隼。
小学生からずっと一緒に頑張ってきた隼。
やっと一緒にまたバレーができるって、喜んでくれていたのに。
言えない。
「あー……俺は病欠」
「分かった、俺も」
「あのさ、隼はミーティング出ろよ。エースだろ」
「直央が心配」
「お前さぁ……」
お前がそうやって俺に固執するから――
……いや、違う。
これは俺に実力がなかっただけだ。
「直央?」
隼がそっと俺の頬を包み、顔を上げさせる。
男らしい切れ長の目が、真っすぐに俺をのぞき込む。
思わず、隼の胸に泣きつきたくなった。
でも――
その瞬間、隼にぎゅっと抱きしめられる。
そのまま俺の背中を、優しくぽんぽんする。
……癒される。
ダメなのに。
隼はチームのエースで、ミーティングだって出なきゃいけないのに。
「直央、一緒に帰ろう」
隼の心地よく低い声が、冷えた俺の心を温めていく。
思わず、こくりと頷いた。
ハラセン、みんな、ごめん。
今日だけ、隼を貸してください。
ぎゅうっと強く抱きしめられる。
息が少し苦しいけど……それでも、不思議と満たされていった。
ちゃんと自分の言葉で隼に伝えなきゃいけないのに。
スタメンを外れたことを。
でも――今日だけは、このままで。
願わくば、明日の俺が、
隼に伝える勇気を持てますように。
いちごみるくの甘さが、
もう苦く感じられなかった。
今は顧問のゴリマッチョ・ハラセンと、
誰もいないカフェテリアで、パックのいちごみるくを飲んでいる。
「いちごみるくって……」
「いんだよ。こういうのが、負け試合のあとに一番沁みるんだよ」
「はぁ……」
……よくわからん。
急にハラセンの表情が真剣になる。
「敗因の理由が分かるか?」
「……俺が、隼をもっと高く飛ばせてあげられたら」
ずずーっとハラセンがいちごみるくをすすってから、一言。
「そうだよ、お前だよ」
やっぱり、俺のせい……。
「完璧超人のエース・黒瀬の唯一の弱点。それが“お前”だ。お前がつつかれたから、黒瀬が暴走した。でだな――」
ハラセンが飲み終えた紙パックを握りつぶした。
「今後、セッターは高橋でいく」
「え……」
頭が真っ白になる。
2年になってようやくスタメンが回ってきて、やっと1年から活躍してた隼と同じコートに立てるようになったのに。
「俺……高橋よりは……」
高橋よりは、何なんだろう。
あいつのほうが背も高いし、ボール回しも上手い。
……俺があいつに勝ってるところ、あるのかな。
「黒瀬に、もう大学から声がかかってんの、知ってたか?」
「えっ」
知らなかった。
「あいつな、俺に断るように言ってきたんだ。お前と大学でもバレーがしたいからって」
隼の思いが知れて、嬉しい。
……でも、そんなふうに思っては、いけない気がした。
「でもさ、あいつがお前にこだわらず強豪校に行けば、プロも夢じゃねぇんだよ。そう思うだろ?」
きっ、と先生をにらむ。
「だから……俺を外すんですか」
隼が俺とバレーをするのを諦めるために、俺にバレー自体を諦めろと?
「俺も昔はがむしゃらにバレーやってたんだよ。そんで大学2年で骨膜炎でリタイア。そこから必死で教員免許取って体育教師になってさ」
……今は俺のスタメンの話じゃねぇのかよ。
「来年、教師やめる」
「えっ?」
「ここだけの話、休日にプログラミングのバイトを友人から貰ってやってみたら、なんか俺、センスあるみたいでさ。けっこう人気もあって、独立する」
「なんか……すごいっすね」
「やればできるって、すげぇ気持ちいいんだよ。相馬にも、それを味わってほしい」
「俺は、バレーでそれが出来たら……」
ハラセンが少し寂しそうに笑う。
「俺はバレーでは、いくらやってもそれが出来なかった。ずっと、すげぇ苦しかった」
ハラセンが同情したような顔をする。
何でそんな顔すんの?
「俺……苦しくなんて……」
「怪我もしたし、少し休め。高橋の件は伏せておく。戻ってきてサブでもいいし、マネージャーでもいい。ま、いろいろ試してみろ。得意なもん一個見つけりゃ、人間けっこう強ぇぞ」
……何だよ、それ。
まるで俺が、バレー向いてねぇみたいじゃんか。
やってらんない。サブなんて。ましてや、マネージャーなんて。
でも、バレーを失ったら、俺には何が残る?
小学校の頃からずっとバレーにかけてきて、
仲間も、幼馴染も、全部バレーでつながってるのに。
「先生って、頑張ればできるって背中押すもんじゃないんすか?」
「俺はさ、そういう奴らが先生でさ。それで大学でも頑張って……あれ無責任なんだよ。
……後悔はしてねぇけどな。でも、もう少し早く気づけてりゃって、時々思うんだよ。
プログラミングだって、もっと早く始めてりゃ――ってさぁ。
だから俺は、そういう大人にはならねぇって決めたんだ。」
「……自己満っすか」
一拍の沈黙。
「……自己満だな」
ハラセンが立ち上がって、ぽんっと俺の肩をたたく。
「ミーティング、サボっていいぞ」
そう言って、そのままカフェテリアを出ていった。
残された空気が重い。
いちごみるくをすすってみる。
口の中に広がる甘さが、なぜか苦く残った。
「直央……ミーティング」
ふと視線を上げたら、隼がいた。
「……聞いた? ハラセンとの会話」
良くわからないと首をかしげる隼。
小学生からずっと一緒に頑張ってきた隼。
やっと一緒にまたバレーができるって、喜んでくれていたのに。
言えない。
「あー……俺は病欠」
「分かった、俺も」
「あのさ、隼はミーティング出ろよ。エースだろ」
「直央が心配」
「お前さぁ……」
お前がそうやって俺に固執するから――
……いや、違う。
これは俺に実力がなかっただけだ。
「直央?」
隼がそっと俺の頬を包み、顔を上げさせる。
男らしい切れ長の目が、真っすぐに俺をのぞき込む。
思わず、隼の胸に泣きつきたくなった。
でも――
その瞬間、隼にぎゅっと抱きしめられる。
そのまま俺の背中を、優しくぽんぽんする。
……癒される。
ダメなのに。
隼はチームのエースで、ミーティングだって出なきゃいけないのに。
「直央、一緒に帰ろう」
隼の心地よく低い声が、冷えた俺の心を温めていく。
思わず、こくりと頷いた。
ハラセン、みんな、ごめん。
今日だけ、隼を貸してください。
ぎゅうっと強く抱きしめられる。
息が少し苦しいけど……それでも、不思議と満たされていった。
ちゃんと自分の言葉で隼に伝えなきゃいけないのに。
スタメンを外れたことを。
でも――今日だけは、このままで。
願わくば、明日の俺が、
隼に伝える勇気を持てますように。
いちごみるくの甘さが、
もう苦く感じられなかった。
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