殿下、幼馴染の令嬢を大事にしたい貴方の恋愛ごっこにはもう愛想が尽きました。

和泉鷹央

文字の大きさ
32 / 53
第三章 会議と選択と

第32話 聖女を人柱に(その前にまずは奴から)

しおりを挟む
 出国税はそのまま、解放奴隷を手放した諸侯へ配分するつもりだろう。
 それくらいのことはカトリーナにも理解できた。

 多くではなく、半分程度を分け与えれば、資産を失った彼らは納得するはず。
 二年、いやおおよそ五年分の解放奴隷たちがもたらす生産量、その利益に等しい値段が手に入るわけだ。
 諸侯が文句を言うはずがない。

 残る半分は三割を王宮に。
 二割を北東の貴族たちへの援助金とするつもりだろうか。

 なぜそうする必要があるかといえば、それは簡単。
 ルディにもフレンヌにも、宮廷魔導師長にもその配下にも‥‥‥分かっているからだ。もうすでに結界をまともに作動させ、管理することは宮廷魔導師たちには――難しいということが。

 正しい運用がなされなければ、この国は雪国へと逆戻りだ。
 それもすぐにではなく、徐々に、ゆっくりと時間をかけて気候は寒くなっていくだろうから、国民の不満は宮廷に。
 国王陛下へと向かうだろう。

 聖女を国から追い出し、新しい試みとして、正しい判断だったはずの魔導師による結界の管理はできないものとなる。
 不満を爆発させた国民ほど、恐ろしいものはない。

 なによりもこの国の風土は元来、北国のそれなのだ。
 国民は恐ろしく我慢強いし、王族に対する忠誠心も、王国に対する帰属意識も高い。

 イスタシアは貧乏で土地も痩せこけ、特にこれといった産業もなく、地下資源にも恵まれない国だったのだ。それでも、国民は千年近い歴史のなかで強大な帝国や諸国からの侵略を許さずに、この国土を守り続けてきた。

「それはすなわち、国王陛下の恩寵の賜物‥‥‥だったかしら」

 れっきした国教があるにも関わらず、他の宗教の存在を等しく認めているのは、冬になれば雪に閉じこめられるこの土地で、人々は協力して生きなければならず、明日の生活をも苦しむような人々に、他者を卑しめるような考えや、信仰する神が違うからという理由だけで隣人を害すれば、いずれが自分がそうなると理解しているからのことだった。

 そうなると頂点に立ち、みんなを率いる対象となるのは王族しかいない。

「困りましたな。宝珠が無い。さらに税金も支払えない。これでは何も収まりません」
「困りましたなあ。さてはて」

 と、それまで黙っていた大神官ジョセフがあざ笑うかのように言った。
 教皇は今度こそ、怒りの籠もった視線を投げつける。どうやら、本当に怒っているようだ。

 数十年と長いつきあいの二人が、神殿の今後を決定づける話をしているこの場で、個人的な怒りをあらわにするのは、若い彼らには失望感を与えた。
 カトリーナははいはい、と手を軽く叩いてその怒りを収束させる。

 そのふるまいは、さすが神殿の最高権力者だった。元だが。

「諍いはこれが終わってからにして頂けますか、大神官様、教皇様。問題は提起されました。北と東の分神殿の意志は、教皇様に統一されていると考えてよろしいですね?」
「まあ、それは‥‥‥ええ。そのように考えて頂ければよいかと」
「ちっ」

 と、ジョセフがまだ言い足りないようで、小さく舌打ちをする。
 カトリーナは台の下から片足を伸ばすと、底の高いヒールのつま先で、その甲を踏みつけて黙らせた。

「はい、大神官様。もうそのお怒りは収めて頂きませんと。民が困りますので。それで、教皇様。何かお考えがあるのでしょう。そうでなければ、わざわざこの場にお越しになる理由が思いつきません」

 まあ、それは言われなくても想像がつく。

「……最初に、申し上げた通りでございます」

 教皇ザイガノはその広くなった額で、窓から差し込んだ陽光に反射させながら、重苦しく一言を述べた。

「聖女と大神官の引退。もしくは罷免後に神殿からの追放、といったところですか? 一度、役職を離れてしまえば、聖女という肩書は二度と通用しなくなるから‥‥‥」
「そのようなことまでは、申しておりません!」
「申されていなくても、だいたい分かりそうなものではないですか。神殿は正式に両者から職位をはく奪し、追い出した。追い出してしまえば、民衆を扇動した謀反人と、聖女を騙った無法者を神殿としては捕縛して王国に差し出す、そんな口実ができる‥‥‥聖女の首が大金貨五千枚に化けるわけですね。なるほど、なるほど」
「お待ちを! それは邪推というものです。何より、金貨がどうしてこちらの手に入ると‥‥‥」
「あら、否定されないのね。本当の神殿関係者なら、例え王国と刺し違えてでも、聖女を守るとか。神殿の権威や風評を‥‥‥世間ではこれを面子と呼ぶのでしたか? 守ろうとすると思いますけど」
「……聖女様。それ以前に、用意できなければ‥‥‥」

 教皇とその孫娘は終始困ったような、早くこの場から退散したいような、そんな顔つきをし始めた。

「神殿が国教から外される? あら、それは大変。でもその頃にはわたしたち一行はパルテスへと移動し終わっているでしょうし。あちら側で迎えて差し上げてもよろしくってよ、教皇様? その時はもちろん、一神官としてですけど‥‥‥」
「無礼なっ! いい加減になさい、あなたが王太子殿下の心をつなぎとめておけなかったからこそ、今があるということをお忘れですか!」

 これは何気に痛い一言だった。
 でもそう言うならば――最初の問題をクリアしなければ始まらない。

 そう、大神官ジョセフが神殿内で神官長からクーデターを起こされた、それからこの問題は始まったのだから。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

私の願いは貴方の幸せです

mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」 滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。 私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。

何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。 自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。 彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。 そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。 大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

お妃候補を辞退したら、初恋の相手に溺愛されました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のフランソアは、王太子殿下でもあるジェーンの為、お妃候補に名乗りを上げ、5年もの間、親元を離れ王宮で生活してきた。同じくお妃候補の令嬢からは嫌味を言われ、厳しい王妃教育にも耐えてきた。他のお妃候補と楽しく過ごすジェーンを見て、胸を痛める事も日常茶飯事だ。 それでもフランソアは “僕が愛しているのはフランソアただ1人だ。だからどうか今は耐えてくれ” というジェーンの言葉を糧に、必死に日々を過ごしていた。婚約者が正式に決まれば、ジェーン様は私だけを愛してくれる!そう信じて。 そんな中、急遽一夫多妻制にするとの発表があったのだ。 聞けばジェーンの強い希望で実現されたらしい。自分だけを愛してくれていると信じていたフランソアは、その言葉に絶望し、お妃候補を辞退する事を決意。 父親に連れられ、5年ぶりに戻った懐かしい我が家。そこで待っていたのは、初恋の相手でもある侯爵令息のデイズだった。 聞けば1年ほど前に、フランソアの家の養子になったとの事。戸惑うフランソアに対し、デイズは…

婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました

日下奈緒
恋愛
アーリンは皇太子・クリフと婚約をし幸せな生活をしていた。 だがある日、クリフが妹のセシリーと結婚したいと言ってきた。 もしかして、婚約破棄⁉

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。 ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。 しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。 もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが… そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。 “側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ” 死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。 向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。 深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは… ※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。 他サイトでも同時投稿しています。 どうぞよろしくお願いしますm(__)m

処理中です...