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はぁ……はぁ……
俺、王子悠里は走っていた。
蒸し暑い真夏の夜、静まり返った住宅地を。
全身の毛穴から汗が噴き出す。
汗が目に入り、暗い視界をさらに曇らせる。
口の中に広がる血の味。足は重く、感覚は鈍り、どうやってまだ走れているのかも分からない。
こつ……こつ……
暗闇に響く足音。振り返ると、ぼんやりとした人影。男か女かも判別できない。
ただ一つだけ、確信していた。
――そいつは、俺のストーカーだ。
もうすぐ自宅…でも俺は通り過ぎる。
だって、知っていたから――
小さな女の子の声が、ふいに頭に響く。
『王子さま、私たち抜け駆けしないって決めたの』
思えば、苗字が王子なせいで、ずっと“王子さま”呼びが定着していた。
『これは同盟なの』
『えっ、同盟って?』
小学生の俺は、きょとんと女子たちを見ていた。
『それからプレゼントは本だけ。お菓子はダメ』
『え、お菓子は……』
『ダメ!だって王子さま、だれにでも“大好き”って言うでしょ?それは一人にしか言っちゃダメなの!』
『でも香ちゃんのクッキーも、奈々ちゃんのカップケーキも、爽香ちゃんのドーナツも、ぜんぶ大好きだよ。それから――』
『それがダメなのー!!』
ド貧乏でお菓子ひとつ買えず、甘味に飢えていた俺は、がっくりと肩を落とした。
それから女子からは一定の距離を置かれ、近づく男子は女子に壁を作られ……
気づけば俺は、ずっと一人だった。
『あのね、王子さまは読んでおいた方がいいと思うの』
中学生になった頃から、女子たちはなぜか俺に男性同士の恋愛小説を贈るようになった。
現世もの、異世界もの、ヤンデレ、執着、ストーカーものまでなんでもござれ。
……なんで?
でも、その本で得た知識は役に立った。いや、今――まさに役立ってる!
「詰み」のパターンは頭に入力済み。
家に帰る→ドアに鍵を差した瞬間に捕まって詰み。
運よくドアを開けても→閉めるときに足を差し込まれて侵入されて詰み。
完全に閉められても→合鍵を作られ、チェーンを切られて侵入されて詰み。
そう、家はダメ。
コンビニ→警察が来る前に捕まって詰み。
交番→巡回中で留守なら詰み。
だから俺は走る。
どこへ向かうでもなく、ただ――
耳に、さっきよりも近い「こつん」という足音。
……その時、鼻をかすめた。
汗に混じって、ふわりと。
新緑を思わせる、涼やかな香水の香り。
知っている、この香り。
でも、どこで――?
記憶を探る間もなく――
意識は、三カ月前へとさかのぼっていった。
俺、王子悠里は走っていた。
蒸し暑い真夏の夜、静まり返った住宅地を。
全身の毛穴から汗が噴き出す。
汗が目に入り、暗い視界をさらに曇らせる。
口の中に広がる血の味。足は重く、感覚は鈍り、どうやってまだ走れているのかも分からない。
こつ……こつ……
暗闇に響く足音。振り返ると、ぼんやりとした人影。男か女かも判別できない。
ただ一つだけ、確信していた。
――そいつは、俺のストーカーだ。
もうすぐ自宅…でも俺は通り過ぎる。
だって、知っていたから――
小さな女の子の声が、ふいに頭に響く。
『王子さま、私たち抜け駆けしないって決めたの』
思えば、苗字が王子なせいで、ずっと“王子さま”呼びが定着していた。
『これは同盟なの』
『えっ、同盟って?』
小学生の俺は、きょとんと女子たちを見ていた。
『それからプレゼントは本だけ。お菓子はダメ』
『え、お菓子は……』
『ダメ!だって王子さま、だれにでも“大好き”って言うでしょ?それは一人にしか言っちゃダメなの!』
『でも香ちゃんのクッキーも、奈々ちゃんのカップケーキも、爽香ちゃんのドーナツも、ぜんぶ大好きだよ。それから――』
『それがダメなのー!!』
ド貧乏でお菓子ひとつ買えず、甘味に飢えていた俺は、がっくりと肩を落とした。
それから女子からは一定の距離を置かれ、近づく男子は女子に壁を作られ……
気づけば俺は、ずっと一人だった。
『あのね、王子さまは読んでおいた方がいいと思うの』
中学生になった頃から、女子たちはなぜか俺に男性同士の恋愛小説を贈るようになった。
現世もの、異世界もの、ヤンデレ、執着、ストーカーものまでなんでもござれ。
……なんで?
でも、その本で得た知識は役に立った。いや、今――まさに役立ってる!
「詰み」のパターンは頭に入力済み。
家に帰る→ドアに鍵を差した瞬間に捕まって詰み。
運よくドアを開けても→閉めるときに足を差し込まれて侵入されて詰み。
完全に閉められても→合鍵を作られ、チェーンを切られて侵入されて詰み。
そう、家はダメ。
コンビニ→警察が来る前に捕まって詰み。
交番→巡回中で留守なら詰み。
だから俺は走る。
どこへ向かうでもなく、ただ――
耳に、さっきよりも近い「こつん」という足音。
……その時、鼻をかすめた。
汗に混じって、ふわりと。
新緑を思わせる、涼やかな香水の香り。
知っている、この香り。
でも、どこで――?
記憶を探る間もなく――
意識は、三カ月前へとさかのぼっていった。
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