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三カ月前――春。
俺は中規模の企業に新入社員として入社した。
大学まで続いた女子たちの謎の“同盟ハブり”からも解放され、
「今度こそ友人を作ってやる!」と胸を躍らせて新人研修に臨んだ。
……が、慣れない交流で体調を崩し、あえなく入院。
ようやく体調を立て直して迎えた久しぶりの出勤日。
ドアにぶら下がっていたのは――山盛りのみかんだった。
見渡すと、他の部屋のドアにもいくつか同じ袋が。
アパート前を掃除している管理人のおばあさんに声をかけた。
「あの、みかん……」
「それねぇ、106号室の子よ。知ってるでしょ?真面目そうな学生さん。
ご両親が愛媛で農園やっててね、段ボール二箱も送ってきたの。
私に、二箱も! 二箱よ!!」
「そう……なんですね」
おばあさんのテンションが、すんっと落ちる。
「そう……なのよ」
――沈黙。
カラスの鳴き声だけがむなしく響く。
あ、相槌を外したらしい……。研修であれほど練習したのに。
でも、人とのふれあいが極度に低い俺には至難の業だ。
今からでも巻き返せる?
「あの……」
「行ってらっしゃい」
笑顔の管理人さん。
でも、目が笑ってない。
……もう行け、って圧がすごい。
「行って……きます」
結局お礼も言えないまま、会社へ向かった。
翌日。
またドアに袋があって。
今度は――高級レストランのお弁当。そして小さなカード。
『まだ体調も本調子ではないでしょうから、どうぞ体力をつけてください』
見回すと、今回は他の部屋にはない。
俺には分かった。
これは会社から入院の連絡をもらった管理人さんが、気を遣ってくださったんだと。
袋を持ち上げて声をかける。
「いつも……ありがとうございます」
管理人さんがぼけっと俺と袋を交互に見て、それからほうきを掲げた。
「いいえねぇ、これはおばちゃんの毎日のおつとめだから」
……おつとめ?
そのうちお弁当だけじゃなく、ネクタイやシャツまで入ってくるようになった。
『いつも見守っています』
『今日も悠里の笑顔を楽しみにしているよ』
『大好きだよ』
心がほんわか温かくなるカードも添えられていて、
俺は毎朝「ありがとうございます」と管理人さんに伝えるのが日課になった。
そんなある日。新入社員の飲み会。
「ねえ王子くん、そのネクタイ、イタリア製だよね?」
きゅるるんって効果音が似合う、上目づかいの桃瀬さん。
「王子くんって、実はお金持ちなんでしょ?もしかして本物の王子さま?」
「いや、これ貰いもので……」
「またまたぁ。お昼のお弁当も、いつも高級レストランのだよね?」
「えっ……あれは管理人さんが……」
「すごーい! じゃあタワマン? コンシェルジュ?」
「いや、極貧アパートで……」
「やだぁ、王子くんの謙遜ジョーク面白ーい」
その後、桃瀬さんは俺の腕に絡みつき、
「酔っちゃったから、泊めて?」と甘えてきて、そんなスペースはないからと断る俺を半ば強引に連行してアパートへ。
――が。
自宅に一歩足を入れた瞬間。
桃瀬さんの声が、一気に低く落ちた。
「……金ねーじゃん」
「だから無いって何度も――」
「アンタさぁ、金持ってるふりして女持ち帰るとか――マジ無理」
そのとき、桃瀬さんの視線が壁のメッセージカードに止まった。
俺はちょっと嬉しくなって、
「これ、いつもお弁当と一緒に入ってて、管理人さん優しいなって……」
けれど、桃瀬さんの顔色がさーっと変わり、真顔でつぶやく。
「……これ、ストーカーじゃん」
「えっ」
「私、ただの同僚だからーっ!!」
叫ぶや否や、ドアを叩き開け、靴もろくに履かず闇夜に消えていった。
次の日。
ドアノブにかかっていたのは、ずたずたに裂かれたネクタイと――
赤インクで大きく書かれたカード。
『浮気もの』
手が震えて、袋ごと床に落ちた。
……桃瀬さんの強行のおかげで、俺はやっと気づけた。
なぜか噛み合わない管理人さんとの挨拶の理由に。
そして――俺のストーカーの存在に。
俺は中規模の企業に新入社員として入社した。
大学まで続いた女子たちの謎の“同盟ハブり”からも解放され、
「今度こそ友人を作ってやる!」と胸を躍らせて新人研修に臨んだ。
……が、慣れない交流で体調を崩し、あえなく入院。
ようやく体調を立て直して迎えた久しぶりの出勤日。
ドアにぶら下がっていたのは――山盛りのみかんだった。
見渡すと、他の部屋のドアにもいくつか同じ袋が。
アパート前を掃除している管理人のおばあさんに声をかけた。
「あの、みかん……」
「それねぇ、106号室の子よ。知ってるでしょ?真面目そうな学生さん。
ご両親が愛媛で農園やっててね、段ボール二箱も送ってきたの。
私に、二箱も! 二箱よ!!」
「そう……なんですね」
おばあさんのテンションが、すんっと落ちる。
「そう……なのよ」
――沈黙。
カラスの鳴き声だけがむなしく響く。
あ、相槌を外したらしい……。研修であれほど練習したのに。
でも、人とのふれあいが極度に低い俺には至難の業だ。
今からでも巻き返せる?
