距離を取ったら、氷のエースに捕獲された件

米山のら

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「直央―、直央―!」

ドンドンとドアが叩かれて、ガチャッと開く音。

「いつまで寝てるのよ。隼くん、もう来てるわよ!」

――朝練!!

ばっと身体を起こしかけて――

……そうだ。

今日から朝練、行かないんだった。
アラームも昨夜、切ったんだった。

まだスタメンのこと、隼にも家族にも言えてない。

「俺……今朝は朝練休んで、様子見するようにって……」

「えっ……」

母ちゃんの顔がさーっと青ざめる。

「やっぱり真央、病院に行ったほうが――」

ほんと、心配性なんだよな。
だから――本当のことが言えない。

「大丈夫。ただ鼻の中が切れただけだから」

「でも、様子見って……大事じゃないの」

「ただの鼻血だから!」

母ちゃんの不安な顔を直視できなくて、
俺はそのまま部屋を出た。

玄関前には、隼が立っていた。

「隼」

隼が振り返り――切れ長の目をまんまるく見開く。

「直央……それ……」

わなわなと震える指で、俺のパジャマを指さす。

ん?

自分を見る。
妙に大きなTシャツ。肩が片方出てる。
下は中学の時のハーパン。Tシャツが大きくて隠れてる。

「あー、これ。アメリカのおじさんのお土産。俺がバレーやってるって聞いて、背が伸びたって勘違いしてさ。デカいの買ってきたんだよ」

……でも、このサイズ、隼にはちょうど良さそうなんだよな。

中学で一気に伸びてから止まったまま。
だから中学のハーパン、まだ履けるし。
俺、全然成長してねぇ。
部でも低い方だし――やっぱハラセンの言う通り、バレー向いてなかったのかも。

「俺さ……実はスタメン――」

喉の奥がつまる。
……言えない。

「俺、鼻の中切れた訳じゃん。だから、当分は――」

ぽた、ぽた、ぽた。

……え?

地面に真っ赤な血が落ちていく。

俺、また鼻血? いや――

隼の顔が真っ赤。ぷるぷる震えてて、鼻血がダラダラ出てる。

「ちょ、お前っ!」

俺はばっとTシャツの裾を引っぱって、隼の鼻に当てる。

「彼シャツ……良い……」

は?何言ってんのこいつ。

何だよ……鼻血は俺の言い訳だったのに。

「尊い」

「はぁ??」

隼の目が、俺の引っぱったTシャツの中――見てる。

完全に見てる!

……ちょ、これ今どんな状況?!

「お前、とりあえず小鼻を押さえろよ!」

……シーン。

隼はガン見中。鼻血ダラダラ。
止める気ゼロ。

「おい、こんなんじゃ俺と一緒に朝練サボりだぞ」

「サボる」

「はぁ?」

……なんなんだよ。
俺はお前が飛び立てるように、ずっと夢だったバレーを身を切る思いでやめようとしてんのに。

なのに、お前は――どうしてそんなに簡単にサボれるんだよ。

「俺、ちょっと隼といるの、辛いかも……」

急に腕をぎゅっと掴まれた。

「痛っ……!」

見ると、隼の顔が影に沈んでいて――
その目には光がなかった。

「ひっ……」

腰を引き寄せられる。身体が密着する。
顔が近づいて――

キスされる?!

俺はぎゅっと目を閉じた。

コツン……おでこが当たる。

え?

「ずっと一緒って、約束した」

「えっと……そんな約束したっけ?」

ぐるぐる思考が回る。

「一緒に全国行こうって約束だよな?」

隼がこくりと頷く。
そのまま俺の首に顔を埋めてきて――く、くすぐったい。

「ずっと一緒」

「ん……」

あ、今の“ん”は肯定じゃないから!
くすぐったかっただけだから!

『一緒』の意味がぜんっぜん違うから!!

「嬉しい」

だから、肯定じゃ――
ぎゅうううっと抱きしめられる。

首すじを、なにかがつーっと伝って落ちていく。
あたたかくて、生ぬるくて――
舌……!?

「ひゃっ……!」

思わず声が漏れた。
ぞくぞくと背筋を駆け抜ける感覚。

……あ、これ、隼の鼻血。

その感触が妙にねっとりして、体の奥がうずいて――
気づけば、くたりと隼に身体を預けていた。

その間も鼻血は流れ続け……
首すじ、たぶん今すごいことになってる。

……母ちゃん、見たら気絶するかも。

隼はこの鼻血の量だし……

「お前、ぜったい午後練は出ろよ。約束だぞ」

こくりと頷く隼。

「約束」

その背中の後ろで――尻尾がぶんぶん振られてる幻が見えた。

まあ、うん。お前は忠実な大型犬だな。

俺たちはそのまま―― 
母ちゃんが出てきて、血みどろの俺を見て悲鳴を上げるまで、抱きしめ合っていた。
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