「あの……」
「行ってらっしゃい」
笑顔の管理人さん。
でも、目が笑ってない。
……もう行け、って圧がすごい。
「行って……きます」
結局お礼も言えないまま、会社へ向かった。
翌日。
またドアに袋があって。
今度は――高級レストランのお弁当。そして小さなカード。
『まだ体調も本調子ではないでしょうから、どうぞ体力をつけてください』
見回すと、今回は他の部屋にはない。
俺には分かった。
これは会社から入院の連絡をもらった管理人さんが、気を遣ってくださったんだと。
袋を持ち上げて声をかける。
「いつも……ありがとうございます」
管理人さんがぼけっと俺と袋を交互に見て、それからほうきを掲げた。
「いいえねぇ、これはおばちゃんの毎日のおつとめだから」
……おつとめ?
そのうちお弁当だけじゃなく、ネクタイやシャツまで入ってくるようになった。
『いつも見守っています』
『今日も悠里の笑顔を楽しみにしているよ』
『大好きだよ』
心がほんわか温かくなるカードも添えられていて、
俺は毎朝「ありがとうございます」と管理人さんに伝えるのが日課になった。
そんなある日。新入社員の飲み会。
「ねえ王子くん、そのネクタイ、イタリア製だよね?」
きゅるるんって効果音が似合う、上目づかいの桃瀬さん。
「王子くんって、実はお金持ちなんでしょ?もしかして本物の王子さま?」
「いや、これ貰いもので……」
「またまたぁ。お昼のお弁当も、いつも高級レストランのだよね?」
「えっ……あれは管理人さんが……」
「すごーい! じゃあタワマン? コンシェルジュ?」
「いや、極貧アパートで……」
「やだぁ、王子くんの謙遜ジョーク面白ーい」
その後、桃瀬さんは俺の腕に絡みつき、
「酔っちゃったから、泊めて?」と甘えてきて、そんなスペースはないからと断る俺を半ば強引に連行してアパートへ。
――が。
自宅に一歩足を入れた瞬間。
桃瀬さんの声が、一気に低く落ちた。
「……金ねーじゃん」
「だから無いって何度も――」
「アンタさぁ、金持ってるふりして女持ち帰るとか――マジ無理」
そのとき、桃瀬さんの視線が壁のメッセージカードに止まった。
俺はちょっと嬉しくなって、
「これ、いつもお弁当と一緒に入ってて、管理人さん優しいなって……」
けれど、桃瀬さんの顔色がさーっと変わり、真顔でつぶやく。
「……これ、ストーカーじゃん」
「えっ」
「私、ただの同僚だからーっ!!」
叫ぶや否や、ドアを叩き開け、靴もろくに履かず闇夜に消えていった。
次の日。
ドアノブにかかっていたのは、ずたずたに裂かれたネクタイと――
赤インクで大きく書かれたカード。
『浮気もの』
手が震えて、袋ごと床に落ちた。
……桃瀬さんの強行のおかげで、俺はやっと気づけた。
なぜか噛み合わない管理人さんとの挨拶の理由に。
そして――俺のストーカーの存在に。
